緒沢タケル編11 黒衣のデメテルと純潔のアテナ ポセイドンとアテナ
大地を統治せしポセイドン・・・
ギリシア神話の中に於いて、最高神ゼウスの次に名を連ねる者・・・。
本来、この地上全てを統べる資格を持ちながら、
天空神の姦計に敗れ海原の神に貶められた・・・。
100年以上もの昔、
この地底世界ピュロスに置いても、
神話の世界をなぞるように、彼らは運命の波に弄ばれていた・・・。
ゼウスも・・・ポセイドンも・・・
アテナも、そしてデメテルも・・・。
ポセイドンは遥かな昔、ゼウスの地上侵攻に異を唱え、
ヘファイストス、アテナ、デメテルと共に反旗を翻した。
冥府の王ハデスの額に消える事のない傷をつけながらも、
自らはゼウスの雷の矢を受け大怪我を負う。
彼の右目が潰れたのはその時だ・・・。
そして、戦いに敗れた彼は地上に逃れ、
来るべきゼウスの地上侵攻に備え、
自らの身分と出自を隠して対処しようとしていたのである。
サルペドン・・・いや、ポセンドンが緒沢家当時の総代に近づき、
スサと言う組織を作った背景には、そんな訳があったのだ。
ただその時、
結果として、ゼウス陣営にも多大なる被害が生じた。
しかも大地の恵みを司るデメテルが、
ピュロスの食糧生産を一気にストップさせたが為に、
しばらくの間、ゼウスは地上侵攻を断念せざるを得なかったのだ。
勿論、これまでの地上の文明・・・
近現代の破壊兵器の存在・発達があった為、
迂闊に行動を起こせなくなったのも大きな理由の一つだ。
それゆえゼウス自身、
地上に軍勢を繰り出す事は半分諦めかけていたのだが、
騎士団による世界秩序の崩壊が、
今回の騒乱の転機となってしまったのだ。
そして、地上に逃れたサルペドンが、
常々自らの心に課していた戒めは、
「自分はこの世界のアウトサイダーに過ぎない」
という、孤独で・・・
それでいて岩のように堅固なる信念・・・。
サルペドンが常に冷静で、
騎士団との時も、まるで部外者のように戦いを見守っていたのはその為・・・。
美香が亡くなった時、スサを我が物にしようとすらせず、
タケルに全てを受け継がせようとたのは、そんな事情があったからなのだ。
そして今、神話上で多くの謎に包まれた関係を持つ二人の神が、
このデメテルのテメノスで再会したのである・・・。
その女神アテナは100歳を超える筈だが、
未だ肌には艶があり、地上の人間感覚では30代位にしか見えないだろう。
滑らかな細腕には、アフリカの少数部族を思わせるような何種類かの腕輪をはめている。
胸には装飾性を帯びた象牙細工を垂らしていて、
その白い肌とはアンバランスさも覚える程だ。
サルペドンはゆっくりと・・・
初めて自らの意志でサングラスを取る。
彼女の前では全てを晒す、
それが自分の義務だとでも言うように。
そして二人は、
どちらが先と言う事もなく、互いに駆け寄りその腕を掴ませ合う・・・。
ただ、二人がそれ以上接近する事もない。
それ以上抱きあおうともしない。
互いに、それぞれのカラダの前に壁でも作るかのようだ。
サルペドンの表情に温かみが射す。
「・・・これだけの時がたってもキミは美しいままなのだね・・・。」
アテナは笑おうともしない。
だが、青いその瞳の動きが彼女の思いを告げるかのようだ。
「数千もの言葉を並べたところで、私の思いは貴方には届かないのでしょうね、
一体、どんな思いで100年以上も地上の人間たちと行動を共にしてきたというの?
よくも今更、このピュロスにおめおめと戻ってこれたものだわ。 」
サルペドンはゆっくりと首を振る。
「君やデメテルを前に、如何なる言い訳をしようとも思わない。
目的を達した後なら、君にこの首を捧げても構わない。
今は、君がこうして元気でいられた事が確かめられた・・・。
それだけで私の心は歓喜に震えている・・・。」
だが、
その言葉を拒絶するかのように、アテナもまた首を横に振っていた。
「やめて。
軽々しくそんな事を言わないで。
貴方達がデュオニュソスを殺したと聞いた時には、
私自身の手で貴方の命を奪う事も考えたのよ?
その時の私の心を貴方に思い到ることはできたのかしら?」
サルペドンの指と唇に力が入る。
アテナは、青い・・・その梟のような視線でサルペドンを突き刺したまま。
サルペドンの苦しむ様を見届けるつもりなのだろうか。
しばらくして、アテナは再び口を開く。
「貴方がここを離れてすぐに、ヘファイストスは死んだわ・・・。
ゼウスの拷問に耐えられる程、彼のカラダは強くなかった・・・。」
「私が・・・
いや、オレがその責め苦を受けるべきだったのにな・・・。」
そこには、スサで最高の権威を保つ男の姿はない。
後悔、絶望、挫折・・・そんな重い過去を背負った、悩み多き一人の人間がそこにいるだけだった・・・。
アテナがカラダを離そうとする意志を見せると、
サルペドンもカラダをゆっくりと引く。
彼女は一度、その場を噛みしめるように円を描いて歩きはじめた。
特に意味はない。
互いを向き合う必要もないと感じたのだろうか。
「ポセイドン、覚えてる?
年の近かった私たちは、
よくデュオニュソスの村で、朝まで飲み明かしたわよね?」
「・・・覚えているさ、
デメテルや、ヘファイストスと一緒にな・・・。
デメテルとは今も親交を続けているようだな。」
「ええ、私の一番の友人・・・。
彼女に何かあったら私は絶対にそいつを許さない・・・。
あら? 何がおかしいの?」
「いや、可笑しいのではない。
お前たち二人の仲をうらやましく感じただけさ・・・。
今度も、デメテルは私がスサの仲間に正体を隠している事を察すると、
何も言わずに、私の立場を思いやってくれた。
それこそオレに対して言いたい事は山ほどあったろうに・・・。」
「ええ、デメテルは強い人・・・、
そしてとても優しい・・・。
私の一番大事な人よ。」
「世界が変わっても、数千の月日が流れても、
この遥かなる故郷に変わらぬ物がある・・・
何と尊い事だろうか・・・。
この100年にわたる孤独の放浪も報われた気がするよ・・・。」
「放浪ですって?
そのスサとやらの人間どもの集団内でいい気になっていたのでは?」
「気の休まる暇などないさ・・・。
知っているだろう?
私の能力は仲間のいる戦いには一切使えない・・・。
それに、地底世界の者が持つ長寿を、彼らに悟られてはならない。
適当な時期を見計らってはしばらく身を潜め、
まるで父親から息子に跡を継いだかのよう見せかけて、
自らの登場を二度も演出せねばならなかった。
自分に鎖を巻きながら、やれるだけの事をしなければならないのだ。
仲間はいるが・・・
全てを晒せる者など・・・。」
「・・・そして、今また、決着をつけにきたと言うのね・・・?
この地底世界全てを巻き込んで・・・。」
サルペドンの眉間に皴が寄る
「少なくとも、当代のゼウスが考えを変える事はないだろう。
そして考える事は向こうも同じ。
100年前に止めを刺しそこなった私の息の根を止める為に、
嬉々として戦いを挑んでくるはずだ。」
その時、アテナは声を荒げた。
「バカじゃない!?
確かに貴方の能力は、
ゼウスと並び、オリオン神群最強のパワーを誇ると言ったって、
その能力自体がゼウスには一切効き目がないもの!
相性が悪すぎるのは前回の戦いで思い知った筈でしょ!?
なんの勝算があって戦おうと言うの!?」
「・・・アテナよ、
私は地上にもポセイドンの血を受け継ぐ者がいる事を知った・・・。
最初は自分でも、そんな事を信じてやいやしない。
彼らを・・・地上の人間たちを、ただ利用するだけだと思っていた・・・。
結果的には地上を守る事になる訳だから、良心も痛まなかったしな。
だが、その血筋は、
代を追うごとに、強く・・・激しく瞬き始め、
今や、このポセイドンをも驚愕させる力を身につけつつある。
私はここまで来るのに、一切ポセイドンの能力を使っていないんだ・・・。
それがどれほどの奇跡なのか、君にわかるか?」
アテナはそれを聞いて、しばらく次の言葉を悩んでいた。
言うべきか黙っているべきか、思いあぐねていたのだ。
だが、最後に彼女は意を決す・・・。
「そう、でもポセイドン、
これを聞いてもあなたは考えを変えないのかしら?
運命の女神モイラが予言したわ・・・。
地上の人間が、最後に生きていられるのは・・・、
彼らスサという集団の中でたった一人しかいないと言ったのを・・・!」
それは既にヘルメスから聞かされていた。
だが、あの悪戯者の性格から考えて、
ただのブラフに過ぎないかもという薄い願いは、
この場で完全に断たれてしまったと言えよう。
冷静に考えれば、
タケルの快進撃だけで、この先オリオン神群に打ち勝てる筈もない。
それはサルペドンも重々承知していたはずなのに・・・。
「そうか・・・、
だが、私の目的は生き延びることではない・・・。
ゼウスの野望を止める事だ。
それに、最後に決めるのも私ではない。
今を生きる彼らに・・・
全てを決める権利があるのだ・・・!」
次回タケル復活、
アテナと対面。
このまま平和に物事が進むと思わない事です・・・。
デメテルの身の毛もよだつ恐ろしい能力の一端が・・・(ガチで)