第3話
トーマスと違って、
フィーリップは気骨ある猟師の息子だ。
彼は望みを捨てようとはしていない。
「・・・爺さん、
あんたさっき、魔術を使えると言ったよね・・・?
戦うことができなくとも、
あいつらをだまくらかす事はできるかい?
・・・きっと助かる方法がある。
あいつらに遭って命を落とさなかった人もいるんだろ?
俺はヤーコブの死んだ爺さんから、
そんな話を聞いたことがある・・・。」
爺さんはじっとフィーリップを見つめて、そのうちニヤッと笑った。
「フィーリップ、
おまえは勇気があるな・・・、
わしが若い頃さえ、そんな気持ちは起きなかった・・・、
いいじゃろう、やってみよう、
トーマス!
その神像を返すんじゃ・・・、
よいか、
これから起こる事をけして忘れるな!
そして樹の上に隠れて物音一つ立ててはいかん。
・・・よいな・・・。」
ニコラ爺さんは、
フラウ・ガウデンと直接対峙するつもりだ。
下手をすると取り殺されるかも知れない。
でも、爺さんはその覚悟を決めている。
二人はそのことをはっきりと理解した。
爺さんは、
馬車の音の近づいてくる方向に仁王立ちして、
手にある杖を高々と振りかざす。
「・・・我が守護者よ、
汝の息子たる我に力を与えよ・・・、
数十年前、我は東方の部族により、
シャーマンの称号を与えられ、
汝の力を垣間見た・・・、
今、まさに汝の力を要すべし!
汝の力はこの森と等しき故に・・・。」
すぐにトーマスとフィーリップはおのが目を疑った。
・・・暗闇のうちに・・・、
ニコラ爺さんの背後に・・・、
白い、大きな影が出現したからである。
次に爺さんは声色を変え、
神像を高々とかざし、
大地を震わせるような大声を出した。
「・・・森のヴィルダーヤークト!
ナハトイェーガー!
諸々の精霊達よ!
森に生きる木々、獣、鳥よ、大地よ!
そして暗黒の天空よ!
よぉーく聞けい!!
我はうぬらの世界の住人、
エックハルトの息子ニコラなり!
我がみおやの名により、
うぬらを率いしフラウ・ガウデンを召還する!
我が声に応えよ!
さもなくば冥府の王ヴォーダンとフレイヤの力持てうぬを戒めん!!」
風はいつの間にかやんでいた。
ニコラ爺さんの怒号の後は異常に静かだった・・・。
アハヶハハハハハァーァァ・・・
突如として森からけたたましい笑い声が辺りに響いた!
ニコラ爺さんとは対照的な甲高い声だった・・・。
ニコラー ニコラー
なんであたしを呼ぶのさぁー?
あたしにいったい何の用ぉー?
子供を捕まえてご馳走でもしてくれるのかーいぃ?
「いいや! ちがーう!
フラウ・ガウデンよ、
わしは近東で冥府の王ヴォーダンの像を手に入れた。
とてつもない魔力を秘めておるようじゃが、
本来わしには不要の物。
どうじゃ?
この像が欲しくはないかなー!?」
投げてよこしておくれよー
「いいとも、
ただし条件があるんじゃが・・・!」
爺さんの後ろの白い影は静かに揺れていた。
あの影がある限り、
フラウ・ガウデンは寄っては来れないのだろうか・・・?
どんな条件さー?
「わしと、
わしの友達がこれから村に帰る、
その邪魔をせぬことと、
・・・ヤーコブという少年を返して欲しい!」
森はざわめき始める。
トーマス達は、
息を呑んでじっと事の成り行きを見守ることしかできない・・・。
エックハルトの子ーニコラー・・・
おまえには手を出さないさー
だけど・・・
夜はあたしたちのもの・・・
だから、おまえの後ろの子供達はあたし達のものだよー
この子もねぇぇー・・・?
森の闇の向こうから、
小さな血だらけの手が飛んできた。
ヤーコブの手だ!
トーマスが樹の上で騒ぎ出そうとしたが、
冷静なフィーリップが必死で彼を抑える。
「ヤーコブ・・・!」
爺さんすらも思わず叫んでいた。
しばらく爺さんは、
それから目を離さずに黙っていたが、
ついに眉をひきつらせて森に向かって叫び声を上げる!
「・・・よいか! よく聞け!
お前たちはヴォーダンを蘇らせるのに、
少しでも力がいるのじゃろう?
御苦労じゃな、
ヴォーダンが蘇るには、
あと、数千年はかかろうて!?
何の力もない人間の力を吸い取るより、
わしと取引するほうが利口じゃとは思わんのか!?」
きいゃあああははー・・・・・・
何という気味の悪い笑い声だろう。
もはや笑い声は一つの所ではなく、
森のあらゆるところから聞こえてくるようになっていた。
おーい ニコラー
あたし達は、
おまえと取引する必要はなーいのー・・・
あまえの意思にかかわりなく
あたしたちはそれをもらうからー
「わしを殺そうというのか?
エックハルトの子のわしを・・・!」
言うが早いか、
凄まじい風がニコラ爺さんに向かって吹き始めた。
風の中には黒いワタリガラスらしき生き物も舞って爺さんを囲んでいる。
例の白い影が、
大きく揺らめきだしていて、
爺さんは為すすべもなく今にも崩れそうだ。
ひゃあはははー・・・
ニコラ爺さんの白い服は、
黒い鳥の攻撃でみるみる赤くなっている。
トーマスは堪えきれず、
フィーリップを振り切り樹々の上から爺さんに向かって跳び降りた。
「ニコラ爺さん!」
トーマスもカラスの攻撃に晒され始めたが、
必死になって反撃しようと試みる。
なんだ! このクソガラス!
爺さんはトーマスのほうを向いて、
力なくつぶやいた。
と言うよりも呆れているんだろう。
「・・・ほんとうに大人の言いつけを守らん奴じゃな、
あれほど言ったのに・・・。」
「・・・だ、だってニコラ爺さん、
も、もう死んじゃうよぉ。」
爺さんはそれを聞いて、
いつものようにニヤッと笑った。
「わしが死ぬ?
いいや、この程度じゃくたばらんよ、
見ておいで・・・。」
そこで爺さんは持っていた杖を地面に三回打ち据える。
「さぁて、一角獣よ・・・
わしに手を貸しておくれ・・・。」
すると信じられない現象が起きる・・・。
地面にぽっかりと穴が開き、
額に長い角の生えた黒い馬が、穴の中から飛び出したのだ。
角の生えた馬は、
風の中を飛び回るカラスたちを、
その長い角でどんどん打ち落としていく。
「す、すげぇ・・・」
その時トーマスは辺りの異変に気づいた。
カラスが打ち落とされていく中、
トーマスは、
目の前の森の暗がりが、
まるで大きな屋敷の扉でも開いていくかのように、
一つの点を中心に拡がっていくかのような錯覚に陥った。
そしてそれは錯覚ではない・・・。
森の拡がった中心の闇の中からは、
不気味な二頭の斑馬が牽く、
得体の知れない馬車が現われたのだ。
何かの金属音の後、
馬車から二頭の斑馬は自由になったようだ。
ニコラ爺さんもわかったらしい。
角のある馬は、
いちはやく斑馬を睨みつけ、
しばらく牽制した後、
斑の一頭に攻撃をかけた!
すぐに二頭は激しい争いを始め、
残った斑の一頭はトーマス達に襲い掛かる。
ところが突然その馬は様子をおかしくした。
いまや踏み潰されるはずだったトーマスは、
一瞬何が起こったかわからない。
なんと、
フィーリップが、樹の上から馬の背中に飛び乗って、
その馬の眼球を傷つけていたのだ。
「フィーリップ!」
引っ張ってすみません。
次回で最後です。
え? フラウ・ガウデンどこ行ったって?
ちゃんと出番ありますので次を・・・。