緒沢タケル編10 酩酊のデュオニュソス マリア動く
ミィナは目を拭いて、やや後ろめたそうな口調で説明した。
「ん? ウェテレウス・・・、
狩りのメンバーの一人だよ・・・。」
「他のスサのメンバーの取り次ぎもなしに、
いきなり、女性のテントまでやってくるのか?」
その物言いが、
不満そうな言い回しになっているのはタケル自身にもわかった。
だが、今はこの男の真意を・・・。
それはミィナが全て説明した・・・。
「あのさ、
彼に・・・ウェテレウスに今度のアンテステリア祭、
ペアで参加しないかって誘われてるんだ・・・。」
「はぁっ!?
こいつらだって、
オレ達が地下世界に降りてきた訳を知らねーわけじゃないんだろうっ!?
どんなツラで、そんな厚かましいマネができるんだっ!?
まだ、言葉だってお互い、理解しきれてねーだろっ!?」
激昂したタケルに、
ミィナは当然、態度を硬化せざるを得ない・・・。
もはや、当初の目的は完全に忘れ去られている・・・。
「怒鳴るなよっ!
別にそんなもん、本人の勝手だろうっ!
オーケイ出すかどうかだってあたしの自由の筈だ!
タケル、お前にそんな事、干渉される筋合いねーぞっ!」
怒鳴り合う二人に割り込むように、
そのウェテレウスとやらが手を伸ばしてきた。
勿論、その手はミィナの方に向いている。
何事か言っているが、ミィナにこの状況を質問しているかのようだ。
「ウェテレウス、今行くよ・・・。」
「ちょっと待て! 話しはまだ・・・」
だが、もうミィナはタケルの言葉を拒絶していた・・・。
それでも、ミィナはタケルに何かを期待していたのか、
テントから出る事に一瞬、躊躇いを見せていたのだが、
タケルの顔を見ても、彼がそれ以上何も言い返さないので、
とても・・・、
とても悲しそうな顔をした後、
ゆっくりウェテレウスの手を掴んで、外へと出て行ってしまったのだ・・・。
この様子を見ていた第三者なら・・・、
彼らの心の揺れなど手に取るようにわかったのではないだろうか?
勿論、マリアは全て看破した。
ミィナが待っていたのは、タケルの本心・・・。
自分をそのまま抱きしめてくれるなら、
この村の青年になど心奪われる必要すらないことを。
一緒になってアンテステリア祭を楽しめたら・・・、
それはミィナにとってどんなに嬉しい瞬間であったろうか・・・。
無論、今のスサの状況で、そんな真似が許される筈もない。
タケルにはそれだけの理性が残っているから、
ミィナから差し出された手を払いのけてしまう事が出来たのである。
当事者のタケルには、ミィナの本心など見極める事もできまい。
嫉妬の炎を燃やすか、必死になってその自分の感情を打ち消すか、
無理やり別の理由を見つけて、ミィナや村の青年を非難するか・・・、
その程度の思考しか思い到る他ないだろう。
そして、マリアが最も重大だと考えたのは、その件ですらなく・・・、
もっと恐ろしい事実・・・。
それは、ミィナの心情の変化が、
これまでの彼女からの言動とは「かけ離れ始めている」事。
その事と、昨日、デュオニュソスの言った言葉の意味と照らし合わせた結果、
今、スサのメンバー達に何が起きつつあるのか、ようやく、マリアもそれを理解し始めていたのだ。
タケルはつらそうにマリアに目を向ける・・・。
「マリアさん、・・・オレ、何もできなかった・・・、
マリアさんはミィナに何か言ってやれなかったんですか・・・?」
勿論、情けないのは自分自身だとタケルには分かっている。
だけど、当初の目的を考えるなら、
マリアさんだって何か言ってくれたって・・・。
まだ、この事態の真の恐ろしさに気づかないタケルに向かって、
マリアはやっと・・・その重い口を開いたのだ・・・。
「タケルさん、覚悟を決めてください・・・。
デュオニュソスの能力は既に使われていたのです!
彼の目的は・・・スサのメンバーから理性を奪うこと・・・。
まだ、少しずつですが・・・
恐らくアンテステリア祭の時には、
スサのメンバーの理性は、完全に失われる事となるでしょう・・・。」
マリアとタケルは急ぎ足でサルペドンの元へと向かった。
事態を理解しきっていないタケルは、
彼女の後ろを不安げについていくしかない。
「・・・マ、マリアさん、どーゆーことだっての!?」
「二度手間になるから、サルペドンの所で説明します!」
すぐに二人はサルペドンの元へ辿り着き、
ミィナの説得の結果を待っていたサルペドンに、マリアが事の次第を報告する。
もっともサルペドンも、
事の成否のどちらかの報告しか想定していなかったため、
マリアが息を切らしている事を不審に思うだけだ。
「どうしたんだ、マリア?
ミィナは説得できたのか?」
「・・・はぁ、はぁ、いいえ、サルペドン、
ことは重大です。
デュオニュソスは、スサのみんなの理性を奪いかけています・・・!
それも意図的に・・・!
本人たちにも気づかれぬように!
このままアンテステリア祭で理性を完全に喪失されてしまっては、スサは全滅するわ!」
タケルはマリアの言葉をまだ理解できない。
「ちょ、ちょっと待って、マリアさん、
さっきのミィナとの会話で何でそんな事わかるのさっ!?」
マリアはためらいがちにタケルの顔を見上げる・・・。
表現には気をつけねばならない。
迂闊にしゃべると、ミィナの心の内を暴いてしまう事になるからだ。
「え、あ、あのですね、
ミィナさんの態度が不自然だったことは、タケルさんにもわかりますか?」
「え、そりゃ、・・・普通じゃないだろ・・・。
感情の起伏が激し過ぎるっていうか・・・。」
「そうですね、
その通りです・・・、
もう彼女は普通の判断ができなくなっています。
本当の彼女なら・・・、
あんなところで、タケルさんに抱きつきはしないし、
ろくすっぽ、よくも知らない男の人についてったりもしない筈です・・・!」
そういえばそうだ・・・、
まだあいつと旅をし始めて日は浅いが、
彼女は暴力的ではあっても、
軽々と男に身を預けるようなヤツではなかったはずだ・・・。
一方、サルペドンもまだ何の話か、完全に飲み込めていない。
マリアは先ほどの経緯を簡単に説明する。
「だが、マリアよ、
そうなるとデュオニュソスは、意図的に我々を罠にかけていると言う事になるぞ?」
「・・・そうなりますね・・・。」
「ではその理由はなんだ!?
仮にヤツが自らの能力で・・・
我らの理性を吹き飛ばすと言うなら、、
・・・どうしてまだ何日も先のアンテステリア祭まで待たねばならんのだ!?」
「それは・・・私にもわかりかねます・・・。
ですが・・・これだけは断言します!
彼の行為はスサにとって有害です!」
二人の話をしばらく黙って聞いていたタケルだが、
サルペドンの言葉にも違和感を覚えた・・・。
「なあ・・・、マリアさん、サルペドン・・・。
今の話だと、
みんなデュオニュソスに操られているってことなんだよな・・・?
オレは・・・オレの理性は本当に変化してないか・・・?」
「なんだ、タケル、
自分に自信がないのか・・・?」
「あ、でもよ、
こないだもオレ、天叢雲剣を発動しかけたし・・・。」
「そこまで神経質になる事もあるまい、
軽率と言えば軽率だが、
あんな状況なら感情が昂ぶったとしても不自然ではないと思うが?」
そこはマリアも同意する。
「大丈夫だと思いますよ?
デュオニュソスの言うとおり、
この村で、タケルさんの理性を吹き飛ばしたら、
被害はここの村の住人が一番、ダメージを受ける・・・。
それこそ、デュオニュソスにとって、
メリットがまるでありません。」
タケルはほっと胸をなでおろす。
だが喜んでばかりもいられない。
状況に変化はまるでないからだ。
ここからの選択肢は二つ・・・、
デュオニュソスに能力を使うことを止めさせるか・・・、
自力でスサのみんなの心を取り戻すか・・・どちらかしかないのである。
果たしてデュオニュソスの本当の目的は何なのか・・・。