緒沢タケル編2 タケルと愚者の騎士 罪
「ひ・・・日浦さん!」
それはまるで、悲鳴にも似たタケルのうめき声だった。
日浦も何が起きたのかと、
タケルの見下ろすものへと駆け寄っていく。
そして・・・
あまりのおぞましさに吐き気さえもよおしたのは日浦も同じだった。
そこにあったのは、
頭部が異様に膨れ上がった人間の胎児がそこに横たわっていたのだ!
鼻や口にはいくつものコードが巻かれている・・・。
目なんか開いているわけもない。
まるで蛙のようだ・・・。
日浦は周りの機材を確かめる・・・。
「生きている・・・。
いや、生かされていると言ったほうがいいのか・・・!」
「な! こ、これ、人間ですよ、・・・ねぇ!?」
日浦はすぐには答えずに周りを観察する。
「・・・見ろよ、タケル君、こっちも人間のようだよ・・・。」
タケルは振り向くのが怖かった。
後ろの直立するガラスケースに詰まっているのも人間だって言うのか?
ゆっくり・・・
タケルは怯えるかのようにゆっくり首を曲げた・・・。
にん ・・・げん?
ガラスケースの中にいる「物」の口と思われるところから気泡が見える・・・。
やはり生きているのか!?
では、・・・この異様な体毛は?
関節が人間のそれとは違うのに?
こっちは眼球が開いているが、
顔面から浮き出て今にも顔から零れ落ちそうだ・・・。
指先などは・・・
いや、蹄といったほうがしっくり来る。
「ナンだよ、これぇ!?
日浦さん・・・これ、いったい!?」
「・・・最初から『こう』だったのか、
・・・それともこの会社の手術でこうなったのかは、
調べてみないとわからないが、
彼らが人身売買を行っているという情報が、僕らの組織に入ってきてね。」
「じ、人身売買!?
こ、この21世紀に!?」
特に根拠はなかったが、先ほどの脳手術を受けた者たちに関しては、
ある程度自己責任というか、浮浪者や逃亡犯罪者のなれの果てみたいな印象を受けた。
だが、こんな胎児や新生児に、なんの罪があるというのか?
日浦は冷たい顔で、タケルに振り返って言う・・・。
「そんなものはどこにだってあるさ、
この日本では珍しいだけなんだけどね・・・。」
「嘘だろ・・・、こんな赤ん坊を・・・?」
「別に驚く事じゃないだろ、
キミだってニュースぐらい見てないのかい?
高校生が子供を生んだだの、
病院の前に赤ん坊が置き去りにされただの、
それこそ、ニュースにもならないが、
望まれないで生まれてきた子供なんて沢山いるさ。
捨てるぐらいなら売ったほうがよっぽどマシ・・・、
そう考える親がこの世には溢れるほどいるのさ・・・。」
冷静に答える日浦の口調は、
非道を憎むタケルの心に火をつけてしまったようだ。
「・・・ハァ!? ふぅざけんなよ!
親が子供を売ったぁ!?」
「勿論、誘拐も考えられなくもないが、そんなことしたら後々面倒だ、
・・・直接、親から買い付けるのが、一番危険が少ないんだろう。」
「冗談言うなよ!
そんなもんがこの東京でまかりとおっているつーのかよ!!
警察にも新聞にも見つからずにぃ!?
どんだけ腐っていやがんだぁ!!」
別に日浦に文句を言ってもしょうがないのだが、
タケルは、この湧き上がる怒りを何処にぶつけていいかわからない。
一方的に責められたカタチの日浦は、
詰め寄るタケルを反論するかのように右手で払う。
「問題はそれだけじゃない・・・!」
「ああ!?」
「肝心なのは、
日本の医療はまさに、こういった奴らに支えられているってことなんだ!」
「え・・・、そ、それって・・・。」
「この企業はキミだってテレビの宣伝で知ってるんだろ?
ここの薬を飲んだりしたことは?
キミの近所で、大怪我したり大病を患ったり・・・、
長い事入院して治療を受ける人たちの為に、
この企業は貢献してきたって事さ!
・・・こいつらは軍事転用目的が第一だと思うが、
大昔から医療なんてもんは人体実験の結果で進歩してきたんだよ!」
「そんな・・・。」
勿論日浦にそんな奴らを擁護したり弁護する気持ちなどさらさら無い。
彼の目的は、タケルのこの世界のあるがままを認識してもらう事。
それがタケルを連れてきた理由なのだ。
「人間なんて愚かなものだよ・・・、
キミだって気づいてるはずさ、
気づかない振りをしてるだけなんだろ?
自分たちが生きるために、大勢の動物の命を奪う、
いや、生きるためならまだいい!
自分達の為に殺された動物の事など、気にもせずに出された食事を食べ散らかし、
大量の残飯を放出する・・・。
世界じゃ、三日に一回、食事ができるかどうかもわからない子供もいるってのにな!
それに医学の発達?
確かに目覚しいものがあったな、
アフリカの奴隷達を片っ端から捕まえて実験を繰り返した。
そのおかげで人間の寿命は大幅に進歩したよ、
そうしてまたさらに、世界の森を消滅させ、動物の命を奪い、
結局、こんな共食いみたいな歴史を繰り返すのさ!」
「日浦さん・・・あんたは・・・。」
いつのまにか、タケルより日浦のほうが興奮していた・・・。
そしてそのことに日浦も気づいたのだろう、
息を整え、タケルに改めて話しかける。
「すまない、
ガラにもなく興奮してしまったようだ、
勿論、キミを責めてるわけじゃない・・・。
いや、個人を責める事などできやしない。
これは・・・人間全体の罪なんだ・・・。」
「人間の・・・罪?」
「そうだ、
誰も自分たちがやってることを悪だなんて、夢にも思っていやしないんだ、
なぜなら、みんな、
家族のため、会社のため、客のため、国のためなんて、
いい事をしているつもりなんだ。
・・・その結果、周りをどんなに食いつぶそうが気にもとめない、
それでどんどん、破滅への螺旋を堕ちていくのさ・・・。」
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ!
今はこの製薬企業の・・・!」
もはや先ほどの立場は逆転している。
いまや、タケルの方が押されているくらいだ。
「そうとも、彼らは言うだろう、
この研究は医学の進歩のため、病に苦しむ病人を救うためってね、
結局は、・・・同じ事なんだよ。」
「日浦さん・・・。」
「わかるかい、タケル君。
これが僕ら騎士団の本当の使命なんだ。
単に悪を裁くだなんてことじゃない、
犯罪組織をつぶすつもりだけでやってるんじゃないんだ、
今、僕らは何をすべきなのか、
みんなの目を覚まさなきゃならない、
キミだって事実を知って怒りに震えただろう?
きっと、みんな気づけば変われるんだ、
この間違った世界をね・・・!」
日浦は更に言う。
「これが本当にキミに教えたかった事さ。
この世界の真の姿・・・
スサの血を引くキミがそれを見てどんな反応をするかね?
安心したよ、
キミは純粋に怒りの感情を見せてくれた・・・。」
「オレに・・・、オレに何をしろってんです!?」
「早急に何かをしろってわけじゃない・・・。
まずは考えて欲しい。
それにもし、キミがスサで権力を振るえる立場になるなら、
この世界の行く末も左右できることになるわけだからね・・・。」
「・・・世界の!?」
いくらなんでもそれは大げさすぎだろ?
だが、今はそれよりも・・・
バァンッ!!
その時、乾いた激しい音が、二人のそれ以上の会話を許さなかった。
そろそろ大詰めです。