緒沢タケル編12 死の神タナトスと解き放たれた「魔」 冥界の支配者ハデス
・・・少年のように小柄な男性が、
後ろに陰気な男を連れている。
少年といっても、顔立ちや体格が少年に見えるというだけで、
結構な年の・・・、
以前も登場した、ひねくれていそうな育ちのオリオン神群ヘルメス。
今日、王都ピュロスに参上したのは、
後ろの男性・・・冥府の神ハデスを連れて来る役目だったようだ。
「ゼウス様ぁ~、ただいま、お連れしましたよぉ~?」
軽い足取りでゼウス神殿を駆け上る様は、
あまり礼儀正しいとも思えないが、
特にゼウスも気にも留めていないのか、軽く右手を上げて、この少年神と、後からゆっくり上ってくるハデスに目を向けた。
「うむ、ご苦労だったな、
そこにテーブルを用意しておいた・・・。
ハデスも適当に座るが良い・・・。」
特に食事の用があるとき以外、ゼウスの近くにテーブルが出される事も珍しい。
「神の女奴隷」がハデスたちの席ににワインを注ぐ間、
ハデスは自分が呼ばれた訳を考えていた。
遣いのヘルメスは、その理由をハデスには告げなかった。
というより、ゼウスから聞いていなかっただけである。
聞いたかもしれないけど忘れてしまった・・・。
あまり自分に関係がなければ、大して興味もわかない。
ゼウスもハデスも、このひねくれ少年神の性格はすでに把握しているので、
そんな事で一々、突っ込んだりもしない。
第一、重要な知らせがある場合には、
「虹の神」イリスが遣わされるのが慣習となっており、
スピード重視のときはヘルメスのほうが手っ取り早い。
どちらもその能力をフルに使えば、
スサにとって脅威の暗殺者ともなりうるのだろうが、
二人とも、そういう殺伐とした行為を得意とするわけでもないので、
幸運なことに、これ以上スサの犠牲が増えることはないだろう。
神々の王ゼウスにしても、これ以上、スサの始末を誰が取るべきなのか、
今日の会合ではっきりさせるべきだと考えている。
さて、テーブルは4人掛け用で、天井を鏡のように映す、
黒大理石の周りに彼らは全員、席についた。
上座は当然、ゼウスが豪勢な椅子に座り、
テーブルの両側にハデスとヘルメスが・・・。
「二人とも、まずは喉を潤してくれ・・・、
ハデス、そなたを呼んだわけはその後で話そう。」
別にハデスは慌てる事も緊張することもなく、
このワインを造ったのが、デュオニュソスなのかな、と、
さっきまでの考え事は一旦、棚に上げ、
自分の宮殿でも滅多に飲めない、極上のワインの余韻を楽しむことにした。
・・・まぁ、話はそれからでもいいだろう。
といっても、空気を読まないヘルメスが、
気が短いためか、とっとと本題に入りたがっているようだ。
「ねぇ、ゼウス様ぁ、
どうせ、あの地上のゴミクズどもの話でしょう?」
そう言われれば、ゼウスも苦笑するしかない、
片手にワイングラスを持ちながら話を始める。
「・・・そう急くな、
だが、焦らすつもりもないし、まぁいいだろう。
・・・知っての通り、いよいよ奴らは王都ピュロスに近づこうとしている。
それに幾つか、気になることも出てきたのでな、
ハデス、少しそなたの力を借りたい。」
ハデスは一度、グラスを置く・・・。
「・・・タナトスが殺されたことは聞きました・・・。
このままだと、パキヤ村を通り、
そしていよいよ、私のテメノスに・・・。
勿論、私も奴らを通すことなど考えてませんが、
今、この状況で私の力を借りたいとは?」
いよいよ本腰を入れてゼウスは話を始める。
彼の心中では、
スサをどのように把握しているのか・・・?
いや、ポセイドンの血筋を・・・。
「うむ、その前にもう一人、このテーブルに座らせたい者がいる。
『過去を知るモイラ』よ、遠慮は要らぬ、
その末席に座るがいい。」
三姉妹モイライも、
勿論オリオン神群に名を連ねるものではある。
だが、自らのテメノスを持たず、ゼウスの「目」の役に徹する彼女たちは、
優雅な暮らしを保障されながらも、このゼウス宮殿を出ることもなく、
神々の王ゼウスただ一人に仕えているのである。
盲目の彼女は、
「神の女奴隷」の一人に誘われて、空いている椅子に腰を落ち着ける。
ニヒリスティックなハデスが何のデリカシーも見せずに、
自分の思ったことを口に出す。
「珍しいですな、
モイラを同じテーブルに座らせるとは、
しかもたった一人で・・・。」
別にハデスには侮蔑も悪意もない。
本当に正直な感想だけなのだ。
これはヘルメスについても同様なのだが、
権力の座に就いている事と、
地上のような人付き合いなど無縁の生活を送る、彼らの習慣からくるものであろう。
そしてゼウスは本題に入る。
「数日前、
タナトスが奴らを討とうとしたとき、
とてつもない地震がこの地底世界を襲った・・・。
勿論、自然現象ではないし、
裏切り者ポセイドンの能力を遥かに上回るパワーだった。」
「・・・私の宮殿も、一部損壊がありましたよ、
死者は幸運にも出ませんでしたが、怪我人も多数・・・。」
「うむ、今後、あれだけのエネルギーを使われれば、
このピュロスそのものが崩壊する危険もある。
そこでこれ以上の被害が出ないうちに、
完全にあ奴らを根絶やしにしたいのだが・・・、
なぜ、あれだけの力を持つ者がいるのか、いま一つ理由も正体もわからない。
モイライに戦闘を見つめさせ続けていたのだが、
あの閃光のような精神エネルギーの爆発に、
今現在も、正常な能力が回復しないでいる。
まともに使えるのは、今そこにいる『過去を知る』モイラだけだ・・・。」
途端に肩をすぼめる末妹のモイラ。
「も、申し訳ありません・・・。」
とは言っても彼女に責任はないだろう、
途端にゼウスは笑い始めた。
「ハッハッハ、別にお前たちを責めるつもりはない、
気にするな?
・・・それで私は考えたのだ。
あの裏切り者、ポセイドンは、
何故かつて敗れたこの地に戻ってきたのか?
我らに勝てる算段を見つけて戻ってきたのか?
ポセイドン一人で我らに敵う筈もない、
ならば奴が見つけた仲間・・・、
地上に残されていたポセイドンの遺伝子?
本当にそんなものが存在するのか?
存在したとして、太古のポセイドンの力を発現できるのか?
そいつらの力を利用すれば、我らに勝てると考えたのか?
・・・とは言え、そんな事を考えても確証は得られない。
このモイラによれば、
我々の同胞を倒したのは、ほとんどタケルとか言う若き青年に依るものだという。
ならば、少しその男のことを調べようと思い、この場を作ったのだ。」
ハデスはゆっくりと口を開く。
「なるほど・・・
しかし、そこで私を呼ばれた理由は?」
そこからは「過去を知る」モイラが口を挟んだ・・・。
「恐れながら・・・、
私はその男・・・『緒沢タケル』という青年の過去を遡りました・・・。
ポセイドンの血脈に関しては、全く手がかりが得られませんでしたが、
恐ろしいほどの戦闘力と成長を繰り返して、このピュロスに来ています。
冷静に見れば見るほど、
地上の人間どころか、このピュロスにすら並ぶものはない事がわかるでしょう。
では『彼』は何者なのか・・・、
それを判断できる者はいないのか・・・、
いえ、たった一人だけ・・・
彼の身近に・・・それを知り得る者がおりました。
そして、その者から情報を引き出せる者が・・・。」
聡明なるハデスは、その言葉で全てを理解した。
「・・・そうか、その人物を呼ぶ為に・・・
私の能力が必要というわけだな・・・?」
次回、
もう二度と物語に登場しない筈のあの人が。