緒沢タケル編14 冥府の王ハデス 結末
タケルは天叢雲剣を片手に、その剣先を美香の中段にあわせる!
・・・いや、握りの位置が高い。
右腕と剣の並びは水平状態に近い。
一方、美香は先ほどと同じく、
両手で八双の構えから下段へと移行する。
二人を中心に、全ての時間と空間が凝縮されて行くかのようだ。
互い以外の一切の景色も音も遮断され、
その全てを互いに向けてぶつけ合う・・・!
二人の間合いに変化はないが、
その意識は少しずつ・・・
少しずつ美香に・・・
タケルに向けて近づいていく!!
そして
二人の体が全ての人間の視界から消える!!
タケルと美香の剣技は観衆の目撃全てを拒絶した!!
互いにしかわからない!
理解できない!
二人は爆発のような衝突で打ち合うと!
互いに弾き飛ばされた剣をもう一度、
全身全霊で以って切り返し!!
そしてお互いの体に向けて、
自らの全て・・・
自らの命全てを賭けて踏み込んだのだっ!!
・・・
サルペドンやマリアたち・・・
ミィナは勿論、スサの隊員・・・、
果ては美香を呼び寄せたハデスが共通に見たもの・・・。
それは互いの喉を貫きあった二人の姉弟の姿であった。
タケルの天叢雲剣は美香の喉下を・・・。
そして美香もいつの間にか、木刀を片手持ちに切り替え、
タケルの顎の下を正確に射抜いていたのである・・・。
辺りにこだまするはハデスの嘲笑・・・。
「フ・・・ふははっ!
フハハハハハハッ!!
素晴らしいっ!
素晴らしい勝負だったっ!!
この私が見とれてしまったよっ!?
確かにこの地下世界でこれほどの悲劇を見ることなど有り得なかった!!
感動ものだ!
他の神々にも見せたかったものだ!
いやあ、最高の結果を出してくれたっ!
私の期待以上だよっ!!」
普段、寡黙なハデスが珍しく雄弁に喋っている・・・。
途中、雲行きが怪しかっただけに、
この結末に安心したのだろう。
「・・・この野郎っ!! よくもタケルをっ!!」
肉親を弄ばれたタケルの悔しさは良くわかる・・・!
ミィナはまるで自分の事のように怒りを露にした。
あいつの・・・
あいつの気持ちを踏みにじりやがってぇぇっ!!
一方、
マリアはすぐにタケルの救助に向かうべきだと判断した。
美香の亡霊に喉を貫かれたからには呼吸ができなくなっている筈、
ただし、あくまでも肉体を損傷されているわけではない。
ショック症状か、精神的な障害を受けている可能性が強いので、
それらに対応できる処置を行わなければならない。
・・・タケルの意識が途切れれば、美香の亡霊も消えるはず・・・。
ならば一刻も早くタケルを・・・。
「サルペドン!?」
その間、誰かがハデスを抑えてなければならない。
姿を消すことのできるハデスを感知できるのは自分だけだ。
ミィナにしても、グログロンガにしても、
このままではハデスに立ち向かえることはできないのだ。
サルペドンなら、何らかの手を打てるだろうか?
・・・しかし、肝心のサルペドンは、
タケルと美香が交錯するその姿から、視線を外すことができないままでいた・・・。
マリアが慌てて叫ぶ。
「何をしているのです、サルペドン!
早く、彼らを・・・!?」
サングラスの奥から・・・、
サルペドンの左目は、変わらず二人の姿を映し続けている・・・。
「マリア・・・あれは、・・・何だ?」
「・・・え?」
「お前の目には何が映っている?
美香とタケル・・・
何があの二人に起きているのだ?」
マリアはその言葉に振り返った。
タケルさん・・・!?
・・・そのタケルは、
マリアが断言したとおり、今や呼吸を封じられていた・・・。
美香の木刀が喉下をざっくりと穿ち、
そのことによって、まるで自分の喉が消失してるかのように錯覚している。
息を吸う事も吐く事もできない。
このままでは窒息する・・・。
だがタケルにとって、
今、そんなことはどうでも良かった・・・。
自分の天叢雲剣も美香の喉を貫いている。
それこそ霊体には全くどうでもいい。
大事なことは一つ・・・。
天叢雲剣の真上に浮かんでいる美香の顔が微笑んでいたのだ・・・。
もう何も心配、要らないね・・・
タケルは震える口を開く。
呼吸ができない以上、声だって出ない。
だが、その口でタケルは必死で姉の名を呼ぼうとしていたのだ。
そして、
何が起きているのか、
美香の喉を貫く天叢雲剣の周辺が、にわかに歪み始めた・・・!
次回で美香姉ぇのシーンは最後となります。