緒沢タケル編10 酩酊のデュオニュソス 宴(本番)
村が異常に活気づいている・・・。
通常の野良仕事の大人たちに加え、
どう見ても、隠居してるはずのじーさん・ばーさん、
家事をしているはずの奥様連中、
そして賑やかな子供たちが、
大騒ぎで、宴の準備をしている事が傍目にもわかったからだ。
ディオニュソスは朝一で顔を見せたが、
日中は、村をいろいろ見学してってくれとサルペドン達に伝えていた。
タケルが昨晩のお礼を告げようとすると、
ニコニコしながら、「本番は今夜だ!」とでも言わんばかりに大きなな黒い目を瞬かせる。
ノッてるな、こいつ・・・。
まぁ外から集団で客がやってくる事は滅多にないらしいから、
ディオニュソスにしても村人にしても、舞い上がっているという理屈は自然だろう。
さて、我がスサの連中を振り返ってみると、
昨晩、よく寝ていたはずのミィナがやけに元気だ。
しかもあれは、スサのユニフォームではなく、
ウィグルの村の民族衣装・・・。
「ミィナ、どうした?
今さらそれに着替えて・・・。」
彼女はいつもどおりの明るい笑顔だ、
ニヒッと、笑ってくるりとその場で一回転。
「見ろよ、向こうを。
この村の人たち、あたし達の為に踊りや楽隊を披露してくれるようだぞ?
あたしたちも何かしなきゃあ、だろ?
となれば、あたしの出番だよ!」
「へぇ? ミィナ、踊りも踊れるのか!?
それはオレも見たいな?
ここで練習見してくれよ?」
澄まし顔で彼女は指を振る。
「チッ、チッ、チッ!
本番まで我慢しなぁ?
このミィナさんの虜にしてやんぜぇ♪」
こういう時は、彼女は恥ずかしがることもないようだ。
もっとも、ミィナだけではない。
クリシュナのおっさんも、落ち着いてそうな外見とは裏腹にハイな様子だ。
・・・どうなんだろうな?
警戒か・・・。
デュオニュソス以外の人間にも話を聞いておくべきだろう。
サルペドンにその事を言うと、
さすがに高齢のために、イベントの準備を見守るだけのお爺さんとの通訳をかってくれた。
まぁ、昨夜の仮歓迎パーティにも列席していたお爺さんだから、
そんなに気を使う事もない。
「こんな宴ってやっぱり滅多にないんですか?」
白い鬚を垂らしたお爺さんは、
にこやかな顔をして、タケルの質問に応じてくれた。
「いやいやぁ、
この度は皆様がご訪問いただいたので突然ではありますが、
毎年・・・おう、来月頭ではありますな、
年に一回、盛大な祭りを行っております。
他の村や町からも大勢の人がやってきますが、
その日がいちばん最大の祭りですな、
アンテステリア祭というもので、このピュロス最大の祭りでしょう・・・。」
「へぇ~、そうなんだ、
・・・できれば見ていきたいなぁ。」
「それは是非・・・、
ただ、皆様はこの後、王都ピュロスへ向かわれるのでしょう?
そうなると、ちょっと間に合わないのでしょうねぇ?」
「何か特別な出し物でもあるの?」
「ほほ、それは・・・
何しろ、この村はデュオニュソス様のテメノスでございからね?
まぁ、もしかしたら、今晩、その真価に触れる事が出来るかもしれませんよ・・・。」
ん?
それはどういうことだろう?
彼の・・・デュオニュソスの神の力に関係があることなのだろうか?
さっきのミィナではないが、
このお爺さんは、今夜のお楽しみと言って、明言を避けたようだ・・・。
この時わかったのは、
その祭りの時には、部外者は祭りには参加できても、
その後、行われる秘儀のようなものには立ちいる事が出来ないというもの。
もっとも、旅行者でも、
ここに長期滞在している者は、秘儀に立ち会えることが認められる事もあるそうだ。
何でも、ある程度、その人間が信頼できると判断された場合の事らしい。
ぶっちゃけると、
こういった酒の席などで、その人の人格を判断しているようだ。
意外と現実的に対応しているんだな・・・。
ふとサルペドンの方を向くと、何やら考え込んでいる様子だ。
「どうした?
何か気になることでも?」
「いや・・・先ほどの老人が言ったアンテステリア祭、
聞き覚えがあるんだが、どうにも内容を思い出せなくてな・・・。」
「あんたの故郷かその近くで、行われたとかじゃなくて?」
「・・・んん、私の故郷ではディオニュソス崇拝はなかった・・・。
だから人づてに聞いたものか、
書物から得た知識だと思うのだが・・・。」
「地上にも伝わってるんだとしたら、
さぞかし、特殊なものなんかな?」
「・・・ただ、門外不出の祭りだと言うのは同様なのかもしれない・・・、
選ばれた者にしか参加を許されないと言うな・・・。
まぁ、我らには関係ない。
先を急げばいいのだからな・・・。」
さて・・・肝心の宴の方であるが、
それは盛大なものであるということだけは想像通りであった。
お約束のワインやビール、ウィスキーにウォッカ、
さすがに米はないので日本酒は作られていないが、
それぞれの作物に応じた精製方法で、
地上のありとあらゆるアルコール飲料が再現・・・いや、それ以上の物が作られていたのである。
酒好きの者にとっては桃源郷だろう。
そして今夜は勿論、ご馳走だ。
子牛と羊を一頭ずつ潰して、スサのメンバーや村人たちに分け隔てなく振舞われる。
平和なシーンが続きます。