緒沢タケル編14 冥府の王ハデス 美香
タケルの思考は、
デメテルのテメノスの時から繋がっています。
すぐにタケルは祓いの剣に移行する構えを見せた!
また亡者か!?
芸がない、
誰を呼び出そうとも、もう・・・
え・・・っ ?
タケルの目が大きく開かれる・・・。
後ろにいたサルペドンたちですら動きも思考も凍りつかされた。
酒田もクリシュナも、グログロンガも、マリアでさえも・・・。
もう、
その姿は誰も見ることなどできない筈だった・・・。
「彼女」の神々しい姿を見つめることなど、誰がどんなに望んだとしても叶わぬことだった。
それが今・・・、
右手に木刀を握り締め、
袴姿の彼女、・・・緒沢美香が、
虚ろな瞳を湛えたまま・・・、
愛する弟の前に立ち塞がった。
「美香・・・姉ぇ・・・ 」
ただ、呆然と立ち尽くすタケル・・・!
そして弟・タケルの瞳が釘づけとなるのは、美香の脇腹・・・。
そこには「あの時」のように・・・、
異様なほど太い柱が彼女の細いカラダを貫通したままなのだ・・・。
それを見て、胸の奥から多量の消化物が逆流する。
ゲェッ・・・ビチャビチャ!
胸元からこみ上げる・・・。
あまりにも生理的な拒否反応はタケルに嘔吐をもよおした・・・!
まさか・・・
まさかここで美香姉ぇの魂を呼び出されるなんて。
ここで・・・
ここで彼女を「祓う」という行為は・・・、
それは一体、何を意味するのだろうか!?
タケルの思考を読んだかのように、ハデスは高らかに予告する。
「・・・ふむ、
どうだね、感動の再会は?
なに? 奥の手といっても大したことじゃない、
さっきと同様、『消し去って』しまえばいいじゃないか?
そうすれば・・・
めでたく、キミの勝利だ!」
祓いの剣で・・・「消し去る」?
ここまでほとんど反射神経同然で戦ってきたタケルにも、今までの流れは漠然と理解している。
自分の心の中に澱として残っていた「人間の死」・・・。
今までは、殆どの相手が敵だった・・・。
たとえ、今この時という一時的な現象とは言え、
それらの源を消し去ることによって、ハデスの術を打ち破ったのだ。
では、
今、目の前にいる美香は!?
消し去る?
消去する?
それは・・・ある意味、
自分の心の中にいる彼女を・・・
もう一度、
そして自分自身の手で「殺してしまう」事を意味していないのか?
瞬間的に「それ」を理解してしまったからこそ、タケルは吐いてしまったのだ。
ミィナは事態をただ一人把握していない。
「あ、あの女の人って誰・・・?
タケルの何・・・?」
隣に控えていたグログロンガも、さすがに動揺を隠せないでいる。
「オ、オレたちスサを、今まで纏め上げていた最高指導者・・・、
そして、タケルのたった一人の肉親・・・。」
「えっ、じゃ、じゃあ、あれがタケルの・・・。」
タケルがみっともなく吐き続ける間、美香は微動だにしない。
タケルにしても、生理的反応は止めようもないが、
彼女への視線を外すことはなかった、
・・・いや、外せる筈もないか。
胃の中のものを全て出し切っても、カラダはまだ吐き出させようとするのか、
空の嗚咽を2、3回繰り返して、ようやく収まったようである・・・。
「み・・・美香姉ぇ・・・。」
だが・・・
彼女の瞳に生気は全く感じられない・・・。
「美香姉ぇ! オレだ・・・! タケルだよ!!」
一縷の望みをかけてタケルは姉を呼ぶ・・・。
これはハデスの呼び出した幻影に過ぎないというのに・・・。
それでも、そのタケルの願いに応えたのか、
姉、美香の口元が揺れた・・・。
タケル・・・?
「美香姉ぇっ!?
オレが分かるか!? そうだ、タケルだよ!!」
タケル・・・私の弟・・・、
私のかわいい弟・・・
「み・・・美香 姉ぇ?・・・」
引きつった笑みを貼り付けるタケルに、姉・美香の亡霊は虚ろな視線を動かした・・・。
そこにいるのね・・・、
泣き虫で、 わがままで、
いつも 私を困らせていた・・・
「ふ・・・、ははっ、そ、そうだよ、い、いや・・・!
うるせーよ、美香姉ぇ・・・っ、
で、でもまたこうして会えるなんて、
そ、そうだ、あの時はごめんよっ?
オレを庇ってあんな事に・・・痛かったろっ!?
オレ・・・ずっと美香姉ぇに言わなきゃ、謝んなきゃって・・・」
タケル・・・、
どうして私はこんなにもタケルのことを・・・
「・・・? み、美香姉ぇ・・・?」
幽体の美香が、その足をタケルに向け近づけていく。
彼女の意志は?
だが、山道の上からは、二人の感動の再会を粉々にする残酷なる言葉が飛んだ・・・。
「・・・美香よ、
お前が愛して止まなかった弟との対面だ、
ずっと求めていたのだろう?
もう放さない事だな?
これからもずっと傍にいさせればいい、
・・・永遠にな・・・っ。」
「ハデスっ、何を・・・!?」
その言葉の意味が、すぐに飲み込めないタケルだが、
美香はハデスの言葉を正確に理解した・・・。
タケル・・・これからも
ずっと 私の傍に・・・
その言葉と共に、
美香は両手で木刀の柄を握り締めた・・・。
タケル・・・
こっちへいらっしゃい・・・
「み・・・美香姉ぇ・・・!?
その木刀で何をする気だ!?」
美香の瞳に生気は全く感じられない。
なのに・・・その口元は喜んでいるように見える。
そして、
開いた唇の端から一筋の赤黒い血がこぼれ出て、彼女の小さな顎に伝う。
タケル・・・、
私の言うことが聞けないの・・・?
「こっち」へいらっしゃい、と言ったのよ?
あなたも・・・こっちへ来れば・・・、
私たちはいつまでも一緒に暮らせるのよ・・・
その言葉・・・
その瞬間・・・、
タケルの全ての細胞、全ての神経が全力で拒否反応を示したっ!
続きます。