緒沢タケル編10 酩酊のデュオニュソス 涙
その日、一日、悩みに悩み、
タケルは翌日、昼近くまで寝坊していたミィナを説得するための行動に出た。
彼女のテントには、マリアさんしかいないから、うまく二人がかりで他の邪魔が入らないように、ベストのタイミングを選んで説得を試みる、という計画だ。
「・・・ミィナ、起きたか?
悪い、ちょっといいか・・・?」
勿論、もうとっくにマリアさんはスタンバイだ。
ミィナは寝起きの目をこすって、
顔だけ洗うから待ってろとテントの中からタケルに告げる。
「・・・ふわぁ~あ、
・・・あー、おはよーさん、タケル、
そんで・・・なに?」
寝ぼけながらも、ミィナはマリアさんの表情を見て、
ある程度、警戒心を持ってはいるようだ。
だが、そんな事に構ってはいられない。
「ミィナ、お前の意志を確認しておきたいんだ、
お前はウィグルの村を出て、何しにオレ達についてきたんだ・・・。」
残酷な質問をしている自覚は十分にある。
そんな事は聞かなくても、
・・・ミィナにつらい過去を思い出させる後ろめたさなど分かりきっている。
・・・彼女の思考が、
まだ正常な状態を保っているならばの話だが・・・。
ミィナはまだ瞼が重いのか、
薄眼に近い状態だが、
タケルの言葉ははっきりと理解しているようだ・・・。
その言葉の意味でさえも・・・。
しばらく彼女は黙っていたが、
やがてボリボリと頭を掻きだすと、
一度あくびをしてから、斜に構えた状態でタケルの方を見た。
「朝っぱらから、何の話と思いきや・・・、
何だよ、
あたしにここの人たちを憎めって言うのか?」
「そうじゃない!
ここの人たちがいい奴らだってことはわかってるさ!
他のオリオン神群だよ!
お前の村を襲ったのはシルヴァヌスだけじゃない!
お前の両親を殺した奴は他にいるだろ!?
それを・・・このまま放っておいていいっていうのか!?」
ミィナは視線を落とし、
真正面からタケルを見ようともしない。
少なくとも、家族を失った悲しみを忘れているわけではないようだ・・・。
タケルは、その後のミィナから反論を待っていたのだが、
彼が予想もできずに目撃したのは、
ミィナの目からこぼれ落ちた一筋の涙だった・・・。
「ミ、ミィナっ?」
その途端、彼女は激しく首を振った・・・。
「なぁんだよッ!?
人がせっかくあの悲しさから・・・
淋しさから・・・辛さから一時でも忘れる事が出来ていたって言うのに・・・、
なんで・・・何でわざわざそんな事を思い出させるんだよっ!?」
思わず近寄ったタケルだが、
ミィナはまるで、
タケルの全てを拒絶するかのように、激しい動作で腕を振り払う。
そしてタケルに重すぎる後悔の念が・・・。
しまった・・・。
ミィナがここまで享楽に溺れてしまった背景など、
すぐに察知するべきだった・・・。
果たして、自分に・・・
彼女をつらい現実に引き戻す権利などあったのかっ?
そして更に意外なミィナの行動が・・・。
突然彼女の温かいカラダがタケルにぶつかってきたのだ。
「ミ、ミィナ!?」
「もう、・・・もうさ?
やめようぜ!
お前一人、ムキになってんじゃねーよ!?
あたしが・・・あたしたちだって、
お前につらい役させようなんて思ってねーんだよっ!
あたし達が楽しんでるとき、遠くから淋しそうな目ぇ、してんじゃねーよっ!
気付かないとでも思っているのか!?
お前こそ仲間を信用しろよ!
あたし達だけじゃない!
あたし、知ってんだぜ?
村の女の子達がお前に向けてる視線・・・!
みんなお前と仲良くしたがってんのに、お前が壁作りやがるからっ・・・。
今なら間に合う!
一緒にアンテステリア祭に参加しよっ!?
なっ? あたしも・・・、
あたしも一緒だからさぁっ!」
これでは立場が逆だ、
タケルの方が説得されているような構図ですらある。
しかも、今まで蹴りとかパンチとか、
やたらと攻撃的だったミィナがいきなりしおらしく・・・。
今や、タケルは半分、ミィナに抱きすくめられている格好だ。
しかも、涙を浮かべ潤んだ瞳は、もはやタケルに視線を外す事など許さない。
これに逆らえる男が、果たしてどれだけこの世に存在するというのか?
ミィナは、
自分の肌をタケルに密着させることに何の躊躇いも見せない。
そのふくよかな胸の形がひしゃげる事など気にもせずに・・・。
一方、タケルはここにマリアがいなければ・・・、
誰の目にも触れない状況下であったなら、
容易くミィナの魅力に屈伏していただろう。
今も自分の両腕が、ミィナの柔らかいカラダを抱きすくめようと・・・
その小さな頬に、
自分の顔をこすりつけられたらと、
男性なら当たり前の欲求にギリギリで抗っていた・・・。
この場で何の言葉も発せず、
ただ、成り行きを見守っていたマリアの視線があることによって、
辛うじて正気を保っていられたのだ。
それでも、
これ以上、タケルに切り返す手段など残ってはいない。
ただ、助けを求めるような形で、
マリアに視線を一瞬だけ、向ける事に成功した・・・。
何とか言ってくれ、マリアさん!
オレにはもう、無理だ・・・
この状況を打破して・・・
ところが、ここで状況が一変する。
マリアの行動を待たず、
その時、テントの垂れ幕が開いた。
誰が来たのかと思いきや、見覚えのない若いにこやかな表情を浮かべた男・・・。
この村の地元の青年だ・・・。
彼は、ミィナがタケルに抱きついている姿を見ると、一瞬だけ怪訝そうな表情を見せ、「ミィナ・・・!」と彼女の名前を呼んだ。
すると、ハッと彼女はタケルのカラダを放し、躊躇いがちに距離を置く・・・。
それはいいが、
ただ一人で村の青年が、
女性のテントに現れる状況に、タケルは違和感を覚えた。
「だ、誰だ、こいつ・・・?
わざわざお前のテントまで・・・。」
修羅場・・・ただそれだけのこと・・・