緒沢タケル編1 不審者
そしてこちらは・・・その姉、美香。
いつもなら大体二人で食事を作る。
たまにタケルがアルバイトをしていたり、美香が所用で遅くなりそうなら、
片方が食事を作るだけだ。
今夜は珍しくタケルがいいことをしたので、美香は機嫌よく料理を作る。
「・・・さぁってと、
なら、アイツの好きなもんでも作ってやるか?」
彼女も厳しいばかりではない。
母親役もしっかりこなすと、美香も自分の役目を自ら背負い込んでいた。
タケルに言わせれば「いい加減、いつまでも・・・!」と反論するだろう。
しかし二人の関係はずっと変わらない。
・・・恐らくこれからも。
ジリリリリリリリン・・・!
電話が鳴った。
こんな時間に家の固定電話が鳴るのも珍しい。
旧家の緒沢家では、いまだに黒電話が活躍している。
「誰かしら?」
鍋の火を緩めて美香は電話に出る。
「もしもし? 緒沢でございます。」
『・・・・・・』
「もしもし?」
相手の声は聞こえない。
電話が遠いのだろうか・・・?
「もしもしぃ~? 聞こえますかぁぁ?」
だが、返答はない。
美香が耳を澄ませると、・・・辛うじて呼吸音が聞こえる。
いたずら電話だろうか?
少なくともまっとうな相手ではなさそうだ。
美香は受話器を置く・・・。
当然のことながら、
下品な内容のイタズラ電話など、この年頃の女性ならば誰しも経験があるだろう。
もちろん、美香の脳裏にそんな予想もチラリと浮かぶ。
だが、・・・彼女は次に別のことを考えている。
鍋はまだ大丈夫だ・・・。
けれど念のために、一度火を止める・・・。
別に鍋の事を考えていたわけではない。
さらにまた別の話だ。
程なく、美香は自分の部屋に戻り、使い慣れた木刀を手にする。
戸締りは問題ない。
緒沢家は古い家だが建付けはしっかりしている。
まあ、廊下などは歩けばミシミシ音もなるけども。
・・・しかし、たった一度のいたずら電話としては、
美香のこの行動は、過剰な反応であるようにも思われる。
美香自身も内心、そうは思っている。
・・・あくまで念のためだ。
美香は足を忍ばせ、玄関を窺い、のぞき窓から外を見る。
この辺りは住宅街だが、
普通に門の前を通行人や自転車が通っているだけだ。
表に異常はなさそうみたい・・・。
彼女は二階へ上がる。
タケルの部屋を開けた・・・。
やや、汗臭い男特有の匂いがするが、今はそんなことはどうでもいい。
部屋の電気はつけない。
タケルの部屋は表通りに面しており、
窓を開ければ、ある程度見晴らしがいい。
美香は窓のカーテンを揺らさないように、
ゆっくり、
ゆっくりと、その隙間から窓の下を見下ろした・・・。
何も問題はない・・・
!?
誰かいる!
家から少し先の曲がり角で、
誰かが塀に背中をもたれてこっちを窺っている・・・。
それっぽく携帯電話を耳にあて、
さも会話中にも見えるが、ちらちら緒沢家を見ているのは間違いない。
ストーカー!?
まさかこの自分に!?
・・・いや、
自分を多少なりとも知ってれば、
そんな命知らずなど、そうそういやしない・・・
と、思うんだけど・・・。
彼女は携帯をかける・・・。
「あ~、タケル?
まだ、警察?
出たところ?
ちょうどいいわ、一つ頼まれて?
・・・実はね。」
この二人の姉弟を良く知るものがこの状況を聞けば、
誰もがストーカーに同情するだろう・・・。
骨の一、二本で済めばいいのだが・・・。
美香はタケルとこまめに連絡を取り合う。
もう、タケルはすぐそこまで戻って来ている。
「どう? 角の畑中さんとこ曲がった?
・・・じゃあ、いよいよね?
私、玄関の扉あけて、そいつの注意引くから・・・よろしく!」
もう、足音を忍ばせる必要もない。
美香は階段を下りて玄関に向かう。
一応、扉を開ける前に、外の様子を窺うが・・・、
ヤツはまだいる。
・・・では、覚悟を決めてもらおうか・・・?
ガチャリ・・・!
玄関から緒沢家の門まではたいした距離でもないが、
その暗がりの中でも、家から誰かが出てきたのは一目瞭然だ。
ストーカー(仮)は驚いて、一度身を引こうとする。
気付かれたろうか?
一方、美香はわざとらしくも門の手前で左右をキョロキョロ見回す。
ストーカーもその動きを見過ごすわけにもいかない。
身を潜めながら美香の動きを観察しようとしていると・・・、
「なぁにやってんだ、アンタ!?」
カラダを動かした瞬間、背後に二メートル近いタケルが現われた。
「ヒィィィッ!?」
タケル
「私タケルくん、いまあなたの後ろにいるの。」
ストーカー(仮)
「っ!?」
美香
「いろんな意味で怖いからやめてあげて。」