緒沢タケル編13 ヘファイストスの葛藤 パキヤ村へ
マリアは一度、頭の整理をすべく紅茶を少し口に含んだ。
気分転換になればいいが・・・。
「ああ、サルペドン、ごめんなさい・・・。
一度、話を戻させてもらいますね?
デメテルの村でも教えてもらったと思うのだけど、
今度のパキヤ村は、かつてポセイドンの領地だったそうなんです。
それだけに村人たちは、
今でもポセイドンに対する忠誠心を持っているせいで、
共通の先祖を持つと言われる私たち、スサに対してもかなり友好的です。
100年以上前の争いの後、
主を失ったこの村を治めることになったのは、今のヘファイストス・・・。
そして彼は今までの村人から、ポセイドン信仰を奪わず、
自分は自分、ポセイドンはポセイドンと、
互いの立場を尊重しながらこの村を営んできたそうなんです。」
ますます、この村で騒ぎを起こしたくなくなってきたな・・・。
そしてマリアは話を続ける。
「つまりですね、
この村にはヘファイストスに対する恩義と、
ポセイドンに対する信仰が共存していると考えてもらって間違いないと思います。」
ほほぉ・・・。
一同、わかりやすい説明にようやく納得したが、マリアの話は続く。
「で、ここからなんですけど・・・、
どうも・・・ヘファイストスの言い方が・・・
彼も憚ることがあるせいか、はっきりとした言い方ではなかったのですが、
村人たちの中に、狂信的なポセイドン信仰者がいて、
私たちスサにとても大事な用がある様なことを言っていたというのです。」
ここはサルペドンが反応した。
「ポセイドンへの狂信的な信仰を持つ者?
それは一体・・・、いや、マリア、どんな者たちか聞いたか?」
「あ、はい、一応・・・。
何でも村で・・・いえ、このピュロス王国で最も高齢の・・・
オリオン神群の誰よりも長生きしている人物がいると・・・。
かつてのポセイドンの神官だという人で・・・、
会談の場にはいませんでしたが、ネレウスと言う老人だと・・・。」
顔には出さなかったが・・・
サルペドンの驚愕振りがマリアに伝わってきた。
(あの老人・・・まさか、まだ生きていたのかっ!?)
この良く意味のわからないヘファイストスの対応について、
もっとも正しい判断が下せるはずのサルペドン、
そう・・・かつてこの村を治めていた彼が、
知りうる・・・覚えている全ての記憶を呼び覚ましながら、
そのネレウスという老人の伝えようとしているものを想像しようとしてみた。
ネレウス・・・
私がポセイドンを継いだその時には、既に高齢で杖をついて歩いていた・・・。
あの時もう、200歳は超えていたはず・・・。
代々、ポセイドンに仕えながら・・・、
いや、確かに忠実な神官ではあったが、
腹の底を見せないと言うか、壁を作っていたような印象がある。
その時は自分がまだポセイドンを継いで日が浅く、
先代のポセイドンと比べられていたせいかと思ったのだが・・・。
そんなネレウスがスサに何を伝えると言うのか?
地上の人間たちが攻めてきていると言う話は、
もうピュロス全体に伝わっているはずだ。
その中で、その侵略者たちが、
かつてのポセイドン縁のものだと、皆に知れ渡っているようではあるが・・・。
サルペドンは思考を続ける。
待てよ?
そうだ、既にデメテルの村と嘆きの荒野で二度・・・、
ポセイドンの能力そのものである巨大な地震は、
この地で誰もが体験しているはず。
このパキヤ村で、ポセイドンの帰還を予想しない人間は誰一人としていないだろう。
だとしたら、自分たちを歓待しようと言う村人たちの対応はよくわかる。
だが、「ポセイドンの狂信的な信仰者」とか、
「聞いていかねばならない話」というものがピンと来ない。
かつて、自分に仕えていた者たちも、
そんな極端な信仰や忠誠を見せていた覚えはない。
自分がこの地を追われてから、何か大きな事件でもあったのだろうか?
老神官ネレウスは、それを伝えようとしているのだろうか?
結局、サルペドンにしても明確な答えは出せず、
そしてやはり彼も、
タナトスを倒したと思われる不可知の存在など、確かめたい事がいくつもある。
それらについて、
何らかの手がかりがあるかもしれないと考えたのは、自然なことであった。
それらの謎が、
ネレウスによって解明されるかどうかは何の保証もなかったが、
この村はサルペドンにとっても故郷のようなものなのだ・・・、
本音を言えば、彼もこの村に帰りたかったのだ・・・。
「タケル・・・。」
「うん? なんだ、サルペドン?」
「戦いになるとすれば、またお前がカラダを張ることになるだろう、
だから私も強制はしないが・・・、
この村で重要な話が聞けるかもしれない。
決めるのは、総代であるお前だ・・・。」
サルペドンにも葛藤はある。
アレスを葬ったように、既に彼も自らの手を汚す覚悟はある。
だが、事ヘファイストスに関しては、
先代のヘファイストスを争いに巻き込み、
その命を奪ってしまった後ろめたさが、彼の心に重くのしかかっている。
デュオニュソスの時もそう考えていたように、
先代と当代の考え方や性格は異なるもの、と言ってしまえばそれまでなのだが、
自分がいなくなったこの村を、
平和に統治してきたと言う新しいヘファイストスに、感謝の気持ちも拭いきれない。
でき得るなら、このまま何事もなく過ごしてしまいたいのだ・・・。
そんな胸中を知らないタケルはあっけらかんとしたものだ。
「ああ?
他の土地を通るルート探したって、
誰かの領地を通るんだろ?
なら、最短ルートだって言うここを通ろうぜ?
それにヘファイストスってのは鍛冶の神だって?
話聞く限り、あんまり強そうじゃないってんなら、
圧倒的に力の差を見せ付けて降伏させてやんよ。」
確かにそれはその通りだ。
他のルートが安全だと言う保証はない。
ただ、サルペドンには他の理由もある。
懐かしい村・・・もう一度見てみたい・・・。
それと同時に、まだ当時を知っている人間が存命している・・・。
自分の正体をバラされるかも・・・。
デメテルやアテナのように、機転の利く人間がいるかどうかもわからないし、
彼女たちのように心を通わせあったわけでもない。
ただ、その理由を口に出せないサルペドンは、タケルの決定に従うしかなかった。
次回、
新たな人物登場。
と言っても特に重要な人物ではありません。
司会進行役みたいな扱いで・・・。