外伝 精霊たちの森
レディ メリー第3章の元となった物語です。
書き出しはほぼ同じようなパターンですが、
マリーやエルマーは出てきません。
存在はしてますけどね。
あちらとは別世界の物語としてお読みください。
小屋の外は風が吠えている・・・。
冬が近いこの頃は特に勢いが強い。
このシュレージェン地方では、
風の強い冬の夜は誰も外へ出ない。
日が沈めば、
森を支配するのは「夜の狩人」か悪霊、
・・・そして恐ろしい魔女だけなのだから・・・。
「・・・フラウ・ガウデンはの、
夜の森に現れるんじゃ、
彼女は二頭の馬が牽く馬車に乗っておる。
彼女の魔法に引っかかった者には、
その姿は美しいお姫様に見えるじゃろう。
しかし・・・、
その正体は顔にカビの生えた老婆じゃ。
立派な馬車も、
ボロボロで蜘蛛の巣だらけ、
馬に至っては首がない・・・。
彼女に連れて行かれて、
戻ってきた者はいない。
だから夜の森には誰も出て行かないのじゃ・・・。」
ニコラ爺さんはいろんな事を知っている。
爺さんはあちこちを旅してきた人だ。
いつの間にか村から消え、
何年かしてからまたひょっこり戻ってくる。
当然、身寄りなんかいない。
ただの乞食といってしまえばそれまでなんだけども。
でもこの村では、
この爺さんはみんなに大事にされている。
いつだったか、
西の村で疫病が流行った時、
たまたま旅から帰ってきた爺さんが、
いち早くみんなに知らせて、
この村は事なきを得た、
なんて事もあるからだ。
小屋の中では、
村の子供達が爺さんの話しに夢中だった。
好奇心の強い、わんぱくトーマスは、
思いつくと人の話の途中でも構わず口を開く。
「・・・ねぇ、
・・・ニコラ爺さんも魔女に遭った事があるのかい?」
「わしかね? あるともさ!
わしがおまえらのような、
子供の時じゃ、
親父の言いつけを守らずに、
夜の森に出ちまってな、
森の真ん中まで来たときに、
向こうから馬車のガタゴトいう音がした・・・。
急いでわしは大きな樹木の後ろに隠れたんじゃ。
・・・そぉっと覗くと、
首のない馬が通り過ぎていった・・・。
馬車の窓からは、
醜いカサブタだらけのフラウ・ガウデンが顔を出していた。
しばらくの間、
わしは怖くて一歩も動けんかったわ・・・。」
風の音はますますひどくなっていて、
トーマスたちには、
大きな獣のお腹の中にでも、
閉じ込められたようにすら感じているだろう。
年寄りのこういった語りは、
子供たちにとっては欠くことのできない娯楽だ。
また、これらの森の伝承は、
彼らにとっては全て現実の出来事であり、
人として生活していくためには必須の知識でもある。
・・・とは言うものの、
夜が近づいてしまえば誰もが家に入らねばならない。
既に日も沈みかけていたので、
ニコラ爺さんは話を締めくくってみんなを家に帰らせた。
「ヤーコブ! おまえ、
爺さんの話を聞いて恐くなっちまったかあ?」
「な・・・なに言ってんだ、
トーマス!
そ、そんなわけあるかよ、
恐くねーぜ!」
わんぱくトーマスは帰る道々、
何かたくらんだようだ。
「へえ、そうかい?
フィーリップ、オットー、
おまえらはどうだい?」
「別にぃ、トーマス、
何たくらんでんだぁ?」
と、フィーリップ。
「いやあ、どうだい?
今度『ユールの日』の頃に一人ずつ、
夜の森に入って度胸試しをするっていうの?」
三人の男の子はあっけに取られていたが、
年上のフィーリップが辛うじて口を開いた。
「正気かお前!
冬の夜に森に入れるわけないだろう!
親父達に絶対に見つかっちまうし、
森の中にはフラウ・ガウデンだけじゃないんだぞ!」
「わかってるさ、
戦争で死んだ人達の悪霊だろ?
爺さんが前に言ってたな。
嵐の神ヴォーダンとフレイヤが率いる『夜の狩人』だな。
・・・だからいいのさ。
もちろん、見返りがなくちゃ。
どうだい?
行って帰ってきた奴には、
春の祭りの時、
歌好きのマリーを誘える権利を得られるってのは?」
「・・・トーマス、それが狙いかよー。」
「へっへー♪」
「冗談だろ?
日が一番短い『ユールの日』っつったら、
奴らが一番現われる頃だぜ。
忘れたのかよ?
村はずれのヨーゼフさんとこ、
夜、灯かりをつけて機織の仕事をしてたら、
奴らに見つかって、
家の中に血だらけの馬の脚を投げつけられたのを!
それが元で一ヵ月後には、
カラダ中から血を噴きだして死んじゃったじゃないか!?
夜はあいつらの物なんだ。
起きてるだけで村の中にまでやってくるんだぞ。
生きて帰れるもんか!?」
「いいんだよ、オットー、
やなら・・・。
フィーリップも嫌か?」
「くそー、
マリーを賭けられたんじゃしょうがない、
俺はやるぞー。」
「お・・・おれもやるー・・・。」
ほぼ計画通りに事が進んでトーマスはご満悦だ。
「よーし、
俺とフィーリップ、ヤーコブの三人で勝負な。
詳しいルールは後で決めよう。
ほんとに暗くなってきやがった。
今から良い子にしてないと父ちゃんの監視がきつくなるしな。
じゃあな、みんな!」
「お、おれはどうなっても知らねーぞー!」
「告げ口すんなよー、オットー!」
年末には、
毎年恒例の数々の行事が村で行われる。
お馴染みのサンタクロースも、
この時代、この地域では我々の知っているものとは形が違う。
このシュレージェン地方では、
12月6日に行われる仮装行列、
「聖ニコロ(セント・ニコラウス)とクランプス鬼」の行進は、
年越しをして春を迎えるための儀式の一つであった。
ゲルマンにおけるマレビト信仰である。
さて、
トーマスは例の賭けに絶対の自信を持っていた。
彼だって死者や魔女はとても恐い。
だけど、
トーマスにはみんなを出し抜ける策があったのだ。
フラウ・ガウデンは、
そばに人間がいれば例え眼に映らなくとも、
その人間の匂いで分ってしまうという。
だけどニコラ爺さんは見つからなかった。
ニコラ爺さんは悪霊除けのお守りを持っているんだ。
トーマスは、
爺さんが以前旅に行く前に、
悪霊除けのお守りを持っていたのを覚えていた。
彼はそのお守りを、
爺さんから借りるかかっぱらう予定であったのだ。
「ニコラ爺さん、
ずっと前に悪霊除けのお守りを見せてくれたよね・・・?」
「ああ? そうだったっけか・・・?」
「ねぇ、ちょっと見せてよ。」
爺さんは黙ってた・・・。
トーマスは一瞬やな予感がしたが、
しばらくすると爺さんは笑い始めた。
「ああ、あれか!
あれはな、前の旅先でペルシアの商人にやっちまったわい!」
「・・・やっちまったぁ!?」
「もちろんただじゃあないぞ・・・、
見とれ・・・、お? 待てよー・・・。」
そう言って、爺さんは小屋の奥のズタ袋から小さな黒い像を取り出した。
この物語も分量は少ないです。
なお、外伝二本も掲載したのは、
全てレディ メリー最終章に繋げる為です。