緒沢タケル編13 ヘファイストスの葛藤 覚醒
最大規模にまで吹き上がったヘファイストスの炎は、
スサの人間からタケルの姿を見失わせる。
それでも、周りに遮蔽物のないこと、
及びタケルが動けないことを鑑みれば、
今や最悪の結果になってしまったことを疑う者もいない・・・。
サルペドンも取り乱して、自らの行動の遅れを激しく後悔する。
ミィナや酒田さんだって同様だ。
だが、その違和感に真っ先に気づいたのはマリア・・・。
(これは・・・今の精神波動は何!?)
そしてほぼ時を同じくして、様子が変だと感じたのは、
他の誰でもない、ヘファイストス!!
「ん!? ほ、炎が?
炎が届いて・・・ない!?」
何らかの異常事態が発生したのか、
身の危険を感じたヘファイストスは、戦車を後退させる。
もちろん、そうなると炎の晴れた先には・・・
そこに、今の攻撃に無傷のタケルが、
腕を伸ばしたまま固まっていたのだ・・・!
歓声が上がるスサ陣営、
しかし、何故・・・何故タケルが無事でいられるのか?
戦いの最中としては致命的な行為だが、
タケルは自分の左腕に視線を固定させていた。
いま、何が起きたと言うのか?
事態を把握できないヘファイストスだが、今のタケルも隙だらけには違いない。
もう一度戦車を疾走させ、今度こそ止めを刺すべく、再び炎を・・・。
しかし・・・
タケルは戸惑ってはいてこそ、戦いの相手を忘れてなどいなかった。
たった今、自分がとった行動を確かめるかのように、
もう一度・・・ヘファイストスの攻撃にあわせて、
今度は更に意志の力を強めて抵抗して見せたのだ!!
意識を・・・
パワーをその左腕の先に!!
その事象を正確に表現できたのは・・・マリアただ一人。
「あれは・・・アテナの能力・・・
サイコバリヤーッ!?」
ヘファイストスの紅蓮の炎がタケルの左手に届かないっ!
まるで・・・
目に見えない壁がそこにあるかのように・・・!
これこそ、地上で言う観念能力の一つ、精神障壁・・・サイコバリヤー!!
ヘファイストスが絶叫する・・・。
「き、貴様っ!?
な、何故だ!
何故アテナの能力を貴様が使う!?
使えるというのだ!?
ポセイドンの末裔?
ならばなおの事、そんな力が備わってる筈もない、筈がないぃっ!!」
時間にしてほんの1~2秒・・・。
その時間でタケルは新たに発現した能力を自覚するっ!
これならっ!
そのままカラダに残ってる全ての瞬発力を駆使し、
サイコバリヤーを発動させたまま、ヘファイストスに接近!
当然、遮られた炎はその状態のまま、ヘファイストスのカラダに押し返される!!
「うっ、うぉぉぉぉっ!?」
勿論、攻撃力としてはたかがしれている、
ヘファイストスの体表を炎は舐め上げただけだ!
それで十分・・・!
この瞬間に、
タケルはヘファイストスの視界から完全に消え去り、
目にも留まらぬ速さで戦車の脇に潜り込んだ・・・!
「らぁっ!!」
靠と呼ばれる、中国拳法のショルダーアタック!
立ち位置から一歩も動かず、体重移動と勁の気合のみで相手のカラダ全体に衝撃を浸透させる技だ!
瞬間、
ヘファイストスのカラダは戦車ごと宙を舞う!
「うぁあああぁぁぁっ!?」
吹っ飛んだその先に槍の柱は存在しないっ!
おあずけ喰わせたな・・・
叫べっ! いかづちぃっ!!
ここまで溜めに溜め込んだ天叢雲剣!
その青白い牙は、容赦なくヘファイストスの戦車の上を疾走する!
その迸る高出力エネルギーに耐えられる者などない!!
「ぐばらぁがががががあっばばばばばっ」
声にもならない悲鳴がヘファイストスのカラダから発せられる!
いや、
確かにヘファイストスのカラダは、直接の雷撃を避けたようだ、
その威力は彼が装備している金属物に集中・・・。
だからとて無傷のわけがない。
それだけのエネルギーが彼の戦車ごと貫いているのだ!!
その電流を浴びている時間・・・
果てしなく長くに感じられた時間が過ぎ去ったとき・・・、
激しい音を立てて、戦車は地面に崩れ落ちた・・・。
ヘファイストスの胸当てや防具の隙間から、
白い煙と、肉を蝕むいやな匂いが・・・。
そのカラダは呼吸を続けようと激しく上下にうごめき続けている。
まだ・・・意識は残っているようだ・・・。
唇も痙攣しているのか、
声が出ないが、驚愕の視線がタケルのカラダに注がれていた・・・。
タケルもヘファイストスほどじゃないが、
肩で息をしている・・・。
その瞳には、未だ戦闘能力を宿したままだ・・・。
「・・・はぁ、はぁ、
・・・まだ・・・やるか、ヘファイストス・・・!」
もはやヘファイストスは答えることもできない。
いや、答えは決まっている。
もう槍を持つ力もない、
いまだ・・・そのパイロキネシス能力は衰えてないはずだが、
もう一度サイコバリヤーを張られたら・・・。
もっとも、タケルも今一度、サイコバリヤーを張れるかどうか自信がない。
精神エネルギーは今の電撃でかなり放出してしまった。
ここは・・・追撃をかけるとしたら、
扱い慣れている天叢雲剣を使うほうが確実か・・・。
ここで状況に変化が!
相手の様子を待ち構えるしかないかと、タケルが反撃の態勢を整えようとすると、
なんと、よろよろと老人ネレウスがこの場に入り込んできたのである。
呆気に取られるタケルとヘファイストス、
すると、ネレウスは両者の間に入り込み、
あろうことか倒れているヘファイストスに跪いてしまったのだ。
「・・・もう、もう十分でございましょう、ヘファイストス様、
勝負は決しました。
これ以上やれば、
先代の御神に続き、あなた様まで命を失うことになります・・・。
誰も・・・先代も・・・ポセイドン様も・・・村人も・・・、
この若者でさえ、そんなことは望んでおりません。
ここで、戦いを終わらせていただけないでしょうか?」
ヘファイストスはまだ口を開けない・・・。
だが、その瞳からは戦意を失ったようにも見える。
すると、
次にネレウスは、タケルのほうを向いて同じように懇願しはじめた。
「タケル様も・・・よろしいでしょうか?
ヘファイストス様はこのパキヤにとって、大事な方でございます。
我々からこの方を奪わないでいただきたい・・・。」
勿論、タケルに異存はない。
戦いが終わるのならそれで解決だ。
タケルはゆっくり剣を納め、
ネレウスに向かって笑いかけた。
「ああ、大丈夫ですよ、
オレはいつだって・・・」
その瞬間、
ネレウスのカラダを弾き飛ばし、ヘファイストスが襲い掛かった!!
その腕力でタケルを絞め殺す気か!?
「てっ、てめ・・・っ!?」
不意を突かれ、
完全に抑え込まれたタケルは、残りの全体力を振り絞って、
ヘファイトスの火傷だらけの腕を振りほどこうとする!
こんなもの・・・
騎士団のガワンのパワーに比べれば・・・!
いや、タケルの方も、もう力が入らない。
万全の状態なら、簡単なのに・・・。
しかし、そこでヘファイストスは、
まっすぐな瞳でタケルに話しかけたのである・・・。
ヘファイストス戦決着です。
なお、タケルがサイコバリヤー使えるようになったとはいえ、
この地底世界で使う機会は後一回くらいでしょう。