緒沢タケル編11 黒衣のデメテルと純潔のアテナ 白熱する闘い
アテナの絶対防御能力・「アイギスの楯」は、
互いのカラダをオブラートのように包みこんでいるが、
二人の武器にまではその効力を与えていない。
故に互いの攻撃は火花を散らし、
時に耳を覆いたくなるような金属音の雨を周囲にまき散らす!
結界にも似たその二人の空間に誰も立ち入ることなど許されない、
驚嘆の声や呻き声一つすらも・・・!
いや、そのあまりのスピード・苛烈さに、
呼吸ですら困難になる者もいるだろう。
同じオリオン神群のデメテルや、
これまで行動を共にして来た筈のサルペドンさえ、
自分の予想を遥かに上回る・・・
次元が異なるとまで言える戦いに、思考能力を奪われる。
・・・それは当のアテナやタケルにしても同じことか・・・。
果たしてそうだろうか?
戦いに集中し、他の事など考えられる筈もないのは当然なのだけれど、
どこか心の片隅で、二人はそれぞれ感じる事がある・・・。
思った通りだ・・・!
このアテナさんの戦うスタイル、
スピード・反射・・・そしてこの全てを貫き見透かすような眼・・・
美香姉ぇ・・・あんたと同じだ!
見てくれ、美香姉ぇ!
オレはここまでアンタに追いついた!
どうだ!?
オレは強くなった!
見ててくれるかっ?
もう、オレをかばう事なんかない・・・!
オレの為に全てを犠牲にすることなんかない!
今度は・・・今度はオレが美香姉ぇを守る番だ!
今までありがとう・・・、
こんな細い腕で・・・
こんなに小さな手でオレの手をずっと引っ張って来てくれてたのに・・・。
その言葉すら言えずここまで来た・・・。
だからせめて!
一方、アテナの胸中にも異なる思いが湧きあがっている。
この狭い地底世界に於いて、
戦いの女神とまで呼ばれ、100年以上にわたって様々な男性兵士と武芸を磨いてきたが、
誰も自分の腕に敵う者など存在しやしなかった。
実際、殺気立った戦争のようなケースなど殆どなく、
実戦と言えば、秘境に存在する大トカゲやマストドン、
凶悪な鉤爪を持つ翼竜との戦いがせいぜいと言ったところだろう。
同じ人間同士の戦いで、
ここまで自分と張り合える者など彼女の記憶に存在しない。
故に実力伯仲するタケルとの闘いは、・・・戦いの女神と呼ばれる自分の精神を・・・
更なる高揚感に導いていた!
まだよ!
地上で舞い踊るアテナ・・・!
彼女は自分の戦闘能力が、
戦いのさなか、どんどんレベルアップしてゆくことを理解した。
自分より劣っている者との戦い・・・
それがどんなに退屈であった事か・・・。
この100年以上の長きにわたって、
自分の腕を落とすような怠惰なマネなどするはずもないが、
逆に自分の武芸を成長させるような相手もいなかった。
それが・・・ここへきて・・・
自分と同等・・・
いや、それ以上の戦士に出会えるとなどとは思ってもいなかったのだ。
まだ・・・、
もっと・・・もっと見せないさい、タケルよ!
あなたの力はこんなもの?
違うでしょう?
更に・・・さらに速く・・・
さらに強く! さらに鋭く!!
あなたも・・・私ももっと強くなれるわ!
客観的に戦いを分析すれば、圧倒的に有利なのはタケルである。
何しろ、たった一度でいいからアテナの槍を真っ向から弾けばいい・・・。
詰まる所それで戦いは終わる。
何故なら、二人の最大の違いは体格とパワーである。
タケルの重い威力の剣で真正面からアテナの武器を叩けば、
彼女の握力が耐えられる筈もない。
そしてそれは勿論、自分達でも理解している。
それゆえ、
アテナは決してタケルの剣を受けたりすることはない。
全て剣と槍の接触は、かわす、流す、そらす・・・!
それだけに限定されるのだ。
逆にタケルは最初からそれを狙っていたのだが、
アテナの突きをメインとした直線的な攻撃のあまりの早さに、
振りかぶる余裕すらなく、
どうしても横から「力で」はじく行為に移行できない。
最低限の動きでないと、
隙がでかくなり、彼女の凄まじい槍の餌食になるのは自明の理だ。
結果、タケル自身も力を必要としない「柔」の動きに限定せざるを得ないのだが、
元々「祓いの剣」は、
敵の攻撃を流す事を前提に編み出されているものなので、
この戦い方でいく限り不都合はない。
強いて言うとすれば、この戦いは長期化する・・・!
となれば二人の勝敗を分かつのは・・・。
既に2人の戦いは一時間に及ぶ。
見ている者の体力すら限界に近い。
そして二人の息ももう・・・。
いや、タケル自身、アテナに脅威を十分感じている。
全神経を集中し、ここまで戦っている自分の体力もかなり疲弊している・・・。
なのにアテナは剣より重い槍と・・・そして楯まで装備しているのだ。
カラダにかかる負荷はタケルより不利なはずである。
ここまで自分と渡り合っている事自体が信じられない。
勿論、二人はインターバルもなしにノンストップで戦っているわけでもない。
途中途中で間合いを広げ、互いの様子や出方を窺う時間もある。
その内の時間でタケルは一つの事を考えていた。
・・・そろそろ勝負だ・・・。
別に勝ちを急いでいるわけではない。
それはアテナの能力を思ってのことだ。
それは何か?
タケルも電撃・・・
天叢雲剣を使っている身であるから分かるのだが、
体力を疲弊した状態では、
精神エネルギーを発揮するのに非常に困難な場合がある。
使えなくなるわけではないのだが、精神集中そのものが困難になるようなのだ。
今のところアテナもタケルも、
互いの身に攻撃を当てる事まで至らないが、
この先戦いが続けば、ふとした拍子でアテナの能力が外れる事も考えられる。
そんな時に、自分の攻撃が当たったならば・・・。
だからこそ、この辺りでケリをつける・・・!
タケルはここまで勝つ事も負ける事も考えていない。
自分の力が今、どこまでなのか・・・
それだけがこの戦いを承諾した理由なのだ。
ここまで二人の実力が伯仲するならば、
それで一つの答えは得られた事になる・・・。
それでは最後の戦い方は・・・。
タケルはもう一度、後ろに距離を取った。
何かするつもりね・・・?
もちろんアテナは警戒する。
突進・・・、
良くて相討ち・・・下手をすれば・・・。
だが、タケルはそこで初めて剣に大きく弧を描かせ、
祓いの剣の基本動作に入る・・・。
「受け」でなく「攻め」の為の・・・!
次回決着!