緒沢タケル編10 酩酊のデュオニュソス 翻弄されるタケル
「 ゥ オ オ オ オ オ オ オ オ オ ッ !!」
デュオニュソスの村に野獣の咆哮が響き渡る!
その音量は、
一斉に帰れコールを放っていたスサのメンバーや、何も知らない村人の声を凍りつかせるものだった。
・・・そこにいるのは、
完全に鬼人のような形相に変化していたタケルである。
既に、腕には天叢雲剣を握り、
青白い放電を剣と腕にまとわりつかせている・・・!
村人たちは、初めて見る戦闘状態のタケルの姿に度肝を抜かれ、
その場に倒れこむ者まで現れる始末だ。
しかし・・・、
タケルも未だ我を忘れているわけではない・・・。
怒りと憤りに充ち溢れているが、
自らの心の中の弱さと無力さを自覚した上での雄叫びなのだ。
そうとも・・・、
オレは容易く感情に流されてなんか・・・
だが、
まるで予定通りとでも言わんばかりに、
冷静なデュオニュソスは容赦なくタケルを責め立てた。
「・・・怖いですなぁぁ~?
そして・・・タケルさん、
いつもは大人しそうな好青年を演じていても・・・、
そ・れ・が!
あなたの正体・・・、
自分の意に沿わぬ者はあなたの暴力で屈服させる!
あああ、恐ろしい・・・
こうなるとゼウスの危惧も・・・
その、えーと地上の騎士団とやらですか?
彼らの恐れていた人間の邪悪さというもの、
それは真実だったのかもしれませんねぇ?
争いと暴力・・・、それが地上の人間の本性!
なるほど!
それが地上に増え、大地を埋め尽くした邪悪なる生物の証なのですねぇ!?」
・・・タケルはその言葉を聞いた瞬間、一歩も動けなくなった・・・!
今まであらゆる戦いに勝利し、生き延びてきたタケル・・・、
それまで自分が積み上げてきた物・・・
自信、誇り・・・アイデンティティ・・・
自分が全て正義のために行動していたと信じてきた物・・・、
それら全てを一瞬にして葬り去るデュオニュソスの辛辣なる言葉・・・。
それがタケルの心を打ち抜いたのだ。
何度でも強調するが、
タケルはついこないだまで、どこにでもいるそこら辺のフリーター。
その常識感覚も、社会規範意識も、
普通の一般人の範疇を越えるものではあり得ない。
それがいきなり人殺しや戦争の世界に巻き込まれ、
意に沿わぬ戦いを繰り返していたのだ。
その手で何人の人間を殺してきたのか・・・、
戦いの中には、
相手を切り裂いて、その後の生死を確認すらできてないケースもある。
それも相手が悪人なら、まだ良心の呵責に苛まされることもないかもしれない。
だが・・・騎士団の多くは、
自分達の正義を貫いて倒れた者たちばかりである。
ましてやタケル自身、彼らの主張に納得できる部分すらあった。
それを・・・無理やり自分が正義だと思いこむことによって、
何とか戦いを続けてきたのに・・・、
多くの仲間に支えられ、励まされてここまできたのに・・・。
その二つが、今、ボロボロと崩れ去ろうとしているのだ・・・。
今やタケルの呼吸は乱れ、
その顔からは大量の汗が流れ始めてきた・・・。
良く見れば、指先や膝も震えている・・・。
口の中はべたつき、異様な鉄の味しかしない・・・。
だが・・・、
ここぞとばかり、
デュオニュソス側についてるスサのメンバー達が息を吹き返そうとした時、
タケルの後ろに控えていた女性・・・、
マリアが矢面に立った。
「鎮まりなさい!」
彼女は、他の者たちが反抗する隙をも与えず、
すぐさま、デュオニュソスに向かって、その細い指を向ける。
「・・・もう、お芝居は結構です、デュオニュソスさん・・・!」
いきなり指をさされても、
デュオニュソスはトボケて、自らの指を顔にあて首をかしげる。
「んん~?
お芝居とは何の事ですかぁ? マリアさーん?」
「演技は終わりだと言っているのです、
自分は祭りの時まで能力は使わないと言っておきながら、
実際に、ここにいる私達の仲間を操っている・・・。
もともと、あなたが私たちに対して敵意を持っていないと言うのなら、
私たちはこの村に何もせずに通過していくだけなのです。
おとなしく能力を解除して、仲間を解放してください!」
だがデュオニュソスは、マリアの指摘に指を振って否定する。
「チッチッチ・・・、
あああ、美しい地上の姫君よ、
あなたは大いなる誤解をしておいでだ・・・。
まず一つ!
私は誰も操っていない・・・。
あなたの仲間たちに聞いて御覧なさい?
話しをよく聞いてみてください。
彼らは彼らの意志で行動しているのです。
前も言ったでしょう?
私にできるのは、本能を解放するだけ・・・。
そしてそれを行うのはアンテステリア祭の時だとね?
・・・確かに、あなたの仲間たちは、
ここに来る以前とは態度が変わったのかもしれません。
でもね、それは私と、
私の村人たちが長い年月をかけて造り上げた、この村の風土によるものではありませんか?
この場の空気と言ってもいいが、
・・・いや、あなたにはこういった方が受け入れやすいのですかな?
それはこの村に発生している『力場』によるものと・・・。」
「力場」とは何か?
ディオニュソスは更に詳しく、その「現象」を説き明かす。
「鉄に磁石をくっつけているうちに、その鉄は磁性化する。
タケルさん?
あなたのカラダや紋章も、
その天叢雲剣を使い続けているうちに『雷』の属性を帯び始める。
学ぶ機会はいくらでもあったでしょう?
この地に入りこんだ時から、
タケルさんの雷撃能力やマリアさんの感知能力・・・、
それらのステータスが上昇している事も・・・。
それらは全て誰かの意志によるものなどではなくて、
一つの自然現象・・・!
この村にあなた方が訪れた時から、
そうなる可能性はあったと言うだけなのですよ。
あなたがたには能力に影響が!
こちらの皆様には、精神状態に影響があったというところですかなぁ?」
マリアはまだその言葉に納得しない。
「なら・・・!
それを知っていたなら、どうして私たちに今まで説明をしなかったのですか!?」
「んん? 別に聞かれもしなかったでしょう?
それに、あなたがたがどういう反応ををするかは、
私にとってどうでもいい事です、
私たちに害がなく・・・
しかもあなたがたは楽しんでいたじゃあないですか?
それもあなた方自身の問題であり、私が関知するものではありません。」
ここでタケルも、
湧きあがる疑問を抑えられなかったのか、
おずおずと、弱気のままデュオニュソスに問いかける。
「ちょ、ちょっと待ってくれ・・・、デュオニュソスさん、
オレ達は・・・オレやサルペドン、マリアさんに精神状態の影響がないってのは、
どういうことだ?」
実際、今の話の流れの中で、タケルの問いなどどうでもいいことだ。
だが、サービス精神豊かなデュオニュソスは気分よさげに正直に答える。
「個人差はあるでしょう、
ただ一言で言えば、そういう『力場』に耐性があった者・・・。
特に同じエネルギーを持つ者にとっては、
ある種、免疫的な物が備わっていたとしても不思議ではない。
つまるところ、この村の『力場』も、元は私の精神エネルギーですからな?
精神エネルギーの高いあなた方、三人には影響がない。
そういうわけでしょう。
・・・勿論、私が意図的に能力を使えば・・・、
あなた方の免疫・抵抗をも破壊し、理性が弾け飛ぶ可能性はありますがね?」
タケルはこの期に及んで、なおもデュオニュソスに望みをかける。
「そ、そうか・・・じゃあ、それは分かった、
なら、頼む・・・。
デュオニュソスさん、あんたが今現在、能力を使っていないと言うなら、
オレ達の当初の目的を果たすために協力してくれ・・・。
仲間を正気に戻したいんだ、
どうすればいい!?」
だが、デュオニュソスは左右に首を振るばかり・・・。
「ですからね?
元々、私は何もしてないんですってば、
あなたが仲間を連れて、引き揚げたいのならどうぞご勝手に、
と言うほか私にはないのです~。」
「それもわかったよ!
だから、この場の空気に感化させられちまったって言うんだろ?
だから、それこそ、あんたの能力を逆に使って、元に戻す事はできないのかっ?」
「いいええ~、それも不可能ですなぁ♪
これも前に言ったでしょ?
私の能力は本能を解放するだけ、
理性の蓋をかぶせる事は私の能力じゃありません~♪」
ああ言えばこう言う・・・。
次回、マリアの最後の反撃・・・成功なるか、それとも火に油を注ぐ結果になるか・・・!?
前もどこかで書いたと思いますが、
フラア編で「紋章」を身に着けたランディが、
初陣の時に、雷を呼び寄せたのも、全て属性が「雷」に変容した「紋章」の効果です。
もちろん、それを使いこなせるのは、資格のある人間だけです。