緒沢タケル編13 ヘファイストスの葛藤 族長ネストールの歓待
今回登場するのは、この村の行政上のトップ、ネストールさんです。
ホメロスの「オデュッセイア」にも登場するピュロス王国の王様の名前です。
さて結局、
スサの一行は、予定通りパキヤ村を訪れることになった。
周りの景色からは岩場が消え、
草原や林の多い小高い山、家屋なども目に映るようになっていた。
一目で「それ」とわかる村の入り口には、
既に大勢の村人たちが待ち構えていた。
・・・これまでのように武装した兵隊などではない。
大人は勿論だが、普通に女性や子供たちもいっぱいいる。
ただ、諸手をあげてスサを歓迎しているわけではない。
なにしろ、地上からの異邦人には違いないのだ、
期待半分、怖さ半分と言うところだろうか?
既に伝令のマリアが、
上品な印象を与えていたから、彼らの警戒感も薄れていたのかもしれない。
タケル達にしてみれば、悪意が見えなければそれだけで十分だ。
それにこっちには宴会係のミィナもいる。
・・・ほらほら、
何も言ってないのに村人たちに笑顔を振りまき始めた!
鼻の下を伸ばした男共が手を振り出し始めたじゃないか!
村の門をくぐると、
すぐに高い身分と思しき男がこちらに近づいてきた。
見た目、40代ぐらいの血色のいい男性・・・。
聞いていた情報からだと、
オリオン神群のヘファイストスとも、老神官ネレウスとも違うようだが・・・。
男はにこやかな笑みを浮かべて挨拶する。
「やぁ、ようこそ、お越しくださいました、
私がこのパキヤ村のバシレウス、ネストールです。」
サルペドンがすぐにタケルの耳に情報を入れる。
「バシレウスというのは、その土地の族長みたいな身分だ、
他に権力者としては、中央から派遣されるダマルテスという身分もいる。
この村では、彼が行政上のトップと言うことだろう。」
今回は「神の奴隷」が挨拶するんじゃないんだな、と思いつつも、
タケルはにこやかに握手を求める。
「スサの総代、タケルです。」
ネストールは長身のタケルのカラダに畏怖心を覗かせながらも、
礼儀正しく、タケルの右手を力強く握り返した。
見ればこのネストール、
オリオン神群ご用達のマントこそ羽織っていないが、
なるほど、族長と言うだけあって、型の入った立派な上下揃いの服を着込んでいる。
腕輪や羽飾りの付いた帽子など、アクセサリーも高価そうだ。
それに、タケルほどではないにせよ、
その厚い胸板や、ごつごつした拳は、鍛え抜かれた戦士のものである。
このネストールこそがオリオン神群だといっても疑いは持たないだろう。
「ヘファイストスさんや・・・ネレウスさんというのは・・・どちらに?」
タケルはマリアが聞いた二人の名前を出すも、
ネストールは、少し困ったような顔をして笑って見せた。
「これはこれは、
せっかく遠路はるばるお越しくださったのです。
まずはお身体を落ち着かれてはいかがですか?
そこの集会小屋を空けておりますので、まずは冷たいものでも・・・。
いえね?
正直、私たちも、あなた方をどうお迎えしていいのか、戸惑っているのですよ。
この村は、100年ほど前までポセイドン様が治めた村・・・。
地上におけるポセイドン様の子孫であるあなた方を、
諸手を上げて歓待したいのは山々なのですが・・・。」
どうやらこっちのほうでも悩み続けているようだ。
ますます、この先どう展開するのか読めなくなる。
タケル達は「はぁ、お気になさらず」としか言いようがない。
それでもネストールはタケル達を案内する傍ら、
自分たちの状況を説明する。
「ヘファイストス様は、私たちにも気を遣われて、
神官ネレウスがあなた方への用が終わるまでは、
ご自分の工房で、仕事をし続けるそうなので、
それまではお気を楽にしていただければ良いのですけれど・・・。」
タケルは思わず、口をポカンと開けた。
「へ? じゃ、じゃあさ、
話聞き終わったら、そのまま俺らトンズラさせてくれない?
そうすりゃ、誰も不幸な目には遭わないけど・・・。」
しかしネストールは残念そうに首を振る。
「いいえ、あなた方を逃がしてしまえば、ヘファイストス様の信頼を我らが裏切ることになります、
ネレウス様の用件がお済になったら、
正々堂々、ヘファイストス様と対峙して頂きたいのですよ。」
それは理解できるが、もう一つだけ確認しなくては・・・。
「で、でも、ネストールさん、
戦いになったら、最悪ヘファイストスは死ぬぜ?
そうなることも想定して言っているのかい?」
ネストールは前を向いたまましばらく歩いていたが、
やがて、ゆっくりと振り向いて足を止めた。
「我々がヘファイストス様に恩義を感じているのと同様に、
あの方もゼウス様に恩義を受けています。
勿論、最悪の事態に陥る覚悟はおありでしょう。
ただ・・・私の印象では、ヘファイストス様も負けるつもりはないようです。
そして我々は、両者の戦いには中立の立場を取らざるを得ません。
ヘファイストス様もそれで良いとおっしゃって頂きました。」
少なくとも、このネレウスの言葉が全て事実なら、
この村人たちもヘファイストスも、
あまりに律儀と言うか、馬鹿正直すぎるとも思える。
まぁ、だからこそ・・・100年以上前、ゼウスに逆らって、
地上の人間を守ろうとしたポセイドンに近しい者達と言えるのだろうか?
集会所では簡単な飲食の場を提供してもらった。
そんなに豪勢というわけでもないが、
彼らの立場を慮れば、嬉しい応対と言えるだろう。
ネストールは、20分程度の歓談の後、
いよいよ、腰を上げて本題に入った。
「それではですな・・・、
5人! 5人選んでいただきたいと思います。
人数を絞るのに深い理由はありません。
これから案内する場所は、
とても狭い場所で大勢を収容できない、・・・ただそれだけの理由です。
そしてそこに、我々の村の最長老ネレウスが待機しております。」
みんなで顔を見合わせるも、メンバーはほとんど上席から考えれば決まっている。
タケルに、サルペドンにマリア、・・・クリシュナに後は、
酒田かグログロンガ・・・
「あたし!」
えっ? ミィナ!?
「あたし行ってもいいだろ!
ここはあたしが行かないと話しにならない気がするぜ!?」
タケルはがっくりうなだれながら、ミィナの肩に手をかけた・・・。
「ミィナ、・・・お前な・・・。」
そして次の光景はお約束だ。
タケルの身に何が起きるかは容易に想像できるだろう。
ボスッ!!
次回、タケルの身に悲劇が・・・
じゃなくて、
いよいよ、この世界の重要人物、登場です。