緒沢タケル編10 酩酊のデュオニュソス そして夜は更ける
タケルが始めたのは、拳法と言うより棒術だ。
中学の頃、剣道から逃げ出した彼は、
中国拳法を習いながら、同時に槍術・棒術の鍛錬も習得している。
激しく大きな音を地面に叩いて、勢いよくカラダを跳ね上げる。
少しでも武道をかじっていれば、
タケルの動きがいかに常人離れしているか、すぐにわかるだろう。
棒を支点にして空中で、全く態勢を崩さずに4~5回の蹴りを放ち、
着地するや否や、大きな弧を描いて棒を振り回す。
続いては太ももを180度開いて、地面にペタンと尻もちをつくと、
そのまま後ろに寝転んで、
滑らかな動作で足を拡げたままプロペラのように回転、
さらにはその速さを上回る動きで、棒をも回転させる。
両足と棒がぶつからないように回すのは、どう考えても驚愕ものだ。
一時期流行ったブレイクダンスと思えばいいだろう、
元々あの踊りにしたところで、
発祥は中国武術なのだから、全く不自然さは感じない。
次第に観衆もノッてきた。
色気も糞もない野郎の演舞だと、多少、醒めた目で見ていた男たちも、
どんどん激しくなるタケルのスピードと技の正確さが、
いかなるレベルのものか、理解するにつれて、その眼を奪われ始めたのだ。
・・・いや、
ここは男どもの反応より・・・。
演武が終わると聞こえてきたのは村の女性たちの歓声!
先程のミィナに対する男どもと比例するかのように、
今度は女性たちがタケルに反応してしまったのだ。
これはこれで素直に嬉しい。
鼻の下を伸ばしつつ、舞台を降りたタケルにミィナが一言。
「へぇ~、モテモテじゃん・・・?」
えっ、何、その意味深な表情!!
これ以降、騒ぎはさらにヒートアップ、
ミィナとマリアさんには男どもが群がり、
タケルや、クールなグログロンガにも村の女性たちがまとわりつき始め、
そうなると、逆も然り、
スサの若い者たちも釣られて、村の女性たちに声をかけ始める。
・・・まぁ、ハメを外さないでくれれば・・・。
タケルは何とか場を抜け出して、
デュオニュソスやサルペドンのいる席に向かう。
「ふぅ~、凄いな、ノリ・・・
まぁ、オレもこんな立場じゃなきゃ・・・いや、何でもねぇ・・・。」
そこで、デュオニュソスは笑いながらグラスを差し出す。
「アンテステリア祭はこんなもんじゃあありませんよ、
村人にとっては今夜は前哨戦・・・というところですなぁ~。」
マジか・・・。
そういや、デュオニュソスはノリ変わんないな?
その事を尋ねると、思いっきり彼は笑い始める。
「ハハッハッハッハ!
タケルさん、あなたもトップとして自分にタガをはめてるんでしょう?
私も一緒ですよ、村を預かるものとして抑えてるんです!
・・・ご不満で?」
「いえいえ、とんでもない! いや、そうっすよねぇ?
こんだけ騒ぎになれば、いろいろ・・・あれ?
ちょっと待って下さい?
デュオニュソスさん、なんかいつも酔っぱらってる気がするんですけど、さらに凄くなるんですか?」
冷静に考えると凄い失礼な質問だが、
たぶん、当の本人は気にしていないだろう。
「そうですなぁ?
では機会があればお見せしますということに・・・。
無事にゼウスとの戦いから帰ってきてくださいね?」
「そう言えば・・・。」
ここでサルペドンが話題を変えて見せた・・・。
何か思い出したようだ。
「デュオニュソス殿・・・あなたの別名は確か、
ブロミオス・・・『咆哮する神』と。
その名が表わす物があなたの本質、・・・になるのですかな?」
デュオニュソスはその時、答えなかった・・・。
タケルとサルペドンの前で、ニヤッ、と笑うだけだった・・・。
心なしか・・・その眼に光が灯ったようにも・・・。
いや、テーブルの上のランプの光が瞳に反射しただけだろう。
タケルたちもそれ以上、気にすることはなかった。
今夜の宴としては、これ以上、列記することはない。
昨夜と違うのは、
テントや自宅に帰れずに、その場で眠りにつく者が大量に現れただけである。
普通に夫婦で抱き合って寝ている者もいるし、
あっちは恋人同士だか、その場のノリでいちゃついたまま、寝てしまっただけかもしれないが、
まぁ・・・お盛んなことで・・・。
スサの方は、
とりあえず、幹部クラスは無事に寝てしまったとだけ言っておこう。
今夜はマリアさんが昨夜の反省もあるのか、
酔っぱらいながらも、ボーっとした顔でミィナの世話をしている。
まぁ、本当に幸せそうな顔で寝てるよ、彼女は。
村で掟でもあるのか、
宴に参加してないまだ小さい子供たちが、毛布や布団を用意してくれる。
まぁ、何か包まっていれば、屋外で眠りについても風邪なんかはひかないだろう、
・・・とは思う。
デュオニュソスは腹を出したまま、いびきをかいて眠りまくっている。
・・・彼の本当の能力というのが、今一つ分からないのだが、
別にタケル達に見せつける必要も義務もないと言われればそれまでである。
スサの目的は、もっと別な所にある訳だし、
明日にはみんなで名残惜しさも感じつつも、お礼を述べて村を出ればいいだけだ。
お昼前にでも出発すればいいだろう。
スサのメンバーで、村の女の子にちょっかいを出した者がいないかどうかが心配だが、
タケルやサルペドンの見る限り、
一線を越えたものはいない筈である。
今夜も念のために、交替で眠るが・・・、
どうやら全て、杞憂に終わりそうだ。
次のデメテルの村でも平和に通り過ぎる事が出来ればいいな、
と、そんな事を考えつつ、
タケルはサルペドンの先に、眠らせてもらった。
誰もいなくなったテーブルで、
サルペドンは残っているグラスを一人で静かに傾ける。
自分なりにもう一度、何か引っかかるものがあるのか、
交代の時間が来るまで考え続けていた。
「咆哮する神・・・
それもどこかで聞いたフレーズのような気がする。
ポセイドンと・・・何か繋がりがあるのだろうか・・・?」
どこかで聞いたことがある、
どこかで見たことがある、
・・・つまり過去の物語に似たような記述があるのかもしれませんね・・・。
さて、次回は予定通り、この村を出発・・・おや?
え? 出発しない? どうして?