第3話
・・・ギィィ。
古めかしく重い扉が開かれる。
目隠しをされた老人は、
ようやく暗闇から解放された。
「ふーっ、
ドーバー海峡まで渡らせられるとは思わなかったぞ・・・!」
老人は、よれよれとその場に用意された椅子に座り込む。
一方、老人を連れてきた三人のスーツの男達は、
ミッション完了の報告をせねばならない。
「騎士団南欧支部支部長ケイ!
同じく北欧支部支部長ライラック!
騎士団本部候補生ガラハッド!
ただ今、任務を完了いたしました!」
三人とも軍人のような真っ直ぐな姿勢で、
部屋の奥にいる美しい女性に一礼した。
「ハァーイ、ご苦労様~ぁ!」
・・・一気に緊迫した空気が吹き飛んだ。
「さぁっすがケイ叔父様ぁ!
頼りになるぅ!
ライラックもありがとうね!
ガラハッドもカッコ良くなったわねぇ、
もういつでもわたしの隣を歩けるわ!」
年長者であるケイの顔は引きつり気味だ。
「マーゴ・・・、
あのね、一応・・・、
それなりの形式や格式があるのだよ・・・、
だからね・・・。」
「分ってますって。
えーと・・・、じゃあ、
ここはライラックにそのまま待機してもらっていいかしら。
ガラハッドは外をお願いできる?」
ケイは心底ほっとしたようだ。
「では、私は本部に報告に行ってくるよ、
話の経過や緊急の際は連絡してくれ。
レッスル氏が帰られる時も、
私に任せてもらっていいからな。」
「ええ、ありがとう、叔父様ぁ!」
「ライラック! 後は頼むぞ、
おい、ガラハッド・・・!」
そしてケイとガラハッドは、
静かに部屋を出て行った。
残されたライラックは複雑な表情をしていた。
もっともこの人選は妥当である。
保守的過ぎる人間はこの場にはふさわしくないし、
何の権限もない若きガラハッドでは心もとない。
そして「豪剣の騎士」とまでうたわれたライラックは、
騎士団内でもエリート中のエリートだ。
マーゴは一見奔放だが、
合理的な判断力を持つ女性であった。
・・・付け加えるならば、
彼はマーゴの大のお気に入りである。
ちなみに今回の仕事は、
騎士団本部の承諾を得て、
マーゴがケイに依頼する形であったが、
メンバーの人選はケイに任された。
・・・彼も百戦錬磨の策士・・・、
苦手なマーゴは最初から、
ライラックに押し付けるつもりであったのだ。
「・・・さて。」
マーゴは、
先ほどから自分達のやりとりを観察していた老人に話しかける。
「ほんとうに遠いところをごめんなさいね・・・、
ウチの者達は失礼な真似はいたしませんでした?」
老人は直接答えずに、
鼻を鳴らしてそっぽをむいた。
老人の機嫌を伺うマーゴ。
「昨晩は良く眠れまして?
・・・あっ!
お飲み物、紅茶でよろしいかしら?
ここのは美味しいですのよ、
今、持ってこさせますね?
ライラック、連絡お願い。」
老人は吐き捨てるように言う・・・。
「わしはアンタらの客かね?
・・・それとも獲物かね・・・?」
マーゴは一度、自分の髪を掻き撫でて、
老人の隣の椅子に座る。
・・・やたらと距離が近い。
ライラックが電話をかけながら落ち着かない。
彼もマーゴには、
特別な感情を抱いているといって良いのだろうか。
そっ・・・と老人の腕を触るマーゴ。
「それは・・・、
あなた次第ですわ、
ブレーリー・レッスル様・・・?
レッスルおじ様と呼んで差し上げた方がよろしぃ?」
妖艶な視線や刺激的な香水の香りが、
無防備な老人の本能に襲い掛かる・・・。
マーゴの予想外の行動に老人はのけぞったが、
果たして彼はここからの「ウェールズの魔女」の魅力に、
どこまで耐えられるであろうか?
老人はゴクリと唾を飲み込んだ・・・。
「い、一体、
こんなくたびれた年寄りに何の用なんじゃ!?」
実を言うと、
この老人が直接女性の肌に触れたのは、
本当に久しぶりのことであった・・・、
平静でいられるわけがない。
しかも相手は、
モデル並みの美貌とスタイルを持つマーゴである。
「そうね、まずは自己紹介させてもらうわね、
フェイ・マーガレット・ペンドラゴン・・・、
聞いたと思うけどマーゴ・・・
って呼んでね。」
そしてそのまま話を続ける・・・。
「せっかくだから、
いろいろ楽しいお話もしたいんだけど、ね、
わたしもあんまり好き勝手なことはできないの。
ごめんね、おじ様。
・・・それであなたにここまで来てもらったのは・・・、
ズバリ!
レッスルおじ様、あなた、
不死人・・・『死なない人』なんですって?」
老人の動きが止まり、
しばらく沈黙が続く・・・。
「馬鹿なことを言っちゃあいかん・・・、
死なない人間などいるはずなかろう。」
ようやく老人は答えを返したが、
否定される事自体、マーゴも織り込み済みのようだ。
「・・・ふーん、でも、
これってアナタじゃあないの?
おじ様?」
マーゴは一枚の写真を取り出した。
台紙そのものは画像処理を施されたためか新しいものだが、
写っている物はかなり古そうな印象を受ける・・・。
そしてそこに写っているのは、
紛れもなくマーゴの目の前にいる老人だ。
同じような杖を持ち、
側にキツネをはべらせている。
「この写真、
今から100年前に撮られた物よ。
こっちの方は、おヒゲが長いけど・・・、
コンピューター解析の結果、
あなたと同じ骨格の顔と判断されたわ?」
老人は食い入るようにその写真を見詰める・・・。
その表情は固い・・・。
「他人の空似じゃろ?
それともわしのひい爺さんでも写したのかね?」
「わたしたちの情報収集能力と分析能力を甘く見ないで欲しいわ。
・・・無論、似ているとか、
その程度であなたをこんなところまでお連れしないわよ?
旧ナチスの高官の文書からも、
あなたの名前は記載されている・・・、
しかもヒトラーの神秘主義関連のね。
永遠に生き続ける男、
ブレーリー・レッスル・・・。
それに今のあなた自身、
ベルリンの壁が崩れた時、
あなたは混乱した旧東ドイツからやってきたという理由で、
過去の公的記録からあなたの存在は消えた事になっていたけど、
秘密警察の資料にあなたの記録があったわ。
第一級極秘資料・・・。
権力者側でもなければ、
反体制派でもない。
何の肩書きもない、家族もいない、
なのにあなたは要注意人物として記載されていた・・・、
その事の説明はできるの?」
老人は無言のままだ。
マーゴは見上げる視線で老人の顔を覗き込む・・・。
「レッスルおじ様?
わたしはおじ様と楽しくお話したいの・・・。
薬なんかは使いたくないな。
・・・ましてやこんなお体を傷つけたりなんかは・・・。」
「魔女」の本領発揮である。
目的のためには手段を選ばない。
老人の顔色が変わる。
「脅迫か・・・?」
「やーねぇ、
わたしはそんなことしないわよぉ!
・・・でもわたしがこの役を降ろされたら、
そーゆうことする人が出てくるかもしれないでしょぉお?」
「・・・目的は何じゃ?
不老不死でも手に入れるつもりか?
さっきも言ったが、
不老不死などこの世には存在せん・・・。」
「あ、勘違いしないでね?
少なくとも今の私たちの目的は、
世界を未知の脅威から排除すること。
おじ様が世界に脅威を与えてるなんて事は、
調査の結果、見て取れなかったし、
う~ん、
個人的には不老不死に興味あるんだけど、
その方法を知ることが目的じゃないの。」
ふざけたような喋り方だが、
マーゴの目や表情は真剣だ。
ちなみに100年前に撮られた写真の時はレッスルとは別の名前です。