緒沢タケル編8 狩猟の女神アルテミス 伝令
「今のは!?」
「まさか、あの小高い丘から放ったってんじゃ・・・!?」
スサの誰もが理解できない事態にうろたえていた。
サルペドン一人、静かに小高い丘を見つめている。
そして、丘の向こうに動きがないのを確かめると、
スサの一団に振り返り、自らの分析を口述する。
「どうやら、この先にあるのは、狩猟の女神アルテミスの村のようだ、
今の手際を見る限り、理解できるだろうが、恐るべき弓の使い手と言うわけだな。」
タケルをはじめ、誰もが納得できない。
「弓の使い手って・・・
何百メートルあるんだよ、あそこから!?
それこそゴルゴ並のスナイパーじゃねーとムリだろっ!?」
「・・・だからこそ、オリオン神群なのだ。
せめてレーザー兵器でも持ってきてたらいい勝負に・・・。
いや、無理だな、
照準を合わすタイムラグはどうしようもない。」
「・・・?」
サルペドンの最後の言葉の意味はよく分からないが、
実際のところ、かなりの重量になるレーザー兵器など、
徒歩で担いで持ってこれる訳もない。
第一、充電装置もない。
せめてライフル並の小型化・軽量化が出来ればまた話は違うが、
スサの技術力をもってしても、それは未だ不可能だ。
「それより・・・何ゆえ、そのアルテミスとやらは我らを助けに?
もしかしてその人物は、我らに友好的なのでは・・・?」
落ち着いたクリシュナの問いは、スサの一団に希望を持たせる。
それはそうだ、
誰だって戦いたくはない。
さすがにサルペドンもそれは判断できるものでもないが・・・。
その時グログロンガが、
かすむ景色の中から、誰かがこっちにやってくる事に気がついた。
「誰か来る! ・・・一人のようだ!」
スサの一同は緊張し・・・
そして静かにその人物の到着を待った。
本当に一人だ。
だが、アルテミスは、その伝説通りなのなら女性である筈だが、
やってくるのは普通の男のようだ。
特に兵士のような恰好ですらなく、
普段着に装身具を垂らしただけの、小奇麗な男だ。
その人物は緩やかに笑みを浮かべている、
・・・戦意は全くないのだろうか?
「止まれ・・・何者だ?」
会話ができるサルペドンが、男の接近を見計らって落ち着いた声をかける。
すると男は、丁寧にお辞儀をしてからサルペドンに向かって、ゆっくりと口を開いたのである。
「ようこそ、皆様、
私は伝令・・・
我らが麗しき女神アルテミス様の下僕、アイキワロと申します。」
「下僕・・・アルテミスの奴隷(a-te-mi-to do-e-ro)か、
要件を聞こう。」
「はい、まず、そこに横たわるオオトカゲに怪我をされた方はいらっしゃいますかな?」
振り返るサルペドン、
酒田もミィナも大事はなさそうだ。
「心配していただけるのならありがたいが、
おかげでどうやら全員無事のようだ。」
「それは何より、
ではアルテミス様の伝言を伝えます、
そのオオトカゲはしとめる事が出来れば、この国では御馳走の一つです、
せっかくこの地に来たのであれば、
記念に賞味していくがよいと。
調理法に自信がなければ、
アルテミス神殿から料理人を遣わしても構わないとの仰せです。」
タケル一同、その友好的なスピーチに顔がほころぶ。
大体、女性と戦うことなんかできるか!
彼だけにとどまらず、
その場の全員の緊張が解けるのを他所に、
伝令役のアイキワロは、更に言葉を続ける。
だが、その後の彼の言葉は、スサの人間達の期待を打ち砕くものであった・・・。
「そしてその後のお言葉です。
ゆっくり休んで、満足するまで食事を愉しんだなら、
早々、地上に帰るがよいと・・・、
以上になります。
お分かりいただけましたかな?」
・・・やはりそんなうまい話はないか・・・。
サルペドンは最初からこの言葉を想定していたのか、
あまり表情に変化を見せないまま・・・。
「できれば我々も、血なまぐさい争いは避けたい・・・。
だが、オリオン神群の頭たるゼウスが地上侵攻を企むのなら、
我々はそれを食い止めるために戦わざるを得ない。
もし、君の主たるアルテミスが、我らの思いと同様に、争いを望まないのであれば、
黙って我らが通り過ぎるのを許可していただけないだろうか?
勿論、住人に危害を加えないことは約束する。」
しかし、伝令は微笑を浮かべたまま首を振るだけだ。
「残念ですが、
あなたがたがアルテミス様のテメノスに足を踏み入れる事など、一切、許される事ではありません・・・。
この先、・・・あの丘の麓からがアルテミス様のテメノスです。
このまま、あなた方がその境界に近づこうとしたら、
後ろで倒れているトカゲのように、アルテミス様の神の矢があなた方の命を貫くでしょう・・・。
さて・・・確かに伝えましたよ?
それでは私はこれで・・・、失礼いたします。」
所詮、伝令は伝令、
・・・交渉する余地もないということか。
アイキワロは最後まで礼儀正しく一礼すると、
振り返りもせずに元来た方へ帰って行ってしまった。
さて、残されたスサの面々・・・。
サルペドンは振り返ってタケルに決断を迫る。
「さ、一応、聞こうか、どうする?」
タケルは真剣な面持ちでサルペドンに答えた。
「どうするったってなぁ、
さっき食事は済ましたし、あと小一時間は腹具合も・・・。」
サルペドンは思わず、そこら辺の土を蹴りあげた!
「バカかぁぁぁ!!
誰がトカゲを食うかどうか聞いたぁ!?
この先、進軍するかどうかを聞いたんだ!!」
最近、めっきりストレスを抱え込むサルペドンであった。
今回登場したアイキワロさんは、
ミケーネ文明のピュロス文書に実際に存在する人です。
身分は「アルテミスの男奴隷」です。