最終話
最終話です。
外伝二本のお話が
メリーの物語とどう繋がるかは、
この後のレディ メリー最終話でご確認下さい。
あと、ルビの打ち方覚えました!
しかし善戦も長くは続かない。
斑馬は自らの身体を大木にぶちあて、
フィーリップを地面に落としてしまった。
彼が動かなくなったのを確かめると、
その斑は再び爺さんに狙いを定める。
トーマスは爺さんを守ろうと、
短い手製の斧でもたつきながら、
必死で攻撃を試みる。
斑は突っ込んできて、
彼らともみ合い状態になった。
あーはっはっはっはーぁー・・・
いつの間にか、
馬車は彼らの目の前にまでやってきていた。
馬に牽かれてもいないのにどうやって・・・。
あの窓の向こうには醜い老婆がいる。
奇妙な甲高い叫び声は、
ますます頻繁になってゆく。
「・・・トーマス・・・。」
爺さんは倒れていた。
その声にも力がない。
「ニコラ爺さん!」
「あばらをやられたようじゃ、
・・・残ってた魔力も、
一角獣の召還に使っちまったし・・・、
天下の魔法使いももう駄目じゃな・・・。」
白い影はいつの間にか消えていた・・・。
「そ、そんなぁ・・・。」
トーマスは爺さんに覆いかぶさって泣き喚いた。
一方、斑の馬も攻撃をやめていた。
彼らの前方では、
馬車の扉が開いていたのである。
いよいよフラウ・ガウデンが降りてくるらしい。
トーマスは歯を噛みしめて、
近づいてくる彼女の方へと首を向ける。
「フラウ・ガウデンー!」
そしてトーマスは、
あらん限りの声で、ゆっくりと叫んだ。
「フラウ・ガウデン!
それ以上俺たちを攻撃してみろー!
この、
・・・この黒い神像を粉々にするぞー!
それでもいいのかーっ!!」
彼女の足が止まる・・・。
暗かったが、
長いドレスを纏ったブロンドヘアーの持ち主であることは分った。
もとより顔は見えなかったが、
トーマスは目を合わすことがないように視線をずらしていたのだ。
「こいつを壊されたくなかったらさっさと帰れーっ!!」
猛烈な風は、
彼女の感情に呼応するかのように激しく勢いを増す。
しかしトーマスはもはやひるまない・・・。
彼は右手に掴んだそれを高々と持ち上げ、
むき出しになっている固い岩場に今にも叩きつけようとした!
その時である。
にわかに風の吹き方が一変した。
まるで、
今までとは別の意思の力が働いたかのように・・・。
もういいんだよ・・・
トーマスや・・・
まわりの森からは、
鳥達の朝を告げる声が辺りを覆い始めた。
東の空がにわかに明るくなっている。
朝だ、
朝になったんだ、
助かるんだ・・・。
フラウ・ガウデンは途端に慌てふためき始めた。
トーマスは勝ち誇った目で彼女をにらむ。
どうだ!
フラウ・ガウデン!
ところが彼女は、悔しそうに髪を振り乱した後、
いきなりトーマスに向かって襲いかかったのだ!
すっかり安心しきったトーマスは、
彼女のその行動を予測できず、
まともにその、
凍てつくような恐ろしい顔を見てしまった。
彼女の爪が、
すっかり怯えた彼の顔を今にも引き裂くはずだったが、
・・・彼女、
フラウ・ガウデンはそうしなかった。
彼女の鋭い爪は、
震えるトーマスの頬を撫でるだけだった。
・・・そしてその後、何処かで見たような、
ニヤッとした笑みを、
その顔に浮かべたような気がしたのだけども・・・。
すぐに彼女は反転して馬車に乗り込み、
ギギッ・・・と、
一頭の斑馬が牽く馬車は動き始める。
その時、
再び先程までの暴風が吹き荒れ始め、
馬車はフワッと宙に浮かんだ。
そしてあっという間に、
まだ薄暗い天空の彼方へと、
まるで風船でも弾けるかのように消え去っていったのだ・・・。
あの、
気味の悪い笑い声を、
森じゅうに響かせながら・・・。
キャアハハハハハハ・・・・・・…
トーマスは動くことができなかった。
彼の目には、
あのフラウ・ガウデンの恐ろしい姿が焼きついていた・・・。
あの彼女の異様に白い・・・
白いはずだ・・・、
ブロンドの髪の下には、
背筋の凍りつくようなしゃれこうべの顔があり、
目玉の位置には、
黄金色の眼球が浮かんでいるだけだったあの姿を・・・。
雲が晴れ、
太陽の光が森に届き始めた頃、
ようやくトーマスは我に返った。
「・・・ニコラ爺さん・・・?」
そこに爺さんはいない・・・。
「ニコラ爺さーん、
どこいっちまったんだよー!?」
・・・森にその声は響き渡ったが、
返事はいつまでたっても返ってこなかった・・・。
彼の近くには、フィーリップが倒れているだけだった。
・・・良かった、普通に息がある。
トーマスはフィーリップを抱き起こし、
彼の身体を揺すって無理やり目を覚まさせた。
フィーリップに異常がないのを確かめると、
気が緩んだのかトーマスは思いっきり泣き出してしまう。
トーマスが落ち着くまで、何がどうなったのか、この状況をフィーリップに理解させるのは無理な話だったろう。
しばらくして、
二人は肩を組んで、
その忌まわしき森から出てゆこうとした。
・・・途中、彼らの目に、
もみ合ったままの、
二頭の馬の白骨の姿が映る・・・。
何故、そんな姿になったのだろう、
いいや、どうでもいい、
彼らには、
そんなことはどうでも良かったのだ・・・。
「ねぇ、フィーリップ。」
トーマスは、
しばらく黙りこくっていたのだが、
我慢できずにとうとう口を開いた。
話しかけられたフィーリップも、
トーマスが何を言おうとしているのか、
察しがついている、
とゆうような顔でトーマスの顔を覗く。
「ニコラ爺さんて何者だったんだろう?」
フィーリップはしばらく考えてみたが、
あきらめたように首を振って答えた。
「エックハルトの子か・・・、
さぁね?
そうだな、もしかしたら・・・、
もしかしたら聖ニコロ・・・
セント・ニコラウスだったのかもしれないな、
あの爺さん・・・。」
そう言うと、
フィーリップはきょとんとしたトーマスの顔を見て・・・、
ちょっと笑った・・・。
わんぱくトーマスと、
年上のフィーリップは森を抜け、
まぶしすぎる朝日を浴びて村に帰った・・・。
鎖に繋がれた冥府の王ヴォーダンの、
忌まわしき黒い神像を携えて・・・。
こちらの世界でもニコラ爺さんは行方不明に・・・。
次回は登場人物紹介です。