緒沢タケル編11 黒衣のデメテルと純潔のアテナ アテナ戦決着
違う・・・突進攻撃ではない!?
アテナにもそれがわかった。
そしてこれがタケルの奥の手だと言う事も。
「いいわ!」
それに対しアテナも頭上で槍を旋回させる。
今までになかった動きを槍と筋肉に与え、
そのカラダの潜在能力を最大限にまで引き出すつもりだ。
タケルがどんな攻撃をかけようが、
それすらさせない内に勝負をつけるということか?
何よりも体力の限界にある事は、自分自身にも言えることだ。
ここで勝負をつける事に、何の躊躇いもない!
アテナの間合いの中が、鋭い槍の穂先の暴風雨圏内となる。
その中に迂闊に踏み込めば、
たちまち骨をぐちゃぐちゃに叩き折られるか、
ボロボロに肉を切り刻まれるであろう。
いや、確かに閃光のような突きでその結界を貫けば、
致命的なダメージを食うのはアテナの筈だ。
・・・そう、これは罠だ。
タケルを飛びこませる為の・・・。
一見、二人のモードは「受け」と「受け」・・・。
もしかしたら、お互い理解していたのかもしれない。
自分達の動作が、相手を呼びこませる為の物でなく、
ただの準備運動に過ぎない事を・・・。
それからどれぐらいの静かな時間が過ぎたのか・・・、
二人の視線が・・・
呼吸が・・・
世界が噛み合うその瞬間・・・
二人のカラダは弾けたように前方に発射される!
間合いは当然、アテナの槍の方が広い!
先を制すはアテナ!
タケルの剣は未だ間合いの外!
ところがここでタケルはカラダを止め、深く・・・
とても深く大地に沈み込む・・・!
その位置で何かするつもり!?
アテナは自分の攻撃がかわされることぐらいは承知していた。
故にこの第一撃は流すため・・・、
続く変幻自在の第二撃で決着をつけるつもりであった。
だがタケルの思惑は別・・・。
アテナの攻撃が誘い水だろうと、罠であろうとすべきことは一つ・・・。
アテナは脅威の槍捌きで、
握り締めた拳を返し、真下に逃れたタケルを追撃する。
鋭利な穂先はタケルの頭上に・・・
・・・その時、彼女はタケルの眼光を見た!
ギャリィィーンッ!!
何が起きたのか・・・!
アテナの右腕から槍が消えていた・・・。
いや、この空気を切り裂く音は・・・!?
・・・ヒュンヒュンヒュンヒュンヒュン・・・!
この場で釘づけになっていた観衆の目に、
上空から落下してきたアテナの槍が、地面に深く突き刺さる姿が飛び込んできた。
タケルが奥義、「神断ち(かむだち)」で狙ったのは、槍の柄・・・。
ほとんどアテナの手首に近い部分を祓いの剣の必殺奥義で破壊したのだ・・・!
「・・・クゥッ・・・!」
アテナの右腕を激痛の波が襲っている・・・。
カラダそのものは特殊能力で防護しているとはいえ、
槍を掴む手首にかかる負荷だけはどうしようもない。
それを見て、
タケルはすぐに天叢雲剣を捨て、アテナの元に駆け寄る・・・!
勝負はついた・・・!
「大丈夫ですか!?」
何と言う切り替えの早さか、
アテナは、もうタケルの目が戦士のそれではなく、
ただ自分を心配する、優しそうな青年の目に戻っている事を確認した・・・。
そのタケルの目に一瞬、思考を奪われたかと思うと、
その隙にタケルはひょいと、アテナのカラダを抱きかかえる。
「デメテルさん、手首が折れてるかもしれない、
お医者さんか手当の用意を・・・!」
余りの展開の変化の速さに、
アテナはきょとんとタケルを見上げていたが、
自分の腕の痛みも忘れ、突然彼女は噴き出した。
「クスクスッ、
凄い変わり身ね・・・?
私は大丈夫ですよ、鍛えてますから、この程度・・・。
折れてはいませんわ、
手首をひねった程度よ。」
「ほ・・・ホントに?
よかった・・・。
あ、でもどっちにしても手当しなきゃ・・・。」
すぐに彼らの元に添え木と包帯が届けられ、
あっという間にタケルがアテナに寄り添い、彼女の手首に包帯を巻いていく。
手当の最中も痛みは感じるが、
アテナにとって最も興味があるのは、タケルの行動だ。
いきなり戦いを挑まれて、真剣勝負をしたばかりなのに・・・。
「強いのですね、タケルさん、
完敗でした・・・。」
そこで初めてタケルに照れ笑いが・・・。
いや、タケル自身、実はあまり勝ったとも思っていないのだ・・・。
何故なら・・・。
「いえ、強かったですよ、アテナさん、
最後は・・・互いの男女の体格差、
それだけが分かれ目です。
互いが同じ条件だったら今頃・・・。」
それは確かに正論だが、
アテナにとっては元から織り込み済みの話だ。
それよりも・・・。
「タケルさん、あなたはどこでその強さを身につけたの?
さっきまで物騒な争いをしていた私を気遣う優しさはどこから来るの?」
そして本当にアテナが知りたい核心は、
その強さと優しさをどうして併せ持つ事が出来るの?
・・・という一点。
だが、そこまで質問する気も失せていた。
それに・・彼女の問いに対するタケルの答えは、
アテナを満足させるものだったかもしれないからだ・・・。
「アテナさん・・・、
オレには・・・姉貴がいました。」
「お姉さん?」
「はい、年は一つしか離れていなかったんですが・・・、
オレなんかより全然強く・・・、
どうしても勝てず・・・
いつもオレを叱り飛ばしてるだけの姉貴だったんですけど・・・。」
聡明なるアテナは、
タケルの言い回しの先にあるものに気付いてしまう。
「話は全て過去形、なのですね・・・、
もしや・・・。」
「ええ、こないだ亡くなりました・・・、
オレをかばうようにして・・・ね。
以来、オレは姉貴を追い越すという目標を見失っていたんです・・・。
姉貴に見合う強さの人間なんてどこにもいやしませんでしたから・・・。
でもアテナさん、あなたの強さは・・・まるで・・・。
攻撃のスピードも・・・スタイルも・・・技の鋭さも・・・
オレの姉貴と勝負しているかのようでしたよ。」
「惜しい人を失ってしまったのですね・・・、
できれば・・・
私もお会いしたかったですわ・・・。」
その言葉を聞いた瞬間、
タケルの目から一筋の涙がこぼれた・・・。
「あ、あれ?」
別に何かが悲しかったわけでもない・・・。
自分の心が震えたと言う自覚もない。
ただ、
アテナの治療をしている自分の姿が、
「美香姉ぇを守りたかった自分」との虚像と重なってしまったのだろうか?
ここにいる女性が、
自分の姉などではないことなど、十分承知しているのに・・・。
それでも・・・タケルの心は・・・。
次回でデメテル・アテナ編最終回!
ちなみにタケルのシスコンぶりは、
この後ある場所を最後に卒業します。