緒沢タケル編13 ヘファイストスの葛藤 サルペドンの説得
タケル達が洞窟を出ると、
空の擬似太陽は輝きを最大に増していた・・・。
まぶしい・・・。
暗いところからいきなり出てきた為に、タケルの顔が歪む。
まぁ、戦うときまでには慣れるだろう。
ネストールの案内で、もと来た道を戻っていると、後ろからサルペドンが追いついてきた。
「タケル、待つんだ。」
「ん? どーしたい、サルペドン?」
「一度、説得は試みてみるが・・・。」
「ああ、頼むよ、オレだって気は乗らない。」
「だが、説得に失敗したときは・・・。」
「うん?」
「油断せず、情け容赦もせず、ヘファイストスを叩き潰せるか?」
いきなり話が見えなくなって、タケルは足を止めて振り返る。
「あ? どういうことだ?」
「鍛冶の神ヘファイストス・・・、
さっきのネストールやネレウスの話しぶりからしても、
人当たりの良さそうな印象を受ける。
だが、オリオン神群には変わりないんだ。
その能力は人間の常識の外にあること忘れるな?」
ようやくタケルは納得が行った。
「ああ、そういうことか、
どんな能力を持っているんだ?
鍛冶の神?
武器の扱いがうまい?
・・・ん~、何か違うか・・・。」
「私も見たことがあるわけではないしな、
村人に聞いてもいいが、中立を貫くと言い切っているのなら、無理に聞き出すこともないだろう。
ただ、どう考えてもお前の天叢雲剣の攻撃範囲のほうが広いはずだ。
トモロスと戦ったとき同様、奴に能力を使わせずに倒すがいい。」
勿論サルペドンはヘファイストスの能力を知っている。
だが、タケルに語った戦法は、両者の能力を比べた上でタケルに分があると読んでいるのだ。
後はタケルに心の甘さが出なければ、勝負の結果は硬い。
それがサルペドンの予想である。
村の広場では、酒田のおっさんたちが待ちかねていた。
テーブルの上のグラスやお皿を見るからに、立派な歓待を受けていたようだ。
まぁそれはいいか。
おかしな様子も見えないし、何か変な姦計や罠にはめられている心配はなさそうである。
「酒田さん、そっちも無事かい?」
「おお、楽しい話は聞けたかぁ?
後で聞かせてくれや。
それより・・・奴さん、あちらでスタンバってるぜ?」
その言葉にタケルの心は戦闘モードに切り替わる。
酒田さんの視線の先・・・。
パキヤ村の人々が固まっているあの小高い丘・・・
壮麗な大神殿の麓に・・・あれは・・・?
一人だけ輿に乗った・・・、
いや、違うな、誰もそれを支えていない・・・。
あれは車椅子・・・よりも格段に大きい古代の戦車!?
そうだ、
世界史の教科書に絵が載っているような、武装した古代戦車のイメージだ。
だが、戦車というのは普通、馬が牽いている物では?
最初に車椅子と勘違いしたのは当然だ。
誰もその戦車を牽いていないし、牽く様子もない。
まさか本当に車椅子のように本人が動かすのだろうか?
初っ端から、戸惑うタケルを他所に、
サルペドンはその固まっている一団の元へと歩いてゆく・・・、
かつての自分の居城の下へ・・・。
ほとんど景色は変わってないか・・・?
いや、あんな柱だったっけか、
むしろ記憶と合致してない部分も多そうだ、
いや、いまは感傷に浸っている場合ではない。
すぐにサルペドンは、
視線をヘファイストスにあわせ、彼に向かって近づいていく。
異邦人の襲来に備える為、周りの護衛の者が槍を構えるのは当然だ。
サルペドンは護衛兵の挙動を確認して、
少し遠い位置からヘファイストスに対峙する。
一人、武装して戦車に乗った風采のあがらぬ男、
この男がヘファイストスか。
「ヘファイストス殿とお見受けする。
私は地上より来たスサの副官カール・サルペドン。
向こうにいる剣を携えた者が緒沢タケル、
もしあなたと戦いになるのなら、彼が戦闘を行うことになるのだが、
どうか、互いに血を見ないで済む方法を考えてはいただけないだろうか?
我等は、争いごとを好まない。」
それを聞いて、護衛の者は安堵に心を撫で下ろすも、
いかつい顔をしたヘファイストスの表情は変わらない。
「血を見ないで済む方法?
ならば、何ゆえわざわざ大地の底に下りてきた?
自らの安住の地でおとなしくしていれば良いではないか、良いだろう?」
「もとよりそのつもりです。
このピュロスの主ゼウスが、地上に一切干渉しないと言うなら、
何も争いにはならないのです。
もし、・・・仮にもし、ゼウスの考えが変わると言うのなら、
これ以上、誰も傷つきはしないのです。」
「フン? フンフフフン?
今更何を言う? 何を言っている?
地上で、何百年も何千年も戦争を続けてきた人間たちが何を言う?
自分たちの欲を満たすがために他人の土地に入り込み、
大勢の命を奪ってきたのだろう? そうだろう?
そんなお前さんたちの言葉が、わしらに通じると思うのかね?
え? 思うのかな?」
「それは・・・」と言いかけてサルペドンは言葉を選ぶ。
反論はいくらでもできる・・・。
だが、その言葉は他のオリオン神群に向けるべきもので、
ヘファイストスには他に言わねばならないことがある。
「仰るとおりです・・・。
それゆえ我らにできることは、少しでも争いを止めさせる事・・・。
権力を持つ者によって、力なきものが非道なる目に遭うのであれば、
その強い権力者の目を覚まさねばならない。
あなたの先代ヘファイストスもそう考えていたはず・・・。」
サルペドンの言葉は届くのか・・・。