緒沢タケル編10 酩酊のデュオニュソス デュオニュソスの生き方
そして、デュオニュソスの本当に言いたい事はここから先のようだ・・・。
「タケルさん、ここ何日かの宴でね、
最大の幸運は、誰も危ない酔い方をしてないってことなんですよ。
だから、村人も私もあなた方を連日歓待できる。
仮にあなたが粗暴な人で、酒が入ると乱暴狼藉をするようなら、
とっととこの村から追い出すか、別のもっと恐ろしい手段を使います。
あなたにも、想像できないような、ね?」
もう・・・完全にタケルは真剣にデュオニュソスの話を聞きいっていた・・・。
このオヤジ・・・、
やっぱりただの酔っ払いじゃあない・・・。
「それにね、タケルさん。」
「は、はい?」
「この村はそんなに素晴らしい村かって言われると、実は私も自信はありません。
楽しくは過ごさせてもらってますけどね。
っていうのは、
さっきの『誰も危ない酔い方を』してないって事がヒントなんですが、
逆に言えば、
危ない酔い方をするような人間は、この村に『存在できない』・・・。
この意味もわかります?」
「えっ・・・それって・・・。」
すぐに答えを返せるような問いではない。
デュオニュソスの最後の言葉を放った時、
彼の口元はなんとも言えない表情を浮かべていた・・・。
自らを蔑むような、諦めのような・・・
その心の内を読むことさえためらわれるような・・・。
「タケルさん、こんな風に考えてください。
人間、生まれてきたからには、誰だって幸せになりたいでしょう。
何かを欲しがるものは、
それを手に入れるために様々な努力をするでしょうし、
逆に手に入れたものを守りたいものは、
それを失わぬようにこれまた様々な努力をする。」
「は・・・はい。」
「この村はね、
ここにいても手に入れられるモノはささやかなものしかないし、
守るべきモノだって、小さなものばかりだ。
自分と家族・・・あとは気の合う仲間・・・
それ以上は何もない。
自分の手の届く範囲・・・それだけで十分なんだ。
自分の所有物でも関わりのあるモノでもないことの為に、
闘ったり、使命感を燃やす者なんかいやしない。」
タケルの胸がチクリとする。
まるで、自分達スサのこれまでの過去を非難されたかのようだ・・・。
デュオニュソスはさらに言う。
「人間なんてちっぽけな存在だ。
それが無理に大きなものを手に入れようとするから、
無理に大きなものを抱えようとするから、ひずみが生じる。
私が最初の日に『神も人間もくだらない』と言ったのを覚えてますか?
ゼウスにしても、あなたがた地上の人間にしても、
その本質は変わらないんですよ。
それでも人は自分達の行動を正当化し、
正義だと言い繕い、他人を裁いてゆく・・・。
そこにあるのは力だけだ。
力がある者が結局全てを支配する。
そうでしょう?」
タケルには辛うじて口を合わせるだけで精一杯だ・・・。
「あ、あなたの・・・仰るとおり・・・ですね、
オレ達は・・・。」
デュオニュソスは、
透き通るような黒い瞳を瞬かせて、タケルの言葉をさえぎる。
「誤解しないでください、
私自身、自分の身とこの村だけしか守ることはできないのです。
あなた方、スサの人たちも、
このゼウスが治めるピュロス王国も、
地上の人間がどうなろうと、
私にとっては知ったこっちゃない、と言うことなのですよ。
タケルさん、
あなたがゼウスと和平の道を探ろうとするのか、
最後まで戦い抜くのか、それについて私は何も言うつもりもありません。
そうやって歴代のデュオニュソスは生きてきた。
先代デュオニュソスだって、別に反逆者の味方をしたつもりもない。
自分達を守るために取った行動・・・
ただそれだけなのですよ。」
酒の力で無益な争いを止めるという、
タケルにとっては、折角思いついたアイデアだったのではあるが、
結局はデュオニュソスに簡単に否定される。
だが、それとは裏腹に、
タケルはこの思慮深い酒の神に、
少なからず尊敬の念を高めていったのである。
「・・・というわけなんだ、サルペドン。」
タケルはスサのテント村に戻ってきていた。
留守番をしていたサルペドンに、デュオニュソスとの会話を報告する。
さすがのサルペドンも、デュオニュソスの意志に敬意を覚えたようだ。
「なるほどな、
・・・確かに彼の言う通りかもな・・・。
色々、まだいくつかの疑問は残っているが、
尊敬すべき人物だ。
このオリオン神群の中に、そういう考えを持っている人物がいるとは、
望みをすてたもんじゃあない。」
「ああ、だけど、話を聞いてオレはやっぱり思った。
早くこの村から出るべきだ。
オレ達の都合と、この村の人々・・・
デュオニュソスとは、少なくとも今の時点で関わり合うべきではない。」
サルペドンは力強く頷いた。
さて、この日は狩猟チームもあまり多大な功績は得られなかった。
しょうがないので、
シルヴァヌスの森に近めの、大きな川の支流で魚釣りにチャレンジしたそうだ。
ちなみにミィナは釣りが苦手なようで、釣果はゼロだ。
グログロンガと他の数人が何種類かの川魚を釣った。
・・・まぁ、目がなかったり、見た目がグロテスクな物も何匹かあるが、
村の青年に食べられるものとそうでないものを選別してもらい、
申し訳程度の食料を持参して帰ってきたのだ。
「だってよー!
ただ、待ち構えてるだけの釣りってあたしの性分じゃねーよぉ!」
釣り人が聞いたら、怒られそうな言い訳をするミィナにタケルが突っ込みを入れた。
「ああ、お前、我慢苦手そうだからなぁ?」
そしてその瞬間、殺気が・・・。
ミィナは、ゆぅっくりと振り向いた。
「ほぉぉぉぉおおおっ?」
・・・やべっ!
「蹴り殺ーっ!!」
怪鳥のような叫び声をあげてミィナが飛び蹴りをかましてきた。
体力とストレスが有り余ってるようだ。
ああ、こいつにさっきのデュオニュソスの話を聞かせてやりたい・・・。
蹴りは避けたが、
代わりにまた足を踏んづけられてタケルはつくづくそう思った。
その日の食事は質素なものだった。
給仕に来てくれた村の中年女性イニヤの話によれば、
デュオニュソス様の指示だと言う。
申し訳ないが、仕事量に応じてご馳走の量も増減するという。
まぁ、わかり易いっちゃあ分かり易い。
それでもまた食事が終わるころになると、
村の子供たちがタケルに声をかけて来て、デュオニュソスのゲルに行こうという。
昨夜の碁石のゲームの続きだそうだが、デュオニュソスも今日は参戦するそうだ。
それではと、遠慮なくタケルは腰をあげる。
やるからには負けたくないが、
それでも彼らと同じ時間を共有するのは悪くはない。
デュオニュソスとは英語で意思疎通はできるのはわかったが、
村の子供たちもいるので、
マリアさんを誘って、今夜も彼のゲルにお邪魔する。
何気に、ここへ来れば、また美味しいお酒も飲めるのだ。
多少、頭の回転が鈍ってゲームに負けても、お酒のせいだよとごまかす事も出来る。
ちなみに、デュオニュソスは意外とこのゲーム弱いらしい。
子供たちにも負ける始末だ。
結局、敗者決定戦のような形でタケル対デュオニュソス、
周りの子供たちに笑われながら、ようやく勝負がつくも、
ギリギリでタケルが勝利!
酔ったせいもあってか、思わず日本語で「オレの勝ちーっ!」とはしゃいでしまった。
デュオニュソスは苦笑している。
「今のは何とおっしゃったんですか?」
「ああ、すいません、
オレの国で『オレの勝ち』って言っちゃんたんですよ。」
「ほぉ? すると私は・・・?」
「あ、ああ、えっと、負けた人は『お前の負け』、かな?
そんな気にしないで下さいよ、酔っぱらった勢いでつい・・・。」
「ハハハ、気にしてるわけではありません、
ただ、いつか日本酒とやらを飲みに連れてってくれるのでしょう?
なら日本語も少しは覚えたいじゃないですか?」
今夜もいい気分で眠りにつけそうだ。
だが、あまり気を抜いてはいけない、
早く、この村から去らなければ・・・。
次回、風向きが、怪しい方向に。