緒沢タケル編12 死の神タナトスと解き放たれた「魔」 「破局」
今回、長めです。
小タイトル予定変更しました。
・・・死の神タナトスは、
自分の視界に3人の男の死体が横たわっている光景に満足し、
マントを翻してこの場を後にしようとする・・・。
「生命力を喰らう」行為のせいなのか、
その肌は血色もよく、瑞々しさに溢れている。
年はポセイドンたちより一世代若いのか、100才を超えたあたりといったところか。
それでも見た目には、タケル達より少し上ぐらいにしか見えない。
今や、次の標的を探すべく、
下調べしてあった地形に沿って、更なる獲物に目を向けようとした時、
彼は一つの違和感に気づいた・・・。
ガリッ・・・
タナトスは慎重な男だ・・・。
油断とか軽率などと言う言葉は、この男に当てはまらない。
自分の背後から聞こえたように思えるこの小さな音も、
自分に危険を及ぼすものであるのかどうか、確かめずにはいられなかった・・・。
何よりも、
彼の本能が・・・何らかの胸騒ぎを起こしたのだ・・・。
(なんだ?)
振り向いたタナトスの目には、タケル達三人の死体が転がったままだ・・・。
当然だろう、
これらの死体には、生命力などどこにも残ってはいやしない。
死体が痙攣でも起こしたのだろうか?
考えられない現象ではない。
むしろ最も蓋然性が高い現象だろう。
だが、タナトスはその答えに満足することができなかった。
何故なら次の瞬間、彼の知覚神経にある音が響いてきたからだ・・・。
それは聴覚からではない。
彼の全身・・・、
オリオン神群としての感知能力の一端なのか、
それは骨や内臓にも響いてくるような・・・、
一定のリズムで感じる心臓の鼓動のような音・・・。
勿論、自分の臓器の音ではない。
眼前にいる死体から聞こえる距離でもなし、
元より、そんなはっきりとした心音など、他人のカラダから聞こえてくる訳もない。
ではこの音は何所から?
まるで・・・
大地の奥底から響いてくるような心臓の鼓動は・・・?
・・・ドクン ドックン ドックン ドックン ドックン ドックン ドックン・・・!
そして次の瞬間、
タナトスは信じられない光景を目の当たりにする。
こちらはピュロス王国・王都ピュロス・・・。
壮麗なるゼウス神殿の奥深くで、
全てを見通すモイラ達が、今「嘆きの荒野」で行われているタナトスとタケルの戦い・・・、
いや、タナトスによる一方的な処刑を見守っていた。
観測者は、
ミディアムグレーの髪を有した「現実を視る」二人目のモイラである。
彼女の脳裏には、その超自然的な透視能力により、
白い霧などに阻害されることなく、二人の様子を映し出されていた・・・。
「・・・只今『死を司る』タナトス様が、
アトランティスの後継者、雷の剣を持つ男の生命を吸い取りました・・・。」
彼女たちの主人、黒雲操るゼウスは、
そのまま予定通りの報告を聞き微笑んだ。
「うるさい蠅も、ここで一貫の終わり、と言うヤツだな。
・・・ま、肝心の敵はポセイドンただ一人だ。
後はタナトス自身がポセイドンに出くわさずに、どこまで奴らを食いつくせるか、だな。」
彼らにとっては全て予定通り・・・。
しかもこの光景すらも、
少し前にモイライの長女、ライトグレーの髪をなびかせた「未来を見通す」モイラも視ていたのだ。
何の異常も想定外の事態もない。
それだけのことだったのだが、
末の妹・・・漆黒の髪の「過去を知る」モイラが、
自分の能力とは関係ない所で、一つの違和感に気づいた・・・。
上の姉の様子がおかしい?
三人の姉妹は目が見えない。
だがその分、精神感応能力がずば抜けて優れているのと同様、
本来の能力以外の部分でも 高い観察能力を誇るのだ。
そして妹が感じた姉の異常とは・・・。
「上のお姉さま、何か・・・?」
震えている・・・。
目を閉じている彼女たちの一人が、青ざめながら大量の汗をかき始めていた・・・。
「お姉さま? な、何を察知したのですか?
何か良くない未来でも!?」
その異常なる気配はゼウスにも感じ取れた。
「・・・どうした? 何かあったのか?」
ここで初めて「未来を見通す」モイラは、
震える声で危急の事態を告げたのだ・・・!
「も、申し上げます!
私の視ていた未来に、得体の知れない何かが侵食してきました・・・!
突然・・・私のビジョンに突然現れたのです!
でも視えない!
それが何なのか視る事が出来ない・・・。
まるで激しい光を焚かれたのごとく、私の眼にもはっきりとは映らないのです!
ですが、この巨大なエネルギーは!?
大地を覆う・・・天を引き裂くほどの激しい鼓動!!」
呆気に取られるゼウスと、末妹のモイラ・・・。
止む無くゼウスは、現在を見る真ん中のモイラに目を向けるが、
既に彼女も、
自分の能力の中に違和感が生じ始めているのに気づいていた・・・。
「・・・何かが・・・
何かが生まれようとしています・・・!
光が・・・鼓動が・・・波動が・・・どんどん大きく、激しく・・・、
ダメです!
もう私の能力では捉えようがありません!
私の見ている光景が全て黄金色の光に呑み込まれていきます!
これ以上は・・・視ている私が危険です!!」
ここは元の戦闘現場・・・。
死を司る神、タナトスは、
後ろを振り向いたまま固まっていた・・・。
命を奪った・・・生命力を全て吸い尽した筈の男から、
途方もないエネルギーが迸りはじめたのを感じたからだ。
それどころか、
大地に倒れているその男の指が、ビクビクと痙攣を起こし始めている。
死んだはずの・・・タケルの指が、
まるで昆虫の肢のような動きで地面をかきむしる・・・!
いや、その動きには明確な意志がある。
筋肉の痙攣などでは絶対にない!
地面から起きあがろうとするその姿に、
タナトスは信じられないとでもいうように大声をあげた・・・!
「バカな! 動ける筈がない!
生きている訳もない!!
・・・全てだ・・・
生命は全て吸い取ったのだぞ!?」
だが同時に、タナトスは驚いていられる余裕をも失う。
先程からの断続的な鼓動は、
もはや大地を激しく揺るがしはじめるに至ったからだ。
ズズズズズズズズズズズ・・・!!
タナトスは倒れないように片腕を地面に支え、中腰のまま身動き一つできず、
今、この場に起きている理解不能の現象に直面するだけだったのだ。
「で、でかい・・・自然現象じゃあない、
これは大地を揺する・・・ポセイドンの能力か!?
いや、あり得ない・・・こんな巨大なエネルギーなど・・・
これはゼウス様をも遥かに上回る・・・そんな能力などある筈も!?」
タナトスが、
あまりにも巨大すぎるエネルギーに注意を取られた事は仕方ないことだろう。
だが、タナトス自身、それよりももっと恐ろしい事が起きている事に気づき、
「それ」から目を逸らしてしまった事を後悔する。
・・・そう、先ほど命を吸い尽した筈の男が、
今や、この鳴動する大地の上に、完全なる姿で立ちあがっていたからだ・・・。
一方、
この巨大な異常現象に驚愕しているのは、タナトスだけの訳もない。
オリオン神群の襲撃を、やり過ごそうと考えていたサルペドン達にとっても同様だ。
「・・・なんだ、この揺れは!?」
傍にいたマリアも、この現象を理解すらできず叫び声をあげる。
「サ・・・サルペドン、これはあなたの能力ではないのですか!?
これは・・・明らかに精神エネルギーによって起こされたものですよ!?」
「私じゃあない!
こ、こんな途方もないエネルギーなど、私には・・・!」
荒れ狂うエネルギーの影響を受けたのは、近隣の土地でも同様だ。
最寄りのデメテルのテメノスはじめ、
これより向かう、ヘファイストスのテメノス・パキヤ村・・・、
そしてまた、その大地の唸りは、
王都ピュロスのゼウス神殿すらも崩す勢いで揺れ続けたのだ!
ホスト風の男奴隷に囲まれたデメテルは、
そこらじゅうの下僕達にしがみつきながら、金切り声をあげる。
「あ・・・あの男、またこんな無茶なマネを・・・!
い、いや、違う!?
この力の大きさはポセイドン以上じゃ!?
いったい何が起きたというのじゃっ!?」
そして、
「嘆きの谷」を越えた・・・かつてのポセイドンのテメノス、パキヤ村では、
その奥深くの洞窟の中で、
一人の小柄な老人が、
崩れそうになる洞窟の天井を見上げながら、
自分の身体の危険など、まったく意にも介さず、この巨大な力の嵐に魅入られていた・・・。
「・・・甦られた・・・?
我らの主・・・、
かつて、わたしがお仕えしたポセイドン様ではなく、
全ての生命の父、
この大地の、本当の支配者・・・
黒きたてがみの・・・ポセーダーオン・・・。」
そして何よりも、
大地の奥底で突然生み出されたパワーは、
地表の下の地殻変動をも巻き起こす!
先にサルペドンが起こした、大地のうねりの数十倍のエネルギーによって起こされた「それ」は、
太平洋プレートを突き崩し、マグマを溜めこんでいた海底火山をも隆起させる!
・・・そして
破壊の時は来た!!
広大な海原に火柱が立ち、激しい水蒸気爆発の噴煙が大空を埋め尽くす・・・。
太平洋上で起こったそれは、日本の沿岸や、太平洋諸島の島々、
そして騎士団の侵攻で、比較的被害の少なかったアメリカ大陸の、
西海岸全てを暴虐の巨大津波が襲いかかったのだ・・・!
家を・・・人を、
ビルを・・・街を・・・。
全てを呑み込む暴虐の津波・・・。
果たして・・・いったいどれほどの命が、
無差別、無慈悲なる濁流に呑み込まれていったのか・・・、
一切の抵抗も許されずに。
いま、この時点で、
地底にいる者たちが、それを知る術は・・・ない。
「男」が立ち上がった時点で、区切りをつけて明日に回そうかと思いましたが、
一気に、地上の破局シーンまで載せてしまいました。
なお、大津波と言っても、
フラア編であるように、過去の文明が消失する程ではありません。
・・・ええ、まだこの時点では。
次回
「解き放たれた魔」