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第2話

 

・・・それは気味の悪い像だった。

しかし、爺さんは誇らしげだ。

 「いいか? トーマス!

 これはな、

 シャルヴァというペルシアの古い神様でな、

 何でも願いを叶えてくれるんだそうだ。

 んん?

 わしのような老いぼれには、

 悪霊除けのお守りよりも、

 こっちの方が役に立ちそうだったんでな。

 ワッハッハッハー、

 ・・・んーどうしたトーマス?

 顔が青いぞー?」


冗談じゃねーや・・・と思いながら、

トーマスは無理に笑みを浮かべて聞いてみた。

 「き、効き目はあったのかい?」

 「あっただと?

 トーマス、よーくお聞き。

 わしがこの村へ帰る途中、

 カラダを壊してな、

 わしももう年じゃしもう駄目かなー、

 でも生きてこの村に着きたいなー、

 と思ってこいつに頼んだら、

 なんと次の日、

 宿に医者が来おったんじゃあ。」


トーマスのがっかり感は半端ない。

しかしそれでも、やることは一緒だ。

こいつを手に入れて、

「僕を守ってください」

と、頼むことにしよう。

かなり不安だったんだけども・・・。

 


 

ついにその日がやってきた。

トーマスはしっかり、

例の像をくすねてきていた。

明日の朝は、

全員父親に殴られるのはおおよそ間違いない。

しかし勝負に勝てば英雄だ。

 「ヤーコブ、

 やめるなら今のうちだぜ、

 親父に怒鳴られるだけで済む。」

 「そ、そのセリフ、

 そのままお前に返すぜ、フィーリップ!

 こんなかじゃ俺が一番速いんだ。

 やるだけお前は損だぞ!」

スタート地点は、

村から5km程離れた所からである。

既に日は沈み、

冷たい冬の風が吹き荒れ始めていた。

 「さあ、いよいよスタートだ。

 ルールを確認するぞ。

 俺たちは、

 これから全員バラバラに森に入る。

 ルートは自由。

 目的地には犬の頭蓋骨が置いてある。

 先に手に入れ、

 そのまま村に戻ってこれたらそいつの勝ちだ。

 先を越された奴は卑怯なマネをしないこと。

 いいかー?」

 「俺はいつでもいいぜー、トーマス。」 

 「お、おれもー!」

 「よぉーし、せぇーの、

 ・・・スタート!!」 


・・・こうして、

数時間後には洒落で済まなくなる、

最悪の肝試しが始まった・・・。



 

彼らには時を計る手段はなかったが、

時刻は8時を過ぎた頃だろうか。

風は森全体を揺らし、

この世のものとは思えぬ唸り声をあげていた。

まるで夜空そのものが生きていて、

ちっぽけな人間達の上に覆いかぶさり、

今にも人間を、

鋭い爪で捕まえに来るのではないかとさえと思えてしまう。

彼らゲルマン人の目に、

この凄まじい冬の風が、

戦場で死んだ荒ぶる霊魂の行軍と映ったのも、

無理なからぬことであろう。

目的地には、

昼間でさえ辿りつくのに二時間はかかる。

ましてや今は夜だ。

月は満月のはずだが、

厚い雲に覆われているようで、

森の大地に光は届かない。

辛うじて雲全体が、

薄く光を放っているように見えるだけである。

その気になればたいまつ等も用意できたが、

親にばれるし、

何よりも悪霊に見つかるほうが恐い。

いかに歩きなれた彼らとはいえ、

闇に包まれた森の中を走るわけにはいかない。

真夜中の森には慣れていないのだ。

ヤーコブもトーマスも、

それは計算違いをしていたようだ。

ところが父親が猟師で、

多少暗くても狩りに付き合って慣れていたフィーリップは、

ここでその能力を発揮した。

・・・彼は夜目が利くのである。

しかも、

彼は悪霊の存在に懐疑的だったようだ。

フィーリップがトップで目的地に到着したのは、

当然の成り行きだったのかもしれない・・・。

 

 


 

カラダが小さいせいか、

入り組んだ森の中では、

トーマスはヤーコブより速いらしい。

目的地に二番目に付いたのはトーマスだ。


 「へっ、なーんだ、おいらが最初か、

 ま、まあ第一関門突破ってとこかな。

 ・・・あいつら怖気づいたな・・・へへ、

 まあいいや、さっさとこの犬の頭を・・・。」


違う・・・。

犬の頭・・・?

いいや、そんなものではなかった。

いかに暗いとはいえ、

いいかげん目も慣れてきているので、

薄明るい雲の反射の光でも十分判る。

トーマスは触れる寸前、

それが、

犬の頭蓋骨よりケタ外れに大きい「馬」の頭部の骨であると気づいた。

 「うわわああああああっ!?」


 何がどうなったんだ? 

トーマスは驚きのあまり、

尻もちをついて、冷たいのも忘れてそのまま考え込んだ。

 フィーリップ! こんな事するのは奴しかいない!

 あんちくしょうめ、

 俺より早く着いたんだ!

答えを見つけるのに大して時間はかからなかった。

 「おい、フィーリップどこだ?

 手の込んだことしやがって、

 判ってるぞ、出てこいよー!」

 


 

 「・・・でかい声出すな、ここだ、ここだ。」

トーマスは、

すぐ真上から聞こえてきたフィーリップの声に、

ビクッとしながらも、

それみたかと、心の中で笑っていた。

 「やられたよ、フィーリップ、

 おまえの勝ちだ。

 あ~あ、さあ、あとはヤーコブを脅かすか?」

そう言って彼は樹を登りだしたが、

その時トーマスは、

その年上の少年の様子がおかしいことに気づいた。

 「フィーリップ?」

 「・・・俺じゃない、トーマス、

 俺じゃない、

 俺はあんな馬の骨なんて知らない・・・!」

彼の声はうわずっていた・・・。

トーマスは信じられぬという表情で、

 「よせよ、もう。

 あんまりしつこいと怒るぜ。

 それよりお目当ての犬の頭はどうした?

 何処に隠したんだ?」 

と、言った。


だが、フィーリップの答えはトーマスの思考回路を凍らせてしまう。

 「俺が着いた時にはもうなかった・・・。」


風は先程よりさらに威力を増して、

樹からぶら下げられている馬の骨が、

ガチャガチャ気味の悪い音を立てていた。

ようやくトーマスも事の意味に気づいたようである。

二人はお互い黙り込んでしまった・・・。


風は甲高い叫び声を上げ、

その声の主は、

二人のいる場所にだんだんと近づいてくるかのようでもある。

 「き、きっとオットーの奴だよ、

 あいつがこんな事するとは思わないけど、

 誰かに喋ったんだ、そうだ!

 ハンスだ、奴ならやりかねない。

 ノッポのハンス、間違いないよ!」

 「ほんとにそう思うのか、トーマス・・・?」

 


 

彼らは静かにヤーコブの到着を待っていた。

トーマスはいつの間にか、

あの黒い神像を握り締めている。

 「・・・僕を、僕達をお守りください・・・。」


その時、

ほんの数秒だったが風は静かになっていた。

その、わずか数秒の間に、

子供の・・・

ながく響き渡る悲鳴のようなものを二人は耳にした・・・!

ヤーコブのものに間違いなかった。

遠くのようでもあり、

すぐ近くのようにも感じられる。

彼らはじっと同じ姿勢のまま、

かすかな音さえも立てないようにしていた・・・。


そのまま、何十分経っただろう? 

彼らは、

自分達がやって来た森の茂みの中で、

ガサガサと音がしている事に気がついた。

それはこっちへ向かっており、

しかも何やら呪文を唱えているようにも聞こえる。

 ガサッ・・・ 狐か・・・?

いや、確かに狐は一瞬、

姿を見せたが、すぐに姿を消してしまった。

そしてその後ろにも、まだ何か・・・。


人間だ!

森から姿を現したのは、

長いつばの帽子をかぶり、

白いひげを蓄えた、びっこの老人であった。

 


 

老人はキョロキョロ、

辺りを見回して突然大声を上げる。

 「フィーリップ!

 トーマス達もいるんじゃろう!? 出ておいで!」

 「ニコラ爺さん!」

二人は急いで樹から飛び降り、

白いローブの爺さんに抱きついた。

 「馬鹿モンが!

 夜の森の中に出て行くとは何事じゃ!」

トーマスはわっと泣き出した。

 「ごめんなさい、ごめんなさい、

 もう二度としません・・・。」

・・・しないから・・・、

あとはもう言葉にはならない・・・。

爺さんは、

二人が落ち着くのを待ってから、優しく声をかけた。

 「よしよし、・・・それでお前たち、

 森の中へ入ったのは、お前たち二人だけか?

 ヤーコブはどうした?」

トーマスも泣くのをやめ、二人は顔を上げる。

 「どうしたって・・・

 ニコラ爺さん、ヤーコブには会わなかった・・・の?」

 「いいや? ここに来るのか?

 後でおまえら三人おしおきじゃぞ。」

トーマスとフィーリップは顔を見合わせる。

 「爺さん!

 それじゃあヤーコブが大変だ!

 さっきあいつの悲鳴がして・・・!」


二人は事の次第を全部爺さんに話した。

話し終えた時、

爺さんは黙りこくってしまった。

 「ニ、ニコラ爺さん、

 ヤーコブに会ってないなら、

 どうして僕らの居場所がわかったの?」

 


爺さんはニヤッと笑う。

 「ハッハッハ・・・、

 さっき、灰色狐がおったろう?

 アヤツに匂いを嗅がせてきたんじゃ。

 わしにしかなつかんがのう。

 お前らに気づいて行っちまったようじゃな?

 ・・・全く、

 お前らの親に頼まれたんじゃが、

 村じゃ大騒ぎじゃよ。

 頑強な大人の男でも、

 この時期森に入ろうとはせんからの・・・。

 しかし・・・、

 ヤーコブが捕まったとなると、

 いくらわしでも・・・。

 世界中のあらゆる魔術を見てきたが、

 悪霊に捕まった者を助ける術など・・・、

 まして殺されちまったら・・・。」

 「駄目なのかい!?

 ニコラ爺さん、何とか助けてあげてよ・・・

 そうだ!

 爺さんの願いが叶う神像があるよ。

 これでヤーコブが助かるようにみんなで祈ろうよ!」

勝手に持ち出した事を怒られるかもしれなかったが、今はそんな事は些細なことだ。

だがニコラ爺さんは、

しばらくトーマスの取り出した像を見ても怒りはしない。

その代わり、しばらくしてからゆっくりと首を横に振った。

 「・・・おまえ、それをここに持ってきていたのかい。

 ・・・トーマス、よぉーくお聞き。

 そいつはな、

 ペルシヤの嵐の神じゃ、

 わしらのヴォーダンと同じな・・・。

 同じ神なのじゃ!

 つまり森の精霊達にしてみれば、

 これは自分達の主人の像。

 こいつがわしらを助けてくれるかどうか知らぬが、

 この像は確実に森の精霊達を呼び寄せる。

 もはや、

 わしが来ても手遅れかも知れん、

 わしの魔術では奴らを打ち払う事はできぬ・・・。」

 


トーマスは絶望のあまり、

カラダを震わせながら再び泣き出した。

 「そ、それじゃあ、

 僕らは助からないの?

 ぼ、僕も、フィーリップもヤーコブも・・・、

 ニコラ爺さんも!?」

爺さんは何も言わない。

ただ、

・・・彼ら二人を強く抱きしめただけだった・・・。 


・・・どこからか、

風に混じって馬車の音が聞こえたような気がした・・・。

今や森は、

恐ろしい意思を備え、

森に迷い込んだ獲物を取り囲んでいるかのようでもある。

しばらく黙っていたニコラ爺さんだったが、

やがて森の様相が変化していくと、

その「境」を見極めたかのようにゆっくりと口を開いた・・・。


 「彼女じゃ・・・

 フラウ・ガウデンじゃ・・・。」

 


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