緒沢タケル編9 森の神シルヴァヌス 侵食
この現象は、
シルヴァヌスとも、オリオン神群にも、
一切、何の関係もありません。
異変を察知したのはマリアだけではない。
この森の主・・・
齢100をも越える長い黒髪を束ねた男・・・、
この森のどこかに潜むシルヴァヌスでさえも、
今、自分のコントロールを離れて、
森の一地域で何らかのエネルギーが集まっている事に気づいたのだ。
「・・・なんだ・・・
何が起きている・・・。
私の森を侵す者はなんなのだ・・・!?」
彼が感じているのは、
マリアの感知能力とは違い、
自分の能力が及ばない場所がある事を実感しているに過ぎない。
実際に「そこで」何が起きているのか、彼に知る術はない。
そしてそれは・・・
その事象に対面しているタケルでさえも・・・!
・・・タケルがその違和感に気づいたのは、
白くかすんでいる筈の森の、ある一つの方角が、
暗く・・・
なにかレンズの奥でも覗いているかのような印象を受けたからだ。
もっとも、
未だ彼の心は怒りと憎しみで燃え上がっているまま・・・。
故にそんな違和感はどうでも良かった。
ただ、そこに敵がいるのなら容赦なく天叢雲剣を放つだろう。
・・・しかし敵の姿は勿論、悪意も敵意も感じない・・・。
そのまま通り過ぎても良かったのだが、
次に彼の耳に聞こえたものが、自分の意志に反して彼の足をとめた・・・!
我らが ・・・よ・・・
「・・・おい? 今、誰か喋ったか?」
後ろを振り向いて部下に尋ねるも、
二人は何も聞こえなかった様子だ。
無線も今は鳴っていない・・・。
タケルは先ほど感じた暗がりに注意を向ける・・・。
気のせいだろうか?
まるで・・・しゃがれた老婆のような・・・
我らが ち・・・
支配 r もの・・・w ダn よ・・・
聞こえる! 間違いない!!
相変わらず部下たちには聞こえないようだが、
タケルは踏み固められた獣道から、森の奥へと足を踏み出す・・・。
一体、今の声は・・・?
いや、そもそも今のは日本語なのか!?
そんなわけはない・・・!
では何語だ!?
まるで・・・頭に直接、響いてきた!?
部下たちはタケルの異常な反応に危惧を覚えるも、当のタケルはお構いなしだ。
歪みのような空間に向け声を荒げる。
「そこにいるのは誰だ!?
オレを呼んでいるのか!?
・・・だがオレはそんな名前じゃない!」
名前・・・?
いまオレは名前って言ったか?
その老婆のような声はこちらの名前を言ったつもりなのだろうか?
タケルはそんな気がしただけだ・・・。
だが、彼の本能は何らかの危険を感じ始める。
身体的な・・・身の危険と言うよりも、
それとは別の・・・
まるで心が分解していくような・・・
自分と言う存在が、
消えてなくなってしまうかのような・・・!
だが、タケルの動揺などお構いなしに、
祈りを捧げるような老婆の声は更にはっきりと聞こえてくる!
我らを たまえ・・・
我 に魂 安ら を・・・
罪深き に寛大 る死を与えたまえ・・・!
おお お、暗 の支配者よ
その瞬間、
タケルのカラダに絶対的な拒絶反応が生じた!
彼の背筋が逆立つ!
「うぉぉおおおおっ!!」
タケルが天叢雲剣をその空間に放った!
この日、最大最強の雷撃が、黒いレンズの向こうに飲み込まれる!!
だが・・・
何故だ!?
まるで水面に石を投げたように、
最大威力の雷ですら、空間に波紋のような歪みを与えただけに過ぎない。
はぁ、はぁ、・・・はぁ・・・。
何も変化がない・・・、
反応すらない・・・いや?
聞こえる・・・ またあの声だ!
まだ・・・繋がってないようだねぇ・・・
すると、同じ向こうの「世界」から、
老婆とは違う、別の男性の乾いた声が・・・。
ち・・・父はまだ・・・揺りかごの中・・・
だが・・・目覚め・・・近い・・・
ああ、そうだねぇ、時折感じるよ・・・
あの方の瞼が開くのを・・・。
あたしたちは、もうしばらく・・・
この暗き森の中に居続けねばならないのだろうかねぇ・・・?
これは違う!
雷撃では「消えない!」
次にタケルが選択したのは祓いの剣!
瞬間的に彼の生存本能は、この場で最も相応しい手段を選択した!!
理屈や理論など理解せずとも、これまで積み上げてきた経験が、
この現象に対処し得る唯一の技を閃かせたのだ。
邪念や動揺があっては効果がないのは、天叢雲剣と同様だが、
彼がひと振りごとに冷静さを取り戻していくと、
やがて「闇」が薄れていく事を理解できる。
そうだ・・・
あらゆる「魔」を打ち払う祓いの剣なら・・・
今の気味の悪い、オカルトめいた現象をも打破できるんだ!
『・・・ケル! タケル!
どうした! 何があった!?』
いつの間にか、無線で呼び続けられていたようだ。
一体、自分でもどれぐらい時間を費やしていたのか、
今は背中で息をしている・・・。
体温も激しく低下しているようだ・・・。
これで・・・
シルヴァヌスとの脅威に立ち向かえることができるのだろうか?
激しく自分を呼ぶ声に、タケルは息を整えてから無線に答えた。
「・・・心配いらない・・・
何か幻覚のようなものを見せられたんだと思う・・・、
もう大丈夫だ・・・。」
だんだんタケルも近づいていきます・・・
あの存在に・・・。