緒沢タケル編13 ヘファイストスの葛藤 決闘開始
このやり取りを固唾を呑んで見ていたタケルたち、
そして今や、彼らが視界に映るのは、
自陣へ戻ろうとするサルペドンと、
車椅子のような戦車を、落ち着かなくゴロゴロその場で動かし続けるヘファイストス。
「サルペドン、どうだ?
あいつ、考え込んでるのか?」
タケルの問いに、仲間の元へ戻ったサルペドンは、ヘファイストスの方を振り返る。
「私の意志は伝えてきた・・・。
やはりヘファイストスも、自分なりにこれまで悩んできたのだろう、
後は、彼の決断を待つだけだ・・・。」
当のヘファイストスはまた弱気になってしまったようだ。
いや、彼もサルペドンの言うとおり、
問答無用に他人の命を奪うことに抵抗があるのだ。
「なぁ?
わしは戦わないほうがいいのか?
戦わなくて済むのだろうか?」
自分がこの村の支配者だという自覚があるのだろうか、ないのだろうか?
周りの神官及び護衛たちに、せわしなく質問攻めをするヘファイストス。
だが周りの者とて、神に対し意見など不遜な真似は許されない。
ヘファイストス本人に決めてもらわないと・・・。
すると業を煮やしたのか、
ヘファイストスはタケルたちを案内していたネストールを呼び寄せる。
「ネストール! ネストールよ!!」
主に呼ばれれば駆けつけねばならない。
ネストールはタケルたちに一礼すると、
小走りにヘファイストスのものとへとやって来た。
「はい、ヘファイストス様、何か?」
「貴様はあの黒メガネの男の話を聞いたのか?
貴様はあの男に、わしと戦わないほうが良いと言ったのか?」
「は・・・、
私のほうからは何も・・・。
ただ、あの方々は、ヘファイストス様と戦いたくないようなことは言っておられましたな、確かに。」
「貴様はどう思う、
どう思うのだ、ネストール?」
実質的にこの村の運営を行ってきたネストールである。
ヘファイストスの彼への信頼は厚い。
だが・・・。
「恐れながら・・・。」
「構わん、ネストール、申せ、申してみよ。」
「私も戦わずに済むのなら、それが一番好ましいと思うのですが・・・。」
「ですが? ですが何じゃ?」
「問題はあの方々・・・スサがゼウス様に勝てるかどうかの話なのでは?
彼らが次のハデス様や、ゼウス様に負けるというのであれば、
ここを黙って通したヘファイストス様に、何らかの処罰が・・・。」
すると、
「そんな大事なことを忘れてた!」とでもいうようにヘファイストスの表情が一変する。
それは困り果てた顔から、怯える者の表情への変化だ。
「そ、そ、そうだとも、そうだとも、
わしはこれだけゼウス様の恩義を受けておきながら、
それすらも忘れるところであった。
やはり奴らを討たねばならん、ならんのじゃ・・・!」
しばらくすると、ヘファイストスは戦車をごろごろと移動させ始めた・・・。
その厳しい視線はスサ達に向けられたまま。
いかついカラダのネストールは、再び坂道を降りてきて、残念そうに首を振る・・・。
「ヘファイストス様は、あなた方がゼウス様に勝てるとは思っていません。
故に、ここを通すことはやはりできない、との結論になりました。
あなた方も覚悟を決めていただけないでしょうか?」
正確には、ヘファイストスの発言とは微妙に意味合いが違うのだが、
実際、ヘファイストスの本音であるのは間違いない。
ネストールはその程度の洞察力は備えている。
いや、ネストール本人に言わせればこういうだろう。
「ヘファイストス様は嘘がつけない方ですから」と。
さて一方。
駄目か・・・。
タケルは仕方ないと思いつつ意を決した。
うん?
サルペドンの背中が震えているように見えるのは気のせいだろうか?
「サルペドン?」
まだタケル達に悟られてはならない。
ゼウスとのケリが付くその時まで・・・。
すぐにサルペドンは己を律し、タケルに向かって励ましの言葉を送る・・・。
「何でもない・・・。
ここまできたら、最後まで気を抜かないことだ。
頼むぞ、タケル・・・!」
「お? お、おうよ!!」
・・・そこは、パキヤ村で最大の広さを持つ広場なのか、
草野球のグラウンド並みの広さの平地・・・。
一対一の決闘の場としては少々広すぎる気もする。
村の男たちが速攻で柱を立てて行き、周囲をロープで張っていく。
そういえば、地下世界に下りてここに至るまで、
アテナとの試合を除いてだが、
まともな決闘は初めてじゃなかったか?
もっとも、
どうせオリオン神群の戦いというならば、地上の「決闘」の概念には当てはまるまい。
それはタケルの天叢雲剣についても同様なのだが・・・。
ネストールの指示で、タケルは広場の中央に近づく。
2、30メートル先には戦車に乗ったヘファイストスが準備完了といった風体だ。
・・・やっぱり戦車っていうより、車椅子だよなぁ?
駆動効率は良さそうだが、やはり両手で両輪のハンドルを回して移動を行っている。
あまりよくは見えないが、足に障害があり、まともに動けないのは本当のようだ。
ただ・・・
確かに鎧の下のボディは頑丈そうだ。
少なくとも上半身の腕力は自信がありそうに見える。
そして・・・ヘファイストスの背後には何本もの槍が装備されている。
肘掛の先端にも、敵を突き刺すための小型槍を尖らせて・・・。
なるほど、
鍛冶の神と言うだけあって、武器を用意するのは得意というわけか?
タケルはそこまでの判断を行った。
そして瞬時に勝利への作戦を・・・。
ただ、作戦といえるレベルではない。
射程距離内に入ったら、天叢雲剣の雷を放つ、
金属の装甲をまとったヘファイストスに避ける術はない。
すぐに勝負は決まるだろう・・・。
決闘の立会い者はネストールが務める。
ヘファイストスとタケルの距離を測り、
やはりかなりの距離が残っている時点で、二人の接近を止めた・・・。
「それでは合図とともに勝負を開始してください・・・。
私の上げた腕が、
号令とともに振り下ろされたときが開始の合図です・・・。
準備はお二人ともよろしいですかな?
では・・・始め!!」
では以降、
バトルです。
あまり緊迫したやりとりにならないかもしれませんが・・・。
ヘファイストス
「ん? それはどういうことかな、どういうことだというのかな?」
タケル
「それだよ!!」
にもかかわらず、大変なことが・・・。
「天叢雲剣破れる」!!