緒沢タケル編10 酩酊のデュオニュソス サルペドンの檄
デュオニュソスがテントを立ち去ろうとする時、
後ろからサルペドンが見送ろうとする。
勿論デュオニュソスはそれに気づいて別れの挨拶を。
だが、サルペドンはその言葉を言わせず、デュオニュソスを睨む・・・。
「忘れていたよ・・・
ブロミオス=バッカス・・・咆哮する神、
その本質は酒の神などでなく、人間の狂気をつかさどる神・・・、
それがあなたの本当の力・・・。」
だが、デュオニュソスは静かに首を振るばかりだ・・・。
「いいえ、サルペドン殿、それも誤解です。
私の力は狂気ではない・・・。
それは『本質』です。
アポローンを『理性』とすれば、それの対極にあるもの・・・。
生れながらの欲望や本能に忠実なる心性・・・。
それを解放するのが、私の能力であり、アンテステリア祭の意義でもある。
その祭祀を目撃するだけの人間には、
狂いはじめたようにしか見えるかもしれませんけどね・・・。」
デュオニュソスはそのまま、バツが悪そうに頭をボリボリ掻く。
「他のオリオン神群なんぞ呼んだら、
危なっかしくて、何が起きるか分かったもんじゃない。
だから、他のオリオン神群でさえも、
私の本当の力を知っている者は殆どいないのです・・・。
故に、あなたが知らなかったとしても何の不思議もない。
あなたにはあなたの立場があるのでしょうが、
サルペドン殿、あなたが気に病むことはありません。」
「デュオニュソス殿・・・?
あなたは私の事を!?」
最後にデュオニュソスはフッと笑う・・・。
「ん? 想像ですよ、
そう言えば、先代デュオニュソスと仲の良かった神が地上に逃れた、と言う話がありましたからねぇ?
まだ、彼が生きているとしたら、
どこで何をしているのか・・・、
少し想像してみただけですよ、
彼が地上で何を探していたのか、見つける事はできたんでしょうかねぇ?」
デュオニュソスとサルペドン、
二人の会話はそれ以上、続くことはなかった・・・。
サルペドンは、立ち去るデュオニュソスの後ろ姿を静かに見送る・・・。
サルペドンの後ろの小屋の中からは、
興奮しきったスサのメンバー達が、勝手気ままに騒ぎながら出て行った。
会議の途中だったことなど誰もが忘れ去り、
今後のアンテステリア祭への話題や、
今日の仕事にはりきって参加する者など、
各自、自由気ままに行動するのみで、もう小屋の中には数人しか残っていない。
タケルはまだ、動けないでいた・・・。
後ろにマリアが優しく寄り添い、彼の背中に手を触れている・・・。
その優しさが彼には痛い。
その慰めの手をふりほどけない自分が情けない・・・。
強くなった・・・。
少しは自分が成長できたと思いこんでいたのに・・・
ただの慢心だったというのか・・・。
どんなに争い事に強くなったって、
自分は人を説得することも、自分を律することも出来やしない。
いや、フリーターの頃だって、ケンカや道場でも敵無しだった。
人の道に外れた事こそなかったつもりだけれど、
勝手気ままにフラフラしていた頃と、自分はどう違っているというのか。
・・・つまり全く変わってないってことか!?
日浦さん・・・、
あなたはオレになんて言った?
『君には正義と慈愛の心がある』?
ホントかよ・・・?
仮にそうだとして・・・それが何の役に立つ?
ランスロット・・・、オレのどこが素晴らしい?
オレなんか、全然大したヤツじゃねーじゃねぇか・・・?
美香姉ぇ・・・。
オレは・・・
動けないタケルにサルペドンは近づいてきた。
その接近をタケルが気づかない筈がない。
それでも反応を見せないタケルに、
サルペドンは片足を上げ・・・
思いっきり、タケルのカラダを蹴っ飛ばして見せた!
ドンガラガッシャーン!
大きな音を立てて椅子も吹っ飛んだ!
さすがにこれは怒鳴り返さずにはいられない。
「てめぇ!
サルペドン、何しやがるっ!?」
「フン、少しはマシになってきたと思ったのに、
ちょっと気を許したら、またこの有様か!
昔の泣き虫小僧に逆戻りとはな!
これでは死んだ美香は浮かばれないというものだ!!」
その名前を出される事が一番、痛い・・・。
確かにこんなところでうじうじしている場合じゃない。
タケルは立ち上がってムキになった。
「わ、わかってるよ!
だけどよ! どうすりゃいいんだよ!?
サルペドン、お前だって何もできなかったじゃないか!!」
ハラハラして二人を見守っていたマリアだが、
これだけは疑っていない、
いや・・・確信している。
タケルは間違いなく成長しているという事を・・・。
昔の彼なら、このまま困難からは逃走していただろう。
まだ、彼はこの難局を乗り越えようとしている。
望みは捨てていない・・・。
タケル自身気づいていないかもしれないが、
美香を通して、タケルの成長を見守ってきたマリアには、
タケルのどんな小さな変化や成長をも、決して見逃す事はなかったのである。
美香さま・・・、彼は、
立派にあなたの跡を継いでみせています・・・。
安心して・・・彼を・・・
私たちを見守っていてくださいね・・・。
次回、説得工作・・・うまくいくでしょうか。
そしてこの事態はデュオニュソスの想定通りなのでしょうか?