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第9話

 

丸一日が過ぎていた・・・。

義純も伊藤も適当な口実を見つけて、

仕事場の方へはうまく言いくるめることができたようだ。

元々義純は所長だし、

伊藤のほうも適正な申告さえすれば、

勤務時間を拘束されない、

都合のいいというか不安定な身分でもあるし。


義純は騎士団用のキャンピングカーを用意していた。

一見、慎ましやかに見える彼の生活だが、

人の目に触れない部分では、

驚くべき重装備を手配できるのである。

車内には、通信機材や物々しいトランクを積み込んである。

検問などの無用なトラブルを避けるため、

空港から少し距離のある駅で、イギリスからの一団を待ち受けた。


 「ヒーウーラー! 久しぶりーぃ!!」

がばちょ!とマーゴが両手を広げて義純に抱きつく。

 「(うぇっ!) や、やあマーゴ!

 本当に綺麗になったなぁ・・・!」

男性陣がそれぞれどんな思いでその光景を見つめたか、

マーゴは考えようともしない。

 「でっしょぉお?」

 「ライラック! 元気そうだな!

 ガラハッドも良く来てくれた。

 ・・・それでこちらが・・・。」 

 

義純は老人を振り返った。

マーゴがレッスルを紹介する。

 「天下の魔法使いブレーリー・レッスル様!

 人形メリーの製作者らしいわ!」

伊藤もその程度の英語は理解できる。

だが、あまりの突然で唐突な紹介に耳を疑う。

 「な、何ですって!?」

 「あー、こちらが、

 ・・・マーゴに調べてもらったルポライター、

 伊藤さんです。」

義純は、

マーゴがどれほど重大な発言をしたか、

気づく事も出来ず、

伊藤の驚愕は、彼にスルーされてしまったようだ。

 「ハーイ、ヨロシクね!

 私はマーゴ!

 紅い髪の毛のあっちがライラック、

 金髪のあの子がガラハッドね!」

戸惑っている伊藤をじっと見ていた老人は、

伊藤に近づいて言葉をかける。

 「詳しい話は後でしたいんじゃが、

 ・・・イギリスを出る前に、

 こやつらに頼んどいた話は聞いておるかの?」

 


一同、

老人が日本語を流暢に使えることに驚いたが、

何しろ何百年この世界にいるか分らない爺さんだ、

みんな少し考えて納得した。

伊藤だけ戸惑ったままだ。

しかも老人が、

騎士団から日浦経由で頼んだものとは、

伊藤にとってさらに難題だったのだ。

 「えっ!?

 む、娘の麻衣をここに連れてくることですよね?

 それは駄目です!

 その、妻に話してみたんですけど、

 そのー、

 強硬に反対されて・・・、

 うまい口実も思いつかず・・・。」

 「ふぅーむ、

 ・・・では、初対面のあんたに、

 えらく失礼なことを聞くが・・・。」

 「は、はい、何でしょう?」

 「奥さんとセックスはうまくいっとるかね?」

 「・・・はぁ!?」


さすがにその場にいたマーゴも目をパチクリした。

特定の単語に反応したようだ。

義純に日本語を通訳してもらっている・・・。

 「わーお!」

 


 

 「すまん、大事な話なんじゃ、

 答えてくれい・・・。」

伊藤は義純に対しては、

ある程度心を開き始めていたが、

さすがに遠い外国からやって来た異邦人には警戒心を持っていた。

そんな時にこの質問では・・・。

 「・・・いや、

 子供ができてからはあんまり・・・。」

 「そうかね、では、以前の話でよい。

 あの時は、おまえさんが上かね?

 それとも奥さんが上かね?」

 「・・・はああ!?

 いい加減にしてくださいよ、

 何でそんな事を・・・!!」

しかし、老人の片目は本気に見えた・・・、

威厳も感じられる・・・。

高名な医者の前で、

全てを申告せねばならないような雰囲気になって、

伊藤は恥ずかしがりながらポツリと言った・・・。


 「・・・妻が上に・・・なりますね・・・。」

 

 

 「・・・すまんかったの、よぉく分った。

 伊藤さんといったかな?

 奥さんに電話してくれんか?

 わしが直接話そう・・・。」

 「な、なに言ってんですか!?

 そんなイヤらしい事、

 百合子の耳に入れたら大変なことになりますって!」

伊藤は勘違いしたままだ。

老人は思いっきり吹きだした。

 「ハーッハッハッハ、

 いや、すまん、違う違う、

 そのことではない。

 娘さんのことじゃ、

 なーに、悪いようにはせんよ。」

本当に大丈夫なのか?

伊藤は恐る恐る携帯で、

百合子の電話にかけてみた・・・。

 『はい? あなた?』

 「あ・・・もしもし、俺、

 えーっ・・・と、

 君と話をしたいってお爺さんがいるんだけど・・・?」

 『ええ? どういうこと?』

そこで老人が、

伊藤の携帯を奪うように取り上げた。

 

 「あー、もしもしー?」 

レッスルはその場から離れる。

周りに聞かれたくないのだろうか。

 『もしもし? どちら様ですか?』

 「・・・ブレーリー・レッスル・・・

 と言えば分るかな? 奥さん・・・。」

 『はい?

 ブレーリー・・・ えっ・・・

 ブ、ブレーリー・・・レッスル 様?』


百合子の声は震えている・・・、

勿論、他の者には分らない。

 「やはり『リーリト』か・・・、珍しいのお。」

 『・・・申し訳ありません!

 失礼を・・・!?』

 「気にすることはない、

 わしはお前たちの主人というわけでもないからの、

 用件は一つじゃ、

 ・・・娘さんを貸してくれんか・・・?」

 『・・・それは、命令でしょうか・・・?』

 「いーや、そんな権利はわしにはないさ、

 じゃが、おまえさんたちの掟は知っておる。

 種族の利害に反しない限り、

 全ては個人の意思が尊重される・・・、

 違うかね?」

 

 『それは、

 娘のことを言っているのですか・・・?』

 「娘さんは、

 『彼女』を助けたいと言ったそうじゃな。

 ・・・ならばわしらと行動を共にさせてはもらえんじゃろうか?」

 『娘は・・・、

 麻衣はまだ10歳です・・・。

 種族の自覚も誇りもありません・・・。』

 「そうか、

 ではこういう風に考えてはもらえんかの?

 いま、わしの周りにいる者達は、

 『リーリト』の存在に気づき始めておる。

 勿論わしは、お前たちの争いには関知しない。

 じゃが、ここで彼らに恩を売っておけば、

 後々何かと都合がよくはないかね?」

 『・・・他人事のようですね?

 私たちが、

 イヴの子孫達といがみ合うようになったのは、

 あなたの思惑ではないのですか・・・?』

 「・・・痛いところを突くのう。

 じゃが、わし自身、

 ヴォーダンの心の奥深くは窺い知れんからの・・・。」

 『それに、あの人形がどうなろうと、

 私たちには何の関係もないはずです・・・。』

 

 「・・・そうかね、仕方ない・・・、

 それがおまえさんの意思だというなら、

 それも運命というものなのかのう・・・。」

電話の奥の百合子は、

レッスルの言葉に反応した・・・。

私の意志が運命を・・・? 

運命とは自分の意思で変えることができるのだろうか・・・?

自分の選択は、

種族の一員としては間違ってはいない。

夫が危険に巻き込まれて、

自分以外の人間に死を与えられたとしても、

それはそれで問題はない。

では、なぜ、心が揺れる?

何故、

ここで口が開いてしまうのか・・・?


 『ブレーリー・・・レッスル様・・・?』

 「んー、なんじゃね?」

 『娘をそちらに預けても、

 ・・・私は”リーリト”として、

 間違っては・・・

 いないと言えるのでしょうか・・・?』

 


老人も彼女の苦悩を感じたのだろうか・・・。

 「・・・運命とは全て己の意思次第じゃよ・・・。

 とぉーい昔に、

 イヴがあの『果実』を選んだのも・・・、

 リーリトが別の『果実』を選んだのもな・・・。

 そして運命の結果などというものは、

 誰にも分らない。

 例え、

 少し未来の事を見る事ができるお前たちとて、

 それは一緒じゃ・・・。

 正しいか間違っているかは、

 誰にも言えんじゃろう・・・。」

伊藤は心配そうにこちらを見つめている、

・・・騎士団の者達も同様だ。

静かな時間が流れていく・・・。

そして百合子は一つの決断を下した。


 『娘と・・・それに、

 夫をお願いできますか・・・?』

 「ありがとう! 心配はいらん、

 くたばり損ないのビショップが一名、

 抜け目のないウィッチが一名、

 頼りになりそうなナイトが三人もおる。

 可愛いプリンセスは守ってみせるよ、

 ・・・旦那さんもな!」


 『最後に聞いてよろしいですか?』


 「んー何じゃなぁ?」

 『どうしてわたしの正体が・・・?』

 「ああ、旦那さんに夜の生活を聞いたんじゃ、

 おぬし達が、

 『男の下』になる事はあり得んじゃろう?」


老人はお礼を言って電話を切った・・・。

そしてその瞬間、

「しまったぁ!」とでも言うかのように顔をしかめた。

一方、

相手側の百合子は電話を切って一人つぶやいた。


 「・・・あの、おしゃべり・・・!

 他人様になんて事を・・・! 」 


その言葉には、

凄まじいまでの明確な殺気が込められていた・・・。


 「・・・どうかなさったんですの?」

マーゴが心配そうに聞いてくる。

 「ま、また、後悔のネタが一つ・・・

 いーや、何でもない!

 交渉は成功した。

 これから娘さんを迎えに行ってもらえんかね?」


何よりも驚いたのが伊藤である。

 「ええ!?

 妻が承諾したんですか?

 凄い・・・一体どうやって・・・?」

 「ああ・・・あ、

 大丈夫・・・うむ、心配いらぬ、

 心配いらんからな・・・!」

老人はばつが悪そうに携帯を返して車に乗り込んだ。


・・・もはや威厳はどこにもない。

 


外伝では「リリス」という読みにしましたが、

メリー本編では「リーリト」と表記します。


・・・昔、メガテンやってて「百合子」が出てきたときにはびくりしました。

私と同じ思考回路で名前つけてたんですね。


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VRoid版メリーさん幻夢バージョン
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