緒沢タケル編11 黒衣のデメテルと純潔のアテナ ポセイドンとスサノヲ
明治時代、既にポセイドンとスサノヲを比較する研究は始まってました。
またポセイドンとデメテルの婚姻関係はパウサニアスの「ギリシア周遊記」で採集されていたと、何かに書かれていたと記憶してますが、手元に史料ないので断言できません。
確か現在、日本語訳が出ているらしいですので、興味ある方はお読みください。
日本的な感覚だと、古事記や日本書紀には載ってないけど、
地方の風土記にそういった逸話が残っていたとか、そんな捉え方でいいのでしょうかね?
サルペドンは話を続ける。
「いや、一地方レベルでは、
確かに婚姻関係があったとするらしい言い伝えもあるのだが、
メジャーな物語からは、一切その様子が窺えない。」
当然タケルは次の質問をする。
「じゃあ、二人の関係は?」
「・・・あまり健全な仲とは言えないな・・・。
ポセイドンが一方的にデメテルを犯している・・・。」
はぁ!?
隣でデメテルが大笑いをしている。
「ほーっほっほっほ、
案ずるでない、タケルよ、
大昔の話であるし、物語の中の話でもある。
・・・恐らく、神話の中にある種のメッセージが込められておるのじゃろうが、
その二人が元々配偶者同士であった事に疑いはない。
まぁ、ついでなのでこの話を披露しようかの?
遥かな古代、神話のデメテルには一人の娘がおった。
その娘の名はペルセフォネともコレーとも言う。
ある時、野原で遊んでいたその娘を冥界のハデスが目をつける・・・。
冥府の王ハデスは大地を割り、その娘を地の底にかどわかしてしまったのじゃ。」
どこかで聞いたような気もするが、デメテルの話はさらに続く。
「最愛の娘を失ったデメテルは、
あらゆる場所を捜索するが、娘の姿はどこにもない。
・・・そして放浪に疲れたデメテルを、
今度はポセイドンが襲うのじゃ・・・。
デメテルは黒馬に変身して逃れようとするが、ポセイドンもまた馬に変身して彼女を貫く・・・。
結果・・・いや、どれが本当の原因かは知らぬが、
デメテルの怒りと嘆きで、地上からは一切の作物が消えた・・・。
天空は暗黒で覆われ、地上には呪いと荒廃で埋め尽くされ・・・、
この世の終末にも似た惨状が世界を覆いつくしたという・・・。」
その時、デメテルはタケルの視線が泳いでいる事に気づいた・・・。
「タケル?」
タケルに何か異変が起きたというわけではないが、
彼は何かに気づこうとしている・・・。
「・・・どこかで聞いたような・・・、
同じ話を知っている?
いや・・・確か・・・昔、実家で父親から・・・。」
どうやらサルペドンもタケルの記憶に心当たりがあるようだ。
「そうだ、タケル、思い出すがいい、
日本神話のスサノヲ伝説とよく似た話だろう・・・。」
それには黒衣のデメテルも意外だったようだ。
「ほぉ? 地上にもポセイドンとは別の伝説があるというのか?」
サルペドンが、詳しい説明でも行おうか、そう考えるよりも先に、
タケルは記憶の端緒を口からこぼし始めた・・・。
「確か・・・
女神、天照大御神の治める天界で暴れはじめたスサノヲが・・・
一人の女神か少女?
彼女を突き殺し・・・確か馬を使って・・・?
それでその事態を恐怖したアマテラスが・・・失踪、
世界に闇が訪れた・・・。」
「ほぅ、興味深い話じゃな・・・。」
ここでサルペドンが解説を行う。
そう言えば、彼の父親だか祖父だかが、
ギリシア神話と日本神話の類似に着目して、
スサの創始者である緒沢家の先祖に近づいたと言っていたのだっけ・・・。
「日本神話では、機織り小屋にいる少女に、
スサノヲと言う神が、皮を逆さに剥いだ馬を投げ入れ、驚いた少女が女性器を貫かれて死んでしまうという話だ。
少女というのもアマテラス自身だとする研究もあるが、
馬が男性器の象徴とされることから、スサノヲが強姦したことを示唆するのではないかとされている。」
空気が重くなった・・・。
タケルの口から、自虐的な独り言が漏れるのも無理ないことだろう。
「なんか・・・スサノヲも・・・
ポセイドンも最低の神に思えてきたな・・・。」
そしてタケルはあの事を思い出す・・・。
自らが、デュオニュソスの村で仕出かしてしまった忌まわしい事件を。
自分がスサノヲだか、ポセイドンの子孫だとかは正直ピンとこないし、
信じるとかそんな事もどうだっていい。
でも・・・もしその粗暴なる血が自らにも流れていたりしたら・・・。
そして彼は突然、
ある一つの思考に理性を奪われる・・・。
スサノヲがアマテラスを殺した・・・!?
愛する姉を?
あの時・・・
長年暮らしてきた家が突然吹き飛び・・・
全てが崩壊したあの時・・・
美香が命をかけて天叢雲剣を振るった時、
自分の視界が開けて初めて見たモノ・・・。
動かなくなった美香のカラダを貫く木材・・・
勿論、それはタケル本人でも他の誰かが突き刺したわけでもない。
だが美香の死は、
タケルのカラダをかばったが為に起きたものと言って過言ではない。
それは「まさしくオレが美香姉ぇを殺した・・・」
その思考にとらわれた瞬間・・・
タケルの理性はオーバーヒートを起こした・・・。
ガシャーンッ!!
「タケルっ!?」
「どうしたっ!?」
急にタケルのカラダが痙攣を始めた!
テーブルの上の食器やグラスが床にぶちまけられるっ!
既にタケルの視線はあらぬところを見つめ続け、
彼のカラダは小刻みに震えながら椅子の下へと崩れ落ちたのだ・・・!
オレが 美香姉ぇを・・・こ ろ し た
タケルの耳には周りでざわめく音が入ってくる。
視界の中にも自分を覗き込もうとする何人かの顔が映っている。
だが、それらに対して何の反応もできない。
まるで夢の中の遠い世界の出来事のような・・・
既に彼の意識は現実を拒絶していた。
先のデュオニュソスの一件で、
精神をすり減らしていたのが最大の原因だったのかもしれない。
自分の中に存在する血塗られた願望・・・過去・・・
それらの存在に気づき、恐怖し、
まさにそれが自分の本性かもしれないと思い始めた時、
彼の心は崩壊し始めたのである。
そして、意識の最後に彼は自分の心の中であるモノを目撃した気がする。
暗闇の中に浮かぶ黄金色の二つの瞳・・・。
その二つの瞳が唸り声をあげ て
神の性的暴行により、失踪、地上が荒廃するというストーリーは、
ギリシア、日本だけでなく、古代メソポタミアからもその話が残っています。
おそらく、ギリシア-日本よりも、メソポタミア-日本の方が似通っている気がします。
海上ルートでもあったのでしょうか?
また、今回のお話には少し気になるところがあります。
「冥府の王ハデスが大地を割って」?
なぜハデスにそんな能力が?
ホメーロスの「イーリアス」では、むしろ「ポセイドンに大地を割られ、陽の光を冥府に届かせられることを」何よりも恐れたハデスが?
この矛盾の回答は私なりに用意してますので、どこかで明らかにします。
物語を先に進めましょう。