緒沢タケル編2 タケルと愚者の騎士 奇妙な浮浪者
あ、まだ事件起きなかった・・・。
「・・・ふぅ~、話し込んでたら遅くなっちゃった・・・。」
膝丈パンツにリボン使いのストライプブラウス、
清潔感を感じさせるその女性は、暗がりの道を歩いていた。
短大の友人たちとの集まりの帰りなのだろう。
暗がりと言っても道幅は広く、通行人も車もそこそこ多い。
身の危険を感じるような状況でもなく、
ただ単に、早く家に着きたいというだけで、
彼女、美香は足早に歩いていた。
(タケルも今日は遅くなるっつってたっけ、
ご飯は自分の分だけでいいかな?)
・・・しかし、どうせ、
食べ盛りのタケルは夜中に帰宅しても何か食い物を漁るのだ、
余分に作っておくか・・・。
そんな現実的なことを考えていたのだが、
美香が商店街を抜け、閑静な住宅街に差し掛かるとき、
自分の視界に怪しい人影が映るのを気づいた。
・・・まさかまた・・・。
普段、街中を歩いていても、周りへの注意を怠らない彼女だ、
しかも先日、正体不明の外国人の襲撃を受けた直後。
美香は、いつでも荒事に移れる心の準備をする。
美香の視線はあくまで歩く先を・・・、
しかし、視界の隅ではその怪しい人物に意識を向ける。
余計な挑発もする必要はない。
だが、その男は・・・、
間違いなく美香に向かって近づいてきたのだ・・・!
「!?」
それは一人の老人だった・・・!
目深に帽子をかぶり、白い髭を蓄え・・・
そして杖をつくガタイの大きな老人。
浮浪者のようにも見える・・・。
こないだの襲撃者とは無関係なのは一目瞭然だが、
そんな浮浪者に心当たりも無い。
一瞬、気を取られた美香は足を止める・・・。
そのことを確認したのか、
小汚い浮浪者はニヤッ・・・と笑ったのである。
ふつうの女性なら、怯えて騒ぐか逃げ出すかもしれない、
だが、美香はそんじょそこらのか弱い女性ではない。
堂々と近づいてくる浮浪者の目を、真っ直ぐと見つめ返した・・・。
見ればこの老人、片目が潰れている・・・。
しかも日本人ですらない・・・。
それなのに、この老人は流暢に口を開いたのだ・・・。
「・・・やぁ、こんばんわ、お嬢さん・・・、
アンタの・・・
生まれてきた役目を果たす時が近づいて来たよ・・・。」
老人は美香に反応させるスキを与えなかった。
何事もないかのように美香の隣をすり抜け、
そのまま、足を微妙に引きながら立ち去っていく。
美香は足を止めたまま、
視界から小さくなっていく老人を振り返った・・・。
いったい、何なの・・・?
ただの浮浪者・・・?
いや、もしかしたら「私たち」に・・・
何か関係のある人?
言葉は何か不気味な響きを備えているようにも思えるが、
老人本人には、何の悪意も敵意も感じない・・・、
むしろ暖かい感じすらするが・・・。
カァーッ・・・!
その時、一羽の大きなカラスが空を舞った。
その鳴き声を美香が追うと、
その鳴き声の主は、なんと先ほどの老人の肩に止まる。
ペットなのだろうか?
美香はこの不思議な体験を、
他人事のように興味深く考察してみたが・・・、
やはり、一番気になったのは、
老人がすれ違いざまに話しかけてきたセリフの意味だ。
「自分の役目」・・・?
役目って?
いや、気にするほどではないのだろうけど・・・。
そして美香は、その大きい瞳を瞬かせ、
やがて何事もなかったかのように、自宅に向かって歩き始めた。
「・・・たでぇまぁ~・・・。」
これはタケルの声だ。
深夜2時・・・。
時間が時間なので、小声で家の扉を開ける。
どうやら今日子達と、カラオケで盛り上がっていたようだ。
遅くなるとは言ってあるので、まぁ美香に怒られることはないだろうが、
やはり気を使わざるを得ない。
暗い玄関の明かりをつけ、
タケルは静かにダイニングと冷蔵庫の食い物をチェックする。
お? 煮物発見・・・
お釜にメシは・・・美香姉ぇ、さんきゅ~!
軽く食事をレンジで暖めている間、
タケルは荷物を持って静かに階段を上がる。
階段や廊下は、古い家なのでどうしても音がなる。
タケルは、美香が既に寝入っててくれる事を願う。
・・・自分の部屋に荷物を置き、
身軽なスェットに履き替えて部屋を出ようとすると、
おもむろに美香の部屋の扉が開いた・・・。
「・・・あ、と、
・・・ただいま・・・美香姉ぇ・・・。」
美香は扉から、
にょきっ、と頭だけ出して無表情でタケルに話しかける。
「お帰り・・・、ご飯食べるの?」
「あ、ああ、ちょっとだけね!
ありがと、オレの分も残してくれてたんだな?
・・・でも、美香姉ぇ、今まで起きてたのか?」
いつもは美香は、遅くても12時前後にはベッドに潜る。
タケルが夜更けに帰る事はざらにあるが、
わざわざ弟の帰宅を待つまでもなく、
いつもの彼女はさっさと寝てしまう。
何かあったのだろうか?
・・・美香はそのまま質問には答えない。
顔の表情も崩さない・・・
それは単に眠いだけかもしれないが・・・。
オレ、何かやらかしたっけ?
タケルは思わず自分の今日の行動を振り返るが、
・・・思い当たる節はない、
それに美香が怒る時はこんな反応はしない、
・・・その時はもっと直接的だ。
お爺さんの役目はこれだけです。
レッスル「え、うそ?」