緒沢タケル編13 ヘファイストスの葛藤 二人の葛藤
その瞬間、ヘファイストスの槍がかざされた!
「黙れ、黙れぃっ!!」
穏やかな話し合いと思われていた空気が一変する。
タケルは目の色を変えて、サルペドンの元へと走り寄った。
だが、サルペドンは背後に近づくタケルに手を伸ばし、彼の接近を制止する。
「待て、タケル・・・!
もう少し・・・。」
サルペドンとて、ヘファイストスの一喝に怯む筈もない。
自らの代わりに責めを負った先代ヘファイストスに報いるためには、
この程度のことで身を引くわけにはいかないのだ。
だが、ヘファイストスは立て続けにサルペドンに激しい言葉を吐き続けた。
「言うに事欠いて、わしの先代の名を出すとは何事だっ!
ええ、何事だ!?
貴様に何がわかる? ああ、わかると言うのだ?
ポセイドンに唆されて、
愚かな道に走ってしまった男の二の舞になれというのか?
しかも当のポセイドンは、この地より逃げおおせて、
地上で優雅な暮らしでもしているのだろう?
そうとも、そうに違いない!」
サルペドンに口を挟む隙をも与えず、ヘファイストスは怒鳴り続けた。
「その時、先代は水牢に入れられ、地獄の責め苦を与えられ続けたのだぞ!
わしは許せない、そう、許さない!
足の悪い先代が閉じ込められた牢は、
時間と共に水位が上昇し、呼吸を苦しめる!
立ち上がることすら辛かった先代が、
何を思って、生き地獄を味合わされていたか、
貴様に分かるのか!? ええ、分かると思うのか!?
いいや、貴様なぞどうでもいい、どうでもいいんだ!
わしはあの男、ポセイドンに思い知らせてやりたいだけなのだ!」
サルペドンの拳に力が入る・・・、
その爪で手のひらの皮膚が破れそうなほど。
だが、それを悟られてはならない。
ヘファイストスにも・・・スサの皆にも・・・。
そしてサルペドンの心に湧き上がる怒りの炎・・・!
ゼウス・・・! 貴様っ!!
そう・・・、
そのサルペドンの怒りの矛先は、ヘファイストスに向けるものではない。
ここまでヘファイストスの心を屈折させてしまったゼウスの責め苦・・・。
あの男は巧妙に、ヘファイストスの心を掌握してしまったのだろう、
先代の命を使ってまでも・・・!
そしてその次に怒りの矛先は、他でもない自分自身に・・・。
もちろん、ヘファイストスが指摘したように、
地上に逃れたサルペドンは遊んでいたわけではない。
いつか、ゼウス率いるオリオン神群が、
地上に攻め上って来る事も想定して、スサを創り上げたのである。
とは言え、そう簡単に対抗できる勢力など作れるはずもなく、
代わりに近代科学を結集することで、一角の勢力を台頭させるにいたった。
しかし、サルペドンにはその時既に、一つの葛藤を生じさせていたのである・・・。
もともとは地底世界の「人間同士」のいざこざ・・・。
地上の人間を守るという名目は在るものの、
別世界に住む者が、他人の世界を巻き込む行為それ自体が、既に道を踏み外しているのだ。
故にサルペドンは、スサを率いて地底世界に舞い戻ることも出来ず、
今に至ってしまった・・・。
この100年以上の長い年月の間で、どれほどの人々の思いが交錯したのか・・・。
そして今、その決着をタケルや他の人間に任さなければならないなんて・・・。
大地を揺り動かす・・・
それほどの能力を持ちながら、
戦いには、味方を巻き添えにする為に、何の役にも立たない・・・。
サルペドンは己への怒り、無力感に苛まされていた。
自分に出来るのは・・・、
もはや・・・。
「ヘファイストス殿・・・では、もう一つだけ・・・。」
「うん? これ以上、なんじゃ?
何だというのだ?」
「あなたは寛大にも、
このパキヤ村の住人と、その信仰までも広い心でお許しになってこられた。
その優しさ、謙虚さは地上の人間には向けられないというのか?
彼らも村人も・・・同じ人間なのだぞ!?」
サルペドンはヘファイストスの反論を待たずに畳み掛ける。
「私は短い時間だが、
この世界の様々な人間に会ってきたぞ?
トモロスやアレスの尊大な態度、
心優しきアテナやデメテル・・・、
陽気なデュオニュソス、高慢ちきなヘルメスにアルテミス・・・、
彼らは全て、外の世界と大差ない、どこにでもいるような只の人間だ!
巨大な精神エネルギーと寿命を持っている以外、地上の人間となんら変わりない!
他人を守るために自らの命を賭ける者や、
使命感に捉われ周りが見えなくなる者、
そんな者はどこの世界にだっている!!
ヘファイストス殿!
もう一度、戦いに入る前に考えてはいただけないか!?
過去に不幸があったとしても、
それを未来の人間たちに負わす必要はないはずだ!
これ以上、さらに多くの悲劇を生みたいとでも言うのか!?
お願いだ、ヘファイストス・・・!
私たちは・・・分かり合えるはずなんだ・・・!!」
魂を込めたサルペドンの説得・・・。
その顔を・・・
瞳をサングラスで隠しているとは言え、
彼の言葉の重みを疑えるものなどいないだろう・・・。
特に・・・
ヘファイストスのような純粋なる心の持ち主に・・・。
やがて、ヘファイストスは視線を落としたかと思うと、
すぐに何も言えなくなってしまった。
これ以上は責めるべきじゃない・・・。
自分がここいても、ヘファイストスには余計な圧力にしかならないだろう。
そう判断したサルペドンは一縷の望みを託して、自陣へと舞い戻る。
後は・・・ヘファイストスの心・・・
彼次第だ・・・。
いよいよ次回、タケルの出番です。