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緒沢タケル編1 姉と弟

 

神よ・・・

群雲もてお前の空を覆いつくすがいい

アザミ摘む少年のように

山の頂や樫の木に

お前の力を振るうがいい


しかし 私の大地に

また私の小屋に・・・それはお前たちが建てたものではない・・・

そして私の竈に手を触れてはならぬ

お前はそこに揺らめく炎を妬んでいるのだ


神よ

この天空の下、

お前たちより哀れなる者を私は知らぬ

貧しき者や子供達による祈祷なくしては

お前の権威を保つ事も出来ず

生贄を屠る香煙なくしては

お前たちは腹を満たす事もできないであろう

 


私がいまだ幼き頃

私はその迷える眼を太陽へと向けた

そこには哀れなる嘆きの声を聞く耳があり

苦しむものを思いやる高貴なる心が存在してると信じていたのだ


されど暴虐なる古の者達から

私を守ったのは誰か?

死と隷属から

私を救い上げたのは誰か?

それは聖なる火を心に灯す私自身ではなかったか?

惰眠を貪るお前たちに

感謝の祈りを奉げていたのは

清らかなれど

若さからなる私の愚かさのせいだったのか?

 

 

お前たちを敬えと?

何ゆえに?

お前たちはこれまで

苦しみを背負う者の声を

聞き届けた事があるのか?

絶望の底に沈む者の涙を

ぬぐってやったことがあるのか?


私をここまで育て上げたのは

永遠なる「運命」と

全能なる「時間」であったのでは?

それらは私の主である

そしてそれはお前たちの主でもあるのでは?

 


麗しい夢が破れたとて

私が生に厭き

絶望に心を満たし

砂漠や荒野に去り行くとでも?

それはお前の妄想にすぎない



今 私はこの大地に座を占め

私の姿に倣い 人間を形作る

彼らは

泣き

笑い

悩み

苦しむ・・・

この私と同じように


そしてまた

彼らがお前たちを崇める事も決してない

彼らは、私と同じ「心」を持っているのだから・・・

 

  ゲーテ『雑誌集』より



 

 『あ、もしもし・・・、美香姉みかねぇぇ・・・?』

 「どしたの? わざわざ電話で?」


・・・電話口の姉、

美香の言葉には少しきつい調子が感じられた。

何故なら、弟の電話の声に、

おどおどした、後ろめたそぉぉな響きが感じられたからだ。


 タケル、

 また・・・なんかやらかしたわね・・・。


毎度の事である。

その度に美香の説教が入る。

そんな時は弟タケルにしても、

もはや怯えるのが条件反射のようになっていた。

 『・・・あ、いや・・・

 今、警察なんだけど・・・。』

 「・・・あ~ん~た~はァァァ~!?

 また人様にケガでもさせたのぉ!?」


 『ちっ、ちげーよ!

 人命救助だよ!!

 中央線の踏み切りで、遮断機下がってるのに無理して車で進入してさ、

 エンストさせちまった女の人がいたから、

 列車が通る寸前でオレが車どかしたの!』

 

 

 「・・・いい事じゃん!?」

 『だろ!?』

 「・・・じゃあなんで、

 そんな自信なさそうな声で電話してくんのよ?」

 『えっ、やぁ、そ、それはぁ、

 ホラ、確かに、ここら辺の警察にはいろいろ世話に・・・。』


  はぁ~っ・・・、

美香は思わずため息をついた。

そして同時に、タケルが人命救助をしたという光景を頭に浮かべた。

・・・身長2メートル近いタケルのパワーはプロレスラー並だ。

たぶん、一人で車を持ち上げ、

遮断機の外まで運びあげたのだろう、

それくらいはやるヤツだ・・・。

・・・いや、さすがにそれは無理か?


 「あんた、車も持ち上げられたの?」

 『ムチャいうな!

 後ろから押したんだよ!

 美香姉ぇ、オレを化け物扱いしてねーか!?』

 

 

とりあえず悪い話ではないようなので、美香は安心して大声で笑い出した。

 「あはははは! ごめんごめん、

 それで、なに?

 まだ警察署にいるの?」

 『ああ、なんか後で感謝状くれるらしいけど、

 書類とか調書みたいのがいろいろあって・・・、

 というわけで、夕飯遅れそうなんだ。』

 「あら、ならいいわよ?

 今晩の夕飯は作っとくから。

 タケル、どっか出かける予定あるの?」

 『ああ~、今日はもういい・・・。

 警察は顔見知りにいろいろ突っ込まれて緊張して疲れる・・・。

 今日子達と待ち合わせしてたけど、

 今日はばっくれるよ。』

 「たまにはそうなさい、適当に作っとくから。」

 

 

この二人の姉弟は、

いつものことながら仲がいいのか悪いのかわからない。

しょっちゅう口喧嘩ばっかりしているわ、言い争いはしているわ。

・・・どこの家庭でもそんなものだろうか、

いや、互いに会話もろくにしない家庭よりかは余程ましに違いない。


特に、既に両親に先立たれ、

たった二人で暮らしている彼らは、

良くも悪くも互いの存在が全てである。

他に頼れるものなど近くにはいない。

・・・これまで、全て、お互いを支えあって生きてきたのだ・・・。

高校卒業して、短期バイトを繰り返しているフリーターのタケルと、

就職間際の短大生、美香。

年は一つしか離れていないが、

ちゃらんぽらんでいい加減なタケル、

年齢以上にしっかり者で、誰からも信頼の厚い美香は、

互いに相反する性格を持つが故に、

互いの性格を際立たせていたのかもしれない・・・。

 


 

 「・・・というわけでな、今夜はパスだ!

 埋め合わせはまたするから!」

 『たけるるるるる~!

 おめー、前もそんな事言って、なんかしてもらった覚えねぇぞぉぉ~!?』


今度は友人だ。

約束してた女友達に断りの連絡を入れている。

類は友を呼ぶというか、

見た目ド派手なにーちゃんねーちゃんの集団。

電話先の女、今日子はカラオケボックスから大声で会話する。

そしてこちらは言い訳に終始するタケル・・・。

 「いや、先立つものがないだけなんだ!

 収入があれば絶対・・・!」

 『おめー、だからリングにあがれっつってっだろ!?

 それ以外、適職ねーって!!』

 「ぜ・っ・た・い・に・い・や!!」


まぁ、他人から見れば、

稀に見る体格とパワーを持つタケルが格闘技に向きだとは、誰でも考える事だろう。

実際、タケルは中学から空手を皮切りに、

合気道、太極拳、大気拳、少林拳、八極拳と、

日本という地域限定だが、名の通った武術を一通りこなしている。


・・・たった数年でどの程度、とも考えるのが普通だが、

彼の格闘センスが並みではない・・・

いや、異常なほどの吸収の早さでマスターしていく・・・。

彼の家、緒沢家は、

元来古くから門外不出の剣術を伝承しており、

実際、幼少の頃から、武道の基礎ができていたのは間違いない。

ところが、その剣術で驚異的な才能を早くから開花させていたのは、

姉・美香の方であった。

男女の成長ペースを考えれば、そんな不思議な話でもないのだが、

タケルは中学まで、姉の剣技の足元にも及ばなかったのである。

それが彼のコンプレックスの元であり、以来、タケルは竹刀を握ろうともしない。

単に、剣では敵わないと諦めきっているので、

別のジャンルで姉に追いつこうとしているだけだったのだろう。


 たぶん、今やっても姉には敵わない・・・。


タケルの思い込みは、

ちょっとやそっとでは変えられない位、強固に固定されてしまっている。


客観的に見れば仕方ないと思えるかもしれない。

何かあると、すぐ説教喰らう。

子供の頃は姉に竹刀でぶったたかれていたトラウマもある・・・。

そうして気の弱い弟は出来上がってしまっていたのだ。

 


彼らを覚えてますか?

「顔のない人形」編で活躍した人たちです。

あちらの世界とはパラレルワールドになってますので今日子ちゃんも生きてます。


なお前書きのゲーテは私の作品ではないので、本文の前に置かせてもらいました。

多少読みやすいように改変してます。

訳が違うと怒らないで下さい。


なお、この詩の内容は、

メリーさんからずっと続くこの物語全てにおける共通の根幹にして世界観となっています。

「南の島のメリーさん達」でもカーリー先生が仰ってましたよね?

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