緒沢タケル編14 冥府の王ハデス タケルの恐れ
今度はタケルの剣が空を切る・・・。
「ちっ、逃げやがった・・・!」
再びヘルメスは瞬間移動を使って、どこかへと行ってしまったようだ。
警戒は解かないほうがいいかもしれないが、
あの感じでは暫く寄ってこないとは思うのだが・・・。
それにしても随分、スサの中身を混乱させて行ってくれたものだ。
確かに実害はなかったのだが・・・。
タケルは舌打ちしながら剣を納める。
サルペドンが感心してタケルに歩み寄った。
「凄いな・・・、よくヘルメスの接近に気づいたな?」
「んん? ああ・・・そうだな、
たまたまかもしれないな、
なんていうか、気配を感じてね・・・。」
もう、タケルに対するサルペドンの認識は、
完全にそれまでのものとは異なっていた。
もちろん、タケルの性格や若さも理解している。
あまり、これまでと態度を変える必要もないだろうが、
もう・・・
いつ自分がいなくなったとしても、タケルはスサの指導者としてやってゆけるだろう・・・。
騒ぎが落ち着いて、
そろそろもう一度、馬車に乗り込もうかというとき、
タケルはそっ、・・・とサルペドンに言い忘れたことがあったかのように、
戸惑いがちに近づいてきた。
「・・・あのよ、サルペドン。」
「ん? なんだ?」
「さっき、悪かったな、
口の中とか・・・大丈夫か?」
「はは、効いたぞ・・・、今もズキンズキンする。
だが、気にするな、自業自得だ。」
だが、本当にタケルが謝りたいのはそのことよりも・・・。
「ああ、そうなんだけどよ、
悪ぃ、
なんていうか、オレがイラついたのは、実を言うと別の理由なんだ。」
「うん? それは一体?」
基本的に、今のサルペドンは全面的にタケルを認めている。
どんな言葉が出てこようが、タケルを馬鹿にしたり軽んじて見ようなどというつもりはない。
素直にタケルの言葉を待つ。
・・・それでもタケルの口から出た言葉は、サルペドンにとって意外すぎるものだった・・・。
「サルペドン、
お前さ、・・・今まで自分の正体を隠していたのは、
自分の能力とか・・・寿命とか、
つまり、他の『普通の人間』に引かれちまうのを恐れて・・・ってことなんだろ?」
「うむ・・・そうだ、な。
オリオン神群に気づかれるとか、他にもマリアが言ってたことも間違いじゃないが、
突き詰めるとそうなるな・・・。」
「自分が、たった一人しか存在しない、
他の人間から見たら化け物みたいな能力をもって、何食わぬ顔で集団に溶け込んでいる、
・・・それがバレた時、仲間がどんな反応をするか・・・。
当たり前に考えるよな?
そんな事態を恐怖するのは当然だと思うぜ・・・?」
「タケル?」
そう、タケルの本心はここにあった。
彼が今、最も恐れていること・・・。
「サルペドン・・・でさ、
そんな恐怖に怯えていたのは、お前一人だけと思っていたのか?」
サングラスの奥の片目が見開く。
そうだ、
昨夜もサルペドンは、タケルの懸念を聞いたばかりだ・・・。
タケルも自らの力の根源に怯えて、他のスサの仲間には多くを語っていない。
サルペドンは自らの思慮の無さを痛感する。
自分はタケルの本音を知っていたはずなのに・・・。
周りから孤立してしまう恐怖は、自分一人だけが抱えてる悩みだと言わんばかりに・・・。
「タケル・・・そうか、デュオニュソスの事件もあったものな、
すまん・・・。
今、一番心が不安定なのは・・・お前だった・・・。」
「オレの場合、まず、オレ自身が一番引いているよ。
早く、悪夢から覚めて欲しいっ、てのが正直な本心だ。」
なるほど、
矛盾を抱えているのは一人ではない。
タケルですら「仲間を信用しろ」と言いつつ、
その悩みを打ち明けることができない。
サルペドンとの違いがあるとすれば、
サルペドンの能力の正体は判明している・・・、
対してタケルに関してはまだ謎が多すぎる・・・、
本人ですら怯えている部分がある、ということだろうか。
「わかった、タケル、
いろいろ済まなかったな・・・。
だが、この件はやはり黙っていたほうがいい。
どっち道、戦いはこのメタパが最後だ。
お前は後、この一戦だけ命を賭けて欲しいのだ。
そうすれば、『あんな能力』を振るう機会もなくなるだろう。
無事に地上に戻れば、消えるであろうし、な。」
当然、
タケルはこの言葉に違和感を覚える。
「ん? 最後?
何、言ってんだ?
王都ピュロスってとこに行くには、この後も別の町を通るんだろう?
確か・・・光の女神ナンたら・・・って?
それに敵の親玉、ゼウスも・・・。」
「光の女神アグレイアか、
彼女は私より高齢の、穏やかな女神だ。
100年前は中立を貫いていたが、少なくとも我等と争いになることはないだろう。
それと・・・
元々、私はこの戦いで全てを清算するつもりだった。
私の力が及ばないところで、
タケル、お前やスサの皆を利用するつもりでいた。
だからこそ、ゼウスだけは私の手でケリをつけようと思う。
私の能力も、ゼウスの能力も、
他の人間がいるところでは使えない。
まさしく一対一の決戦だ。
だが、何の罪もない一般人がいるこのメタパでは・・・、
やはり、タケル・・・
お前の力が頼りなのだ・・・。」
闘い前のゴタゴタはここまで。
次回、冥界の番犬登場。