緒沢タケル編13 ヘファイストスの葛藤 追い込まれるタケル
パイロキネシス・・・
地上であるならこの単語が、ヘファイストスの能力名として相応しいだろう。
鍛冶の神であるが故に、
炎の属性を備えた彼らの一族が発達させてきた能力だ。
落ち着け・・・。
勝てる道は・・・?
あの戦車に数多くの武器を積んでいたとしても、無尽蔵に投げてこられるわけはない。
このまま距離を開けておけば、いつか雷撃を放つチャンスが・・・。
タケルの甘い希望はあっという間に打ち砕かれる。
ヘファイストスは小刻みに戦車を動かし、
タケルとの距離を確認すると、地面に突き刺さった槍を再び抜き出し、
そのままタケルに投げてくるのだ。
これでは弾切れ・・・
いや、槍切れを待つなんてとんでもない!
せめて盾が・・・、
タケルに盾でもあったならば、もう少し有利にことが運べたのかも知れない。
盾でなくても、恐らく「ルドラの鎧」を装備していれば間違いなくタケルの勝利だ。
だが、今は丸裸同然・・・。
何とかヘファイストスの槍をかわそうとしても、
この男の間合いに近づくと、強力な炎がタケルの体を焦がそうとする。
一般的に、炎と雷撃では後者のほうが強そうなイメージがあるが、
この状況は甚だ不利だ。
確かにリーチはこちらの方が上だろうが、
間に金属の障害物があるとなると、
全て電撃は遮られるのに、炎はそのまま通り抜ける。
タケルのほうも、現在大きなダメージこそ受けてはいないが、
この先・・・。
すると、傍で見ていたミィナがマリアさん達に一言・・・。
「な、なぁ?
あれって、タケルのほうも突き刺さった槍、投げつければいーんじゃない?」
傍で聞いてた酒田さんが、大声でタケルにその事を伝えると、
タケルも自らの愚かさを呆れつつ、
「その手があったか!」と手近な槍を引っこ抜こうと・・・
「熱ぃぃっ!!」
ダメだ、これ!
さっきヘファイトスの火炎浴びた槍だぁ!!
あああああ、あの馬鹿ぁっ!
心底呆れたのはミィナたちだ。
ところが、
実を言うとヘファイストスも同じ思考レベルのようだったらしい。
「そ、その手があったかっ!」
慌てて手近に屹立している他の槍に、今頃左手の炎を浴びせてゆく。
自分の作戦を全く煮詰めていなかったようだ、
頭がいいんだか悪いんだかわからない。
どちらにしろ、タケルはもはや地面の槍を引っこ抜くことは考えないようだ。
他の手を・・・。
このままでは逃げ回るしかできなくなる。
こうしてみると、ヘファイストスの戦車に備え付けている小型槍も忌々しい。
あれは敵を貫くというより、タケルを接近させない為に効果的なのだ。
グルグル向きを変えるヘファイストスの戦車は、危なっかしくて迂闊に接近できない。
何しろ戦車の角度以外にも、
ヘファイストスの右腕の槍、
そして左腕の火柱、全てを警戒せねばならないのだ。
いいや・・・、
そのタケルの判断は甘すぎた・・・。
もう一つ警戒すべき物が抜け落ちている・・・。
ドンッ!
「あっ!?」
タケルの動きが止められた!
背中に障害物・・・。
ヘファイストスの投擲自体は無造作に投げつけてるだけだったのだが、
戦車の巧みな操縦で、
タケルの気づかぬうちに、その背後に槍の柱を背負うように誘導していたのだ!
「食らえ食らえっー!!」
ヘファイストスは嬉しそうにブンブン槍を振り回したっ!
その場の全員が最悪の事態を予想した・・・が。
間一髪、凄まじい反射神経と運動能力でヘファイストスの槍の一撃だけはかわす・・・。
しかし、その代償を受けることは避けられない。
「ああっ!?」
驚愕の叫びをあげたのはマリアたち、
ヘファイストスとタケルが交錯した時、槍をかわすのには成功したものの、
戦車の突進までは避けられなかったのだ。
車体の一部に足をぶつけたのか、
あまりの激痛にヨロヨロと膝を抱えて、その場から逃れようとするタケル。
だが、
手ごたえを感じたヘファイストスはすぐに方向を転換、
今度は左手の炎を最大限に燃え上がらせ、
まるで生き物のように赤い炎は踊り狂う。
「消し炭になぁれぇ~!!」
冗談じゃないっ!
だが、しばらく右の膝が言うことを聞かない。
火柱の恐ろしい点は、天叢雲剣で避けることができない点だ。
しかも、ある程度限界はあるのだろうが、炎の大きさは伸縮自在のようである。
みっともなく地面を転がりながら、辛うじてヘファイストスの攻撃をかわすが、
うまく逃げないとまた追い詰められてしまう。
どうすれば・・・。
ギリギリまで接近を待ち、一か八かで天叢雲剣を?
だが下手したら、電撃は全部、奴の腕の槍に吸収されちまうんじゃ・・・。
「あうっ!」
今度も火柱を避けようとしたが、紅蓮の炎がタケルの足首を焦がす。
そうかと思うと、次は縦横無尽の槍さばきで、タケルのカラダが赤い血に染まっていく。
「サルペドン!」
マリアが、続く「どうにかならないの?」という言葉を吐き出す以前に、
サルペドンも自らの見識の甘さに後悔していた。
「まさか、ここまで・・・。」
元来、ヘファイストスは戦士タイプではない。
鍛冶で培った豪力と、長時間汗をかいても仕事を続行できる体力、
そして、時々自由な発想でアイデアを紡ぎだす、閃き・・・、
それらがヘファイストスの真骨頂と言える。
だが、今やそれらがうまく絡み合い、
これまで敵無しの実力を誇ってきたタケルを追い詰め始めたのだ。
タケルのパワーと反射神経なら、
ヘファイストスの槍を押さえつけることも可能だろう。
その気になれば素手で槍の柄を掴んで、
ヘファイストスの攻撃を封じ込めることも難しくない筈だ。
だが、カラダを止めた瞬間、
ヘファイストスの炎の餌食となる。
仮に、ヘファイストスの炎熱能力の前に天叢雲剣を発動することができたとしても、
そんな近接状態なら、自らも感電という大ダメージを受ける。
逆にヘファイストスが、その能力で自らの体を焼くことはないだろう。
やはりタケルが不利だ。
未だ、致命的な攻撃こそ食らってはいないが、
タケルの体力はどんどん削られていく。
それと同時に、火傷や裂傷も悪化する一方だ。
「ふわぁっはっははぁー!
やはり、この程度で貴様らがゼウス様に敵うわけがない、敵う筈もないーっ!
大人しく降参せよ、降参するのだーぁ!!」
サルペドンも、ここに来て最後の手段を考える・・・。
この場で自らの能力を発動し、
鳴動する大地でヘファイストスの戦車を止めることは・・・可能だ。
能力をコントロールすれば、
村人たちに被害を与えない程度に、戦っている両者の動きを止めることができるだろう。
だが、その時、
ヘファイストスもポセイドンがこの場にいることに気づいてしまうはずだ。
その場合、デメテルやネレウスのように、
スサの仲間たちの前で、ポセイドンの正体を隠してくれるなんて、
そんな義理も気遣いもヘファイストスにはない。
とはいえ、タケルの命には代えられない・・・。
ならば・・・。
その時、タイミングがいいのか悪いのか、
この場で完全に冷静な態度を保ち続けているネレウスが口を開いた・・・。
次回・・・
タケルに反撃の手段はあるのか・・・。