緒沢タケル編2 タケルと愚者の騎士 片鱗
それは奇妙な光景だった・・・。
日浦の腕を掴んだ大男の手首を、
回復したタケルの腕が、さらにまた握りしめていたのである・・・!
「タッ・・・タケル君っ!?」
「てんめぇぇぇぇ・・・! ゲホッ、
よくも後ろからやってくれたよなぁぁぁ!?」
大男とタケルはそれぞれ腕に力を入れ始める・・・!
大男も睾丸を蹴られた恨みのためか、
その形相は怒りのものに変わっている。
残る片手で日浦を突き飛ばし、そのままタケルに力勝負を持っていくようだ!
だがそれに大人しく付き合うタケルでもない。
合わせようとする腕を弾き、
大男の胸元にこれまた大砲のような正拳を叩き込む・・・!
だが。
「・・・フッ、フッハッハッハッハァ!」
これも効いていないのか!?
驚くタケルの顔を見て大男は笑い始めていた。
どうする!?
弾き飛ばされた日浦は起き上がりながら、催眠スプレーを手にする・・・。
タケルが抑えていてくれたら、
男に浴びせることも可能だろうが、
この手段にしてもタケルに被害が及ぶ。
タケルの巨体を置いていくわけにも、担いでいくわけにもいかない・・・。
ましてや相手がプロなら、呼吸を止めることにより、
その効果を半減させてしまう事もあるだろう。
・・・やはりナイフを抜くか・・・
この体勢のままなら、なんとか・・・!
「やめろっ!!」
その叫び声の主はタケルだ・・・。
そしてその声は日浦に向けられていた・・・。
「タケル君!?」
「十分ですよ・・・、日浦さん!
この程度の相手ぇ・・・! 」
タケルはそう言って、抑えていた腕を放した・・・。
そのまま少し後ろに下がり、
中指を立てて挑発する・・・!
「さぁ、来いよ・・・白豚野郎ッ!
そのご大層なカラダ、潰してやるよぉっ!!」
「無理だ、タケル君! 相手はプロ・・・!」
日浦が叫ぶ間もなく、大男はタケルに突進!
今度はタケルを掴まえるつもりだろう、
だが、
タケルもその腕を全て捌いてゆく・・・!
完全にタケルにスイッチが入った!
彼は体勢を低く構え、
膝の角度を柔軟に曲げ、
・・・しかしながらその足は一歩も動かさずに、
足首から膝、腰、そして両腕の捌きだけで、
全て敵の攻撃をかわしているのだ。
上半身は地面に対して完全に垂直のまま・・・!
日浦も中国武術は門外漢だが、
タケルの完璧な「いなし」を驚嘆するしか出来ない。
これが落ちこぼれと言われた緒沢タケルなのか!?
・・・ここまできて大男は、じれて完全に自分の肉体を過信した。
上から圧し掛かってでも、タケルのカラダを掴まえようとしたのである。
・・・そしてタケルはそれを待っていた!
瞬間タケルのカラダが沈み込む!
後方に円を描く動きで、大男の体重を逸らし、そのエネルギーを逃す・・・
いや、逃すのではない!
後ろ足で大地を踏みしめた力を更に加え、
弧を描きながら再びエネルギーを前方へ還元!!
既に掌は大男の胸を捉えている・・・
密着している!
膨れ上がったエネルギーは、
分散される事なく強烈な衝撃波となって、一気に大男の内臓に向かって爆発!!
これが「勁」だ!
間合いは全く必要としない、
自らの肉体から起きる波動をそのまま相手に叩き込む!
その衝撃は筋肉の鎧に影響される事なく、津波のように敵の内臓を貫くのだ。
そしてその威力は・・・!
ドザァッ!!
日浦の首は後ろを向いていた・・・。
いや、日浦だからこそ、反応できたのだろう、
常人なら大男が突然視界から消えたように見えたかもしれない。
大男は日浦の脇をすっ飛び、
はるか後方10メートル程の所に転がっていたのだ。
この巨体が!?
もう、男は悶絶しながら転げまわるだけだ・・・
内臓が破裂しているかも・・・。
首を戻してタケルを見た日浦は、
背筋が寒くなるほどの戦慄を覚えた。
髪も長めの無造作ヘアーで、この長身・・・、
まるで鬼人だ・・・。
暗がりでもあるせいか、その形相ははっきり見て取れるものでもない。
だが、その闇に光る二つの眼光は、
狩猟動物のそれである。
冗談じゃない、
地上のフロアで警備員を攻撃した時など、
まるで本気じゃなかったのだ。
だが、日浦もいつまでも驚いているばかりもいられない。
すぐさま我に返ってタケルに声をかける。
「すごいな・・・、
強いとは聞いてたけど想像以上だ・・・!」
そこで、タケルもようやく戦闘態勢を解く・・・。
「い、いえいえ、まだまだ、
達人クラスだと、触れただけで20メートルはすっ飛ぶそうですよ?」
「僕の仲間に、
形意拳という武術を使うものがいるけど、いい勝負をするかもね?」
「ホントすか!?
そりゃ機会があれば組み手でも是非!!」
周りに、もう所員がいないことを確かめると、
日浦は手近な扉のロックを外そうとする。
・・・だが、このフロアのロックは、
上のフロアのカードキーでは全く反応しない。
さらに厳重な秘密があるのか?
諦めた日浦は転がっている大男の所まで戻る・・・。
生きてはいるようだ。
泡を吐いて白目を剥いているけども。
もう反撃できやしまい。
途中でタケルも日浦の意図に気づく。
「あ、まさかそいつが・・・。」
「当然持ってるだろう、ここの番人ならさ。」
ビンゴ!
衣服の中からカードを取り出した日浦は、
最寄の部屋へともう一度向かう。
ピッ!
ロックが外れる・・・。
日浦は一度、タケルに視線を合わせた後、
そっと扉のノブをまわした・・・。
この部屋も照明はついていないが・・・、
タケルも・・・日浦も、
これまで見てきた部屋の異常さから、
この部屋についても、何らかの衝撃を受ける事になるだろうとは予想は出来ていた・・・。
だが・・・、これは・・・?
部屋のあちこちに光が浮かび上がっている・・・。
ガラスのショーケースや、直立する円筒状の透明な容器・・・。
それぞれ中に何かがいるが、
まだこの位置からでは判別できない・・・。
いくつものコードやパイプがその円筒状のガラスにつながっている。
ピッ ピッ ピッ・・・
そこから聴こえてくるのは規則的な機械音のみ・・・。
タケルは自然に足を踏み出していた。
一体あの中には何が詰まってるんだ?
不意に、
タケルの歩く途中で、手近な机の脇にも、
彼の腰の高さぐらいのベッドがあるのに気づいた。
・・・まるで病院の新生児を寝かせるためのような・・・
タケルの目が見開いた・・・!
まるで信じられない物をみたかのように・・・!
李袞
「呼ばれた気がしたのだが。」
日浦
「まだ早いまだ早い!!」
なお、今回タケルが使った技は「抱虎帰山」と呼ばれるものです。たぶん。