緒沢タケル編10 酩酊のデュオニュソス デュオニュソスの立ち位置
スサの隊員達もさることながら、
実は最もウズウズしていたのが当のディオニュソスらしい。
一人立ち上がると、グラスを持って早速パーティの口上を述べようとしていた。
急いでサルペドンが待ったをかける。
「水を差すようで申し訳ありません、ディオニュソス殿・・・。」
ディオニュソスは子供のように不満そうな表情を浮かべる。
「な、何でしょう?」
「宴の前に、無粋だとは重々承知ですが、
このことをはっきりさせませんと、
我らも気持よく酔えるものではありません。
現在、ゼウスを頭とするあなた方オリオン神群と、我ら地上のスサは交戦状態にあります。
それをご存知の上で、我らを招待なされるのは、
他の神々から裏切り行為と取られるのでは?」
そうだ、
それを確かめない内は乾杯もできない。
酒田のおっさんは、バツが悪そうに握りかけていたグラスの取っ手をテーブルに置く・・・。
一方のデュオニュソスは、
一瞬、目をパチクリした後、
一度椅子に座って・・・
下品なほど無造作に足をテーブルの上に投げ出した。
「・・・だぁあってぇぇぇぇ、
めんどくせーじゃんよぉぉぉぉぉ・・・。」
うぇっ!?
いきなり態度が・・・!?
「戦いとか戦争とか・・・興味ないんだよねぇぇぇぇ?
この村は、地上の人間から何か被害受けたわけでもないしぃ、
ワインやウィスキー作ってる方が、よっぽど健康的だし同胞とやらのためだぜぇぇ~?」
・・・全員、空いた口が塞がらない。
いや、確かにデュオニュソスの言い分は、
どんなにやる気なさそうでもスサのメンバーにとっては歓迎すべき意見である。
サルペドンが質問を続ける、
・・・多少苦笑いを浮かべて・・・。
「ゼウスやハデス達から圧力や嫌がらせは・・・ないのですか?」
「あーつーりょーくぅぅ?
だぁってぇ、あいつらのお気に入りの酒を届けてるのはこの私ですものぉ、
この私に何かあったら、困るのは上位神の皆様というわけですぅぅ♪」
成程・・・確かに面倒事は苦手そうな性格のようだ。
タケルは思わず顔をほころばせながらも、自分の疑問もぶつけてみた。
「あ、じゃ、じゃあさ、
逆にオレ達に襲われるかもとは?」
デュオニュソスは、まるで考えもしなかったとでも言わんばかりに、
椅子を引いて、テーブルの上の足を引っこめる。
「は?
君らは地上に残ったポセイドン神の末裔だろ?
その君らが無抵抗の人間に攻撃をかける訳あるのですかぁぁ!?」
逆に質問し返されても、どう答えて良いかわからない。
ポセイドンとやらの末裔かどうかは、否定する事もないかもしれないが、
それが今の質問と、
どう繋がるかタケルには分からないのだ。
そこは、サルペドンが互いをフォローするために間を取り持ってくれる。
「確か・・・かつてこの地底のピュロス王国で、
オリオン神群が真っ二つに分かれて争う騒ぎがあったようですな?
100年以上の昔・・・、
デュオニュソス殿はゼウスとは異なる意見を持っていたと・・・?」
タケルの方は、
「いつ、誰にそんな事聞いたんだ?」という疑問も浮かんだが、今はデュオニュソスの返答を待つ方が先だ。
・・・よく考えれば、先のシルヴァヌスの村人や女神アルテミスから、
聞き出す時間はたっぷりあったはずだし・・・。
なお、実際はヘルメスもサルペドンには伝えている。
一方、デュオニュソスは思い出したかのように口を開く。
「ああ、先代のデュオニュソスの頃の話でしょぉぉ?
真っ二つ・・・と言うもんでもないんじゃないですかぁ?
大地の恩恵に与する神々は、
ゼウスのやり方に異を唱えた・・・
デメテルやアテナは謹慎喰らって、ヘファイストスは数年幽閉され、
首謀者の『あの神』は半死半生で地上に追放された・・・。
・・・あれ? 追放じゃなくて逃げ出したんだっけかな?
まぁいいやぁ、
先代デュオニュソスも、しばらく牢屋に入れられていたそうだけど・・・
その間ゼウスは、うまい酒が届かなくなったって、グチをこぼし続けていたらしいよぉ?」
そういう事か・・・。
元々このデュオニュソスとやらは、
元々地上の人間に対し、敵対心や復讐心を持っていないようだ。
そんなことより、酒がうまけりゃそれでいいってわけね・・・。
デュオニュソスは、またもや落ち着きなく、
「もういい? もういい?」と酒宴の開始を告げたくてサルペドンを急かしはじめる。
まぁ、これ以上は確かめる必要もあるまい。
サルペドンが丁寧に頭を下げると、
デュオニュソスは再び勇ましく立ち上がり、右手のグラスを天にかざした。
「さぁ、今宵!
地上から困難なる道のりを経て、
我らが友人がこの村に訪れた!
皆が丹精込めて造り上げた極上のワインを以て、
彼ら旅人の喉と疲れを癒してもらおうではないか!
それでは・・・(小声で)本チャンの宴は明日にするとして・・・
乾杯ぃぃ!!」
スサのメンバーは、
各自グラスの表面から漂ってくる高貴な香りに驚きを覚えつつ、
それが罠かどうか一応疑いながらも、軽く口に含んで、
それぞれ想像を絶する衝撃を味わった。
何 と い う 味 か !!
カラダの全身にそのワインの味が染みわたる・・・!
雑味が一切ないのに、
葡萄本来の味が熟成されて、はっきりとしたコクが口の中に現れてくる。
この中にソムリエがいるわけもないが、
各自、その絶妙なる味を表現する術すら知らず、
ただただ、自分が今、まさに出くわした神の雫に驚愕するばかりだ・・・。
フランス出身のマリアさんが一番、絵になるか・・・。
見れば、陶酔・・・
と言う言葉が一番ふさわしい・・・。
うっとりとした視線でグラスの中の芳醇なる液体を見つめている・・・。
これだけの味を保持するならば、
毒やら、眠り薬やら入れられる余地などどこにもないだろう。
むしろ、入ってたって本望!
と言いだす人間が出てもおかしくない。
さすがは酒の神・・・が支配する村と言うわけか・・・。
実は酒の神などではありません。
後程、ご本人が語ってくれるでしょう。
ただ大のお酒好きではありますので、そこは安心してください。