緒沢タケル編10 酩酊のデュオニュソス ムードメイカー
タケルは一度、思い出したように立ち上がる。
「タケルさん、どうしたのです?」
「あ、いや、マリアさん、
オレ、みんなの顔を見てくる・・・。」
その時のタケルの表情で、マリアはタケルの心情を思いやった。
タケル自身が不安に駆られたわけじゃないようだ・・・。
恐らく、他のみんなも不安や怯えを見せているだろうと思い、
何か元気づけてやろうかとするらしい。
マリアはまるで母親のように、タケルの行動を見守る・・・。
もともとは死んだ美香がタケルの母親役を務めていた・・・。
そしてスサ内にあっては、美香は指導者であり、全ての隊員達の世話役をも彼女はこなしていた。
信州の地下基地内にいた時は、
末端の構成員であろうが、廊下で会えば、美香は明るい挨拶をする。
その人間の過去の生い立ちや性格も忘れない。
その細やかな気配りに、誰もが美香に尊敬の念を抱いていたのである。
そんな彼女の行動を、勿論タケルが知っていた筈はない。
恐らくは・・・
美香の性格・・・行動パターン・・・
それを常日頃身近に接していたタケルは、
無意識のうちに、ここで何をすべきなのか、
深層心理で学習していたのかもしれない。
やはり・・・、
タケルも、スサを背負って立つ器を有しているのだろう。
体格や性格は全然違うのに・・・。
改めてマリアは、このいじらしき二人の姉弟に思いを馳せた。
できることなら・・・タケルだけでも・・・。
「なんだぁ!?」
突然、大きなタケルの声が響き、物思いに耽っていたマリアの思索が破られた。
何事かと、声の方を見据えると、
・・・どうもタケルが呆れかえっている。
どうしたの?
タケルの近くには酒田のおっさんとミィナがいる・・・。
酒田さんが・・・
顔を右手で押さえて・・・何か痛そう・・・。
「どうしたんだ、あんたら?」
とタケルは聞いてみたが、
ミィナがいる状況で、片方が痛い思いをしているなら、何があったか想像は難くない。
やられたな・・・、酒田さん。
ここは「どうしたんだ?」というよりも、「何しでかしたんだ?」と聞いた方が良かったのかも。
ミィナはタケルの顔を見ると、素っ頓狂な声をあげた。
「聞いてよ! くぉのオヤジがよぉ!
人の足、じろじろ見やがるんだよ!
だから一発、お望み通り喰らわしてやったんだよ!」
相変わらず、何てガサツな女だ・・・。
タケルは二人に対して呆れた視線を向けようとするが・・・、
刺激してはまずい・・・、
やっぱりこの視線は酒田さんに・・・。
「酒田さん、セクハラはちょっと・・・。」
当の酒田さんは半分涙を浮かべながら反論した。
「ちげーよっ!
ミィナが足の包帯外してる瞬間に目が行っちまっただけだよぉ!!
どうしたって、ちょっとは心配するもんだろう!?」
うーん、まぁ同じ男のタケルとしては、半分同意するし、
まったくスケベ根性がないとは言い切れないものもあるはずだし・・・。
まぁ、どっちにしてもこの扱いは酷い・・・かもな。
別にタケルも年頃の男だし、女性そのものが苦手と言うわけでもないから、直球で言いたいことは言える。
「なぁ、ミィナ?
お前、今はスサのユニフォームに合わせたショートパンツはいてるけど、
元はウィグルの裾の長い民族服に慣れてるはずだろ?
ナマ足出してる事に抵抗ないの?」
「ん? 全然?
だってあれじゃ動きづらいだろ?
かといって丈の短いスカートじゃ、いくらあたしだって足上げらんないよ。」
「蹴らない」という選択肢はないのですか、
そうですか。
酒田さんは別の意味で抗議する。
「だ、だったらよ!?
見られたくないなら、余計蹴らなくてもいいじゃねーかよっ!
どうしたって蹴られる瞬間に、視線が他のとこにも集中するぞっ!?」
タケルも勘のいい方だ、
酒田さんが言ってはならない一言を発してしまったと察知する。
しかも酒田さんの視線が一瞬、ミィナの腿の付け根に行ってしまった事もタケルは見逃さない!
ミィナを見ると・・・あわわわわ!
「・・・くぉの無礼者・・・ブッころっすっ!!」
目を吊り上げて、顔を真っ赤にしながらミィナが鞭を取りだした!!
タケル慌てて二人をブレイク・・・!
「待て待て待てぇ!
頼むから血生臭い争いは止めてぇぇ!!」
相変わらず、組織のトップとしての威厳が全く感じられない男だ。
まぁ・・・事が事だけにどうしようもないのかも・・・。
とはいえ、威厳があろうが無かろうが、
絶対的な体格を持つタケルが間に入れば、大抵の争い事は収まるだろう。
タケルに両肩を掴まれたミィナも、
その腕を振りほどいてまで、酒田に攻撃を加えようする気すら起きない。
「・・・放せよ、暴れねーからさぁ・・・。」
「ホントか? ・・・頼むぜ・・・。」
恐る恐る手を放すも、その際ミィナはタケルの足を踏んづけていく!
「ふんぎゃあ!
お・・・お前、オレが何したって・・・」
「ん? 八当たり。」
「て、て、てめぇぇ!」
「それよりタケルさ、さっき思ったんだけど、
日本語で失礼なヤツを『無礼者』って言っていいんだよな?
『無礼者』と『ぶっ殺す』って、縮めて繋げるのアリ?
『無礼殺っ!』ってどうだ? かわいくね?」
お前、脅し言葉をかわいくしてどうしようってんだよ・・・。
しかし当のミィナは自分の造語に満足したか、ケロッとしている。
とんでもねぇ気分屋だ。
・・・まぁ、ある意味、もやもやしてた気分はどっかにすっ飛んで行った。
貴重なキャラかもな、確かに。
次回、デュオニュソスのテメノスに到着します。