緒沢タケル編13 ヘファイストスの葛藤 深まる謎
軽くノックされた後、部屋の扉がゆっくり開く。
入ってきたのはサルペドンだ。
「・・・おお、サルペドン、みんなどうしてる?」
「目を覚ましていたか、タケル、
もう、夜遅いしな、
村人たちの厚意で、それぞれ屋根のある場所で休ませてもらってるさ、
お前も怪我とか大丈夫そうか?」
タケルは左手を振り回す。
「連続で戦闘は勘弁してもらいてーが、明日出発するってんならオッケーだ。
脇腹や膝の傷だって、寝てれば回復するさ。」
相変わらず、回復力も化け物じみているな・・・。
もしかしたら・・・
この地下世界に下りてきてから・・・特にか・・・。
顔には出さないが、
タケルの内心では、落ち着かないものがある。
「そうか、良かった。
良かったといえば・・・ヘファイストスとの戦い、
よくやってくれた。
タケル、お前に感謝する・・・。」
感謝ぁ?
なんだ、なんだぁ!?
「おいおい、どうしたんだよ、サルペドン、
まだオリオン神群との戦いは終わってねーぜ?
急にそんなこと言われたって気持ち悪いだけだ。」
「・・・ハハ、そうか、
だが正直な私の気持ちだよ、
本音を言えば、お前にヘファイストスを殺してもらいたくなかったのは事実だ。
しかし、命を賭けるお前に向かって、
私から奴を殺すなとは、口が裂けても言えない・・・。
そんな手加減をしたせいで、お前の身に何かあっては本末転倒だしな。
それでも、結局お前はやり遂げてくれたんだ、
礼だけでも言わせてくれ。」
なんでそんなにヘファイストスにこだわるのか、少々タケルは違和感を感じる。
ただ、単純なタケルは次のサルペドンの言葉で納得してしまった。
「・・・この村の純朴な人々は、
ポセイドンとヘファイストス、両者にそれぞれ敬意を持っている。
その村人たちに、これ以上、心労をかけるわけにはいかない。
一番、望ましい形で決着したといえるだろう。」
なるほど、そういう意味か・・・。
しばしの沈黙がお互いにあった。
サルペドンの言葉に納得したタケルは、
やはり当面の心配事に心を戻していた・・・。
ここにはスサで長年、首脳的立場にいたサルペドンが一人で立っている・・・。
何か・・・自分に起きたこの変化に、
何でもいい、何か自分を安心させるようなこと言ってくれないだろうか?
タケルは布団の外に置いていた左腕を、もう一度宙に上げてみた。
「・・・なぁ、サルペドンよ?」
「ん? どうした、タケル?」
「オレのご先祖さんに、
『あんな』マネができた奴なんているのかい?」
その言葉の意味をサルペドンは瞬時に理解する。
だが、彼を以ってしても明確な答えをタケルにしてやれることができない。
確かに緒沢家の一族には、
超自然的な能力を保持するものがこれまで数人いたが、
あれほどはっきりとしたサイキックを発現したものなどいないからだ。
「・・・いや、タケル、
私の知る限りには・・・。」
「そうかよ・・・。」
タケルの口調の様子で、サルペドンはタケルの精神状態を理解したようだ。
「不安なのか?
てっきり、喜び勇んでいるかも、と思ったがな。」
「オレはそんな楽天的な性格じゃねーぞ?
確かに使い方によっちゃ便利だろうが・・・、これ、
この先、コントロールできるんだろうな?」
「やはり、紋章のせいか?」
「それと・・・この地下世界の影響か・・・、
まぁ、それなら地上に帰るころには消えてくれるとありがたいけど・・・。」
タケルにしてみれば、
自分がどんどん、周りの人間から離れていくような錯覚に襲われ始めていたのだ。
ただの戦闘能力の問題なら、
自分がこれまで、血反吐を吐いてまで修練してきたという、確かな根拠を持っているわけなのだが、
こんな怪しげで超自然的なパワーなど、
みんな気味悪がってきやしないのだろうか?
そう考えると、
タケルの脳裏には、あの忌まわしい記憶が蘇える。
黄金色の瞳で笑っていたデュオニュソスの生首・・・。
信じていた仲間たちに疎外された時の嫌な思い出・・・。
タケルの後ろ向きな考えを、否定も肯定もできるわけではないが、
サルペドンは一度、ネレウスの話を思い出していた。
「タケル、私は昼間のネレウスの話を・・・。」
「ん? なんだっけ?」
「私はポセイドンの力を『大地を操る力』として認識していた。
具体的な能力については、スサが伝えるスサノヲと、
必ずしもポセイドンが一致していると信じていたわけでもないのだが・・・。」
「元々スサノヲってのは雷の神様か何かだったのか?」
これは天叢雲剣を想定してのタケルの発言だ。
だがサルペドンはゆっくり首を振る。
「いや、天叢雲剣は、スサノヲがヤマタノオロチを倒したときに、
大蛇の体内から発見されたものだと言われている。
スサノヲ本人は・・・
自然現象で言うなら嵐の神、というのが有力だろうな。」
「嵐・・・雷・・・かぁ?」
地上の神話についてはサルペドンもそれなりに研究はしている。
彼は丁寧にタケルの感想をフォローした。
「それと五穀豊穣にまつわる話とか、疫病・病を治すとか・・・、
話は民間に拡がるにつれて何でもアリ的になってしまうからな、
神話の解釈は難しいぞ?
ただ、その話は戻るが・・・ネレウスによればポセイドン・・・
いや、ポセーダーオンは全知全能とまで言うらしいからな、
あまり気にしなくてもいいのかもしれない。」
いや、気にすんなったって・・・。
その時、にわかに外が騒がしくなっていた。
タケルもサルペドンも廊下に意識を向ける。
複数の足音と、叫び声・・・。
それだけじゃない、
よく聞くと騒ぎは建物の外からも聞こえる。
何かあったのか!?
一瞬にして緊張状態に切り替わったタケルは、枕元にたてかけてあった天叢雲剣を取る!
「タケル! いけるのか!?」
「・・・あんま行きたくはねぇ・・・よっ!
・・・痛っ!」
日本神話の研究の中には、
ヤマタノオロチ自身がスサノヲだったとの解釈もあるようです。
その場合、討伐したのはオオクニヌシになるようです。
次回、ヘファイストス編最終回。