緒沢タケル編1 疑念
この時、日浦の顔に、
少しためらいの表情が浮かんだように見えた。
「依頼主か・・・、
僕が勝手に調べているだけさ。」
いくら頭の鈍いタケルでも気付く。
何故、どこからも依頼がないのに、勝手に人の周辺を調べまわっているのか。
そして何よりも、関係者でもないのに、
どうして先日の襲撃事件の事を知っているのか?
タケルは目の前の人物に対する警戒心を少し強めた。
「どうして・・・ですか?
じゃあ、これは仕事じゃなくて?」
タケルの指摘に日浦良純は一つの覚悟を決める。
「ああ、ではもう一つ正直に言おう、
僕は確かに探偵だが、実はもう一つ別の顔がある。
国際的な某組織からこの日本に送り込まれた一種のスパイ・・・、
そう思ってくれてもいい。
そして美香ちゃんはそのことも知っている。」
「はぁぁ!?」
タケルにしてみれば、
緒沢家の秘密にされていた伝説より、
こっちのほうが信じられない話だったようだ。
「信じられなければ、国際的なNGOの団体の一員とでも思ってくれよ、
スパイったって非合法な活動をメインにしてるわけじゃない。
むしろ、当該国の法で裁けないような、悪質な団体を摘発するのが主な仕事だしね?」
・・・そんなこと言ったって・・・。
「えっ、じゃあ、その仕事の延長上で今度の事件を?」
「そんなとこかな・・・。
さっきも言ったように、緒沢家が伝える伝承は、
国によっては重大なタブーになりうる。
僕の仕事の一つには、
・・・気を悪くしないで欲しいが、
『緒沢家』を監視する役目もあるんだ・・・。」
ここに来て話の風向きが変わる。
監視・・・?
この男は悪人ではなさそうだったが・・・
いや、ていうか話の流れだとこっちが悪人扱いされてんのか?
「僕らの組織の名は『騎士団』・・・。」
発祥は中世イギリス・・・元は宗教ギルドのようなものだそうだよ、
キミ達の・・・『スサ』とは組織の性質も名目もまるで違うが、
かなりの昔からお互いの存在は認識していた。
あ、そんな大袈裟に捉えないでくれていいよ?
僕がこの日本を任されてから10年ちょっとなんだが、
別にそれぞれ対立しあっている訳でもない。
・・・いや、そのほんの10年前くらいに、少しだけイザコザがあったが、
美香ちゃんが総代になってからは平和なもんだ、
ただ、やっぱり監視を外すことはできないんだよ・・・。」
「イザコザ?」
「キミ達のご両親が亡くなられた事件は覚えているかい?
交通事故だったね?
結局、加害者は見つかっていないままだ・・・、
その時、キミ達のスサ・・・。
特にお爺さんや、幹部達に僕ら騎士団が疑われたのさ・・・、
ご両親を殺したのは僕らだとね・・・。」
タケルの動きが止まる・・。
何 だ っ て・・・!?
タケルの反応に、
日浦は自分の発言を後悔したようだ・・・。
(そこまで話さなくても良かったか・・・?)
騎士団の仲間が聞けば頭を抱える話だ。
本人は誠実さを示したいだけなのかもしれないが、第三者から見ればどう考えてもここで話すような内容じゃないと誰もが思う。
「愚者の騎士」とまで呼ばれる異名は伊達ではないのだろう。
すぐさま取り繕うかのように言葉を続ける。
「・・・誓って言うが、着任した以上、日本国内での騎士団の活動責任者は僕だ・・・、
僕を通さずにそんな指令が実行されるなんてありえない。
そして、僕にしたってまだ二十代そこそこの若造だ、
当時、緒沢家に関してだって、まだほとんどの情報を得るだけの時間もなかった。
ありていに言えば、
着任したてで、まだ仕事をこなすのにいっぱいいっぱいだったってことさ。」
だが、タケルの目の光は変わらない。
驚愕と疑惑・・・。
仕方ないよな・・・。
日浦は幾分諦めたようだが、言葉を続けるしかないと思ったのだろう、
構わず話を進めた・・・。
「その時の結果は・・・
新しくスサの総代を継ぐ事になるキミのお姉さん・・・美香ちゃんが解決してくれた・・・。
なんなら聞いてみるといい。
それ以来、騎士団とスサに事件は一切起こっていない。
もっとも騎士団本部では彼女の評価はうなぎのぼりだよ・・・。
当時、10歳にもなってない女の子が、
国際的な組織同士の対立を一気に解消させ、圧倒的な指導力でスサを纏め上げたのだから。
更には天才的な剣技とカリスマ・・・
成長してからは高貴な美しさも備わってきた・・・。
・・・これまで、何の問題もなく、
国内外のスサの幹部達をまとめきっていたんだろうね。」
日浦は慎重に会話を続ける。
「タケル君・・・ここまでは、いいかい?」
「あ、・・・ははい。大丈夫です・・・。」
「恐らく、今度の襲撃事件も、
人によっては、・・・僕ら騎士団の関与を疑う人間もいるかもしれない。
だが、僕らにしてみれば、
美香ちゃんがスサの総代でいてくれることは、騎士団にとっても都合がいいんだ。
お互い無益な対立を生む要素が限りなくゼロに近い・・・。
彼女はそういう人間だ、
それはタケル君、キミが良く知ってるのじゃあないか?」
それは勿論そうだ、
美香の実行力、判断力、そして指導力は確かに群を抜いている。
だが、決して、それを以ってムチャな行動を起こすことはない。
「そうですね・・・、
でも、あいつ等、物盗りってわけでもないってことなんですか?
じゃあ、あいつらの目的と正体は・・・?」
「それは・・・さっきも言ったように証拠も何もない。
物盗りなのかもしれない、
・・・でも、ひっかかるんだ、
彼らは日本人でも欧米人でもなかったんだろう?
作為的な予感があるんだ。
わざと『どちらの陣営でもないかのような印象を狙っているのではないか』、とね?」
「・・・そういう、もんすか?」
「考えすぎかもね?
でも、こう考えたらどうだい?
美香ちゃんに万一の事があって、得するのは誰だろう・・・ってね?」
途端にタケルは身を乗り出す。
「どういうことっすか!?」
説明回は次回で終わりです。
そして
その後は新たな事件が・・・
ん、新たかな?
確か以前どこかでその物語を書いたような・・・。