第15話
アーハッハッハッハァ・・・!
突然、どこからか笑い声が響いてきた。
既に彼らは、
洞窟のさらに奥に足を進めており、
その声が聞こえてきた場所は、見渡しのいい場所ではある。
それでもその笑い声の持ち主の姿は見えない・・・。
「レッスルおじ様・・・、奴?」
「ああ、間違いない、
この下品な笑い声は『赤い魔法使い』・・・バァルじゃ。」
姿なき声は彼らの周りに更に響いてくる。
どこから声を発しているのだろうか?
嬉しいよォ~、
この国でエミリーだけでなく
おまえにも会えるとはねぇぇぇ、
クネヒト・ルプレヒトォォ・・・、
おっとぉぉ、
また名前を変えているんだっけぇぇっ?
レッスル爺さんは大声で怒鳴り返す。
「余計なお世話じゃ!
・・・大体、名前を変えておるのはお前も一緒じゃろう!」
そうだねぇぇ、
どうでもいい事だよねぇぇぇ!?
肝心なのはぁ・・・、
ここでお前をヴォーダンの元に送り返せるって事だけさぁぁ!!
「ほう、たいそうな自信じゃな?
使い魔も、
命を吸い取った手下も倒されて、
まだ何か手はあるのかの!?」
倒されてだってぇっ?
私の!
可愛いぃぃぃ永遠にして忠実なる部下は健在だよぉぉぉ!?
トゥルルルッ
「・・・・・・!?」
その時である、
ライラックの携帯電話が鳴り出した。
電波の届かないはずの鍾乳洞で・・・?
トゥルルルルッ トゥルルルルッ トゥルルルルッ
誰もが声を発しない。
・・・「赤い魔法使い」の声もやんだ。
ただただ、
呼び出し音だけが広い洞窟内に響き渡る。
不審に思ったライラックが、
警戒しながら無言で携帯を取りだす・・・。
その瞬間、
伊藤だけが気づくことができた。
これは東北の県議会議員の秘書の時と同じ・・・
「ま・・・、まさかっ!?」
「豪剣の騎士」ライラックの耳元に、
小さく、
・・・そしてはっきりした声が聞こえてくる。
「・・・もしもし・・・、
わたし、メリー・・・
いま、あなた達の上にいるの・・・。」
咄嗟にライラックが頭上を見上げる。
だが、
彼がその「物体」が何であるか確認する前に、
「それ」は猛獣のように飛び掛ってきた!
驚異的な反射神経で、
ライラックはその物体からの攻撃をかわしたが、
あまりの事で反撃する態勢をとる事もできない。
アーハッハッハッハァァ!
クネヒト・ルプレヒトォォ!
自分が作った人形に斬り殺されるがいいいいぃぃぃ!!
「彼女」が姿を現した!
薔薇の刺繍のドレスを纏い、
そのか細き腕には一振りの鎌、
青白い程の滑らかな肌と純白のコルセット、
銀色に光り輝く神々しい高貴な髪が煌めき、
透き通る程のグレーの瞳を瞬かせる。
それは・・・アラベスク文様の凶悪な鎌を携えるモノトーンの暗殺者。
その場にいる誰もがその美しさに時間を奪われる。
そして、
見る者全てに絶対的な威圧感を与えるその「死神の鎌」が、
彼らに抵抗しようという勇気すらも奪ってしまう。
「奴め、
メリーを洗脳しちまいおったか!?」
レッスルだけが事態を正確に把握していた。
その言葉に義純が真っ先に体勢を立て直す。
大振りのサバイバルナイフで、
ライラックに向けられた鎌の柄の部分を受け止める。
だが・・・!
何てパワーだ!?
しかもこのナイフでは分が悪い!
メリーはライラックに合わせていた瞳を、
ギョロッと義純に向けて睨みつけた。
「ちょっとぉ!?
あれがメリー!?
何であたし達を攻撃するのぉ!?」
「・・・しまった!
さっきの女どもの死に際の無念を吸い取ったんじゃ!」
「ええ!?
戦闘で死んだ人には反応しないんじゃないのぉ!?」
「それも洗脳の結果じゃ!
・・・仮に洗脳が完璧でないとしても、
メリーは混乱しておるのじゃ!」
恐らく、
ホーリークルセイダーの洗脳を解いた後でならば、
たとえ彼女達が死んだとしても、
今のメリーは反応しないか、
「赤い魔法使い」へ攻撃を開始したかもしれない。
だがホーリークルセイダー達は、
「赤い魔法使い」への、絶対的忠誠心を備えたまま死んでしまった。
死んでいった彼女達にしてみれば、
ライラック達は邪悪な侵略者である。
その侵略者達に殺されてしまう無念さを、
今のメリーはそのまま受け取ってしまったのである。
全て「赤い魔法使い」バァルの計算どおりに・・・。
義純の反撃を機に、
ガラハッド、ライラックがようやく戦闘体勢を取り戻す。
しかし人形相手の戦闘など初めてだ。
戦闘というよりも身を守るので精一杯なのだ。
しかも厄介な事に、
彼らはメリーを攻撃していいかどうかも分らない。
マーゴですらどうしたらいいか、
判断できないのだ。
それに引き換えメリーの方は、
一度攻撃態勢に入れば迷いは無い。
歴戦のつわもの三人を相手にしても全くたじろがない。
アラベスク文様の鎌を、
美しい円を描いて縦横無尽に振り回す。
「ぐあっ!」
メリーの鎌が義純の肩を切り裂いた!
熱い痛みが彼を襲う。
攻撃した瞬間にならと、
ライラックも槍をヒットさせるが、
メリーを後退させるだけで、
彼女のカラダにダメージはない・・・!
一方、
伊藤もかつての恐怖を思い出していた。
目の前にいるのは、
紛れも無く数年前に目撃したあの人形・・・メリー。
あの時は「偶然」にも無事でいられたが、
今回も命を見逃してくれる保証は無い、
・・・いや、むしろ分が悪い。
だが、
伊藤は震えそうな自分に気づき、
思わず彼が抱きしめていたままの娘の麻衣を見下ろした。
・・・怯えているわけにはいかない!
それに気づいたのか、
麻衣も父親を見上げる。
「麻衣・・・! 恐くないぞ!
心配要らないからな・・・!」
「パパァ・・・!」
それは、
単に父親の言葉に反応しただけであったと伊藤には思えたが、
麻衣は父親に訴える事があったのだ・・・。
「パパァ?
メリーさん、まだ迷子になったままだよぉ・・・。」
説明する必要はないでしょうが、
数年前、伊藤がメリーから助かったのは、
「偶然」ではありませんでしたよね?