フラア・ネフティス編3 その日の終わり
今、フラアの望みは一つである。
「・・・みんな出てって・・・。」
だが、周りの者にしてみたら、
そんな事を言われても、たった一人のフラアを放っておける筈もないし・・・。
「お願いだからあたしを一人にして・・・!
誰も話しかけないで!!」
ここまでフラアは、
他人の顔を振り向きさえもしなかった。
意識してはいない行動かもしれないが、
彼女なりの精一杯の拒絶の顕れなのだろう・・・
自分の家族を奪った王宮に対しても・・・。
冷静に考えれば、
ディジタリアスやツォンに対する感謝の念ぐらい持つべきだろうが・・・
冗談じゃない!
ならどうして、もっと早く助けに来てくれなかったのっ!
なら・・・
もしそうなら、誰も死ぬことなんかなかったかもしれないのに・・・
なんで・・・どうして・・・
医療スタッフは、
国王に静かにお伺いを立ててから、
一人ずつ部屋を出て行った・・・。
とはいえアイザスも、
このまま、どうしていいかわからない。
フラアを一人にしたら危険なことぐらいわかっている。
かといって、そこら辺の兵隊や女官を待機させたところで、
フラアは認めやしないだろう。
比較的賢明なるディジタリアスはアイザスに提案する。
「・・・この場は我らがいてもどうしようもないし、
まずは寝具の用意でも?
それに、ツォン殿なら、
一緒にこの部屋にいていただいても差し支えないのでは・・・?」
実際、ツォンも自信はなかったが、
そのディジタリアスの言葉が誰よりも確実かに思えた。
話しかけることも憚れるように思えたけど、
せめてフラアを見守るくらいなら・・・。
「フラアねーちゃん・・・。」
・・・勿論、呼びかけたところで、
フラアに何の反応もないのはわかっていたけども・・・。
フラアも、この静かな部屋で、
後ろのディタリアスやツォンの会話が聞こえないわけでもない。
自分の行動を危惧してるんだな、という考えまでは容易に想像つく。
とはいえ、
本当にそれ以上、何も考えられないのだ。
誰のせいでこうなったのか、
どうしたらこの現実を避けることができたのか、
自分が悪いのか、
法王庁のせいなのか、
ディジタリアスを恨めばいいのか、
ツォンを責めればいいのか、
全て、疑問を解消させることもなく、
堂々めぐりの疑問が次々と頭に沸いては消えていく。
程なく用意された毛布や水差しをツォンが運んできても、
フラアは認識はするが反応できない。
ツォンも何か言わねばと思い、
彼女を慰めようと、
あれやこれや言ったり、背中をさすってもフラアには邪魔なだけだ。
辛うじて、
・・・フラアはツォンに答えを返す・・・。
「ツォン君・・・大丈夫・・・
毛布・・・使うわ・・・
だから・・・一人にして・・・。」
別に「大丈夫」なんて言葉の上だけだ。
このツォンという人間にも、
ある意味、自分より不幸な生い立ちを持っている事は前日に聞かされていたが、
今、この時点では思い至る事などできやしないし、
そんなものを指摘されたところで、
「知ったことか」と答えるしかないだろう。
失った家族はもう帰ってこない、
あの幸せだった空間も時間も元には戻らない・・・。
だったら、全ての慰めは無意味なのだ・・・。
家族以外に信じられる人間もいない。
ツォンやディジタリアスが自分を救ってくれた事は確かだが、
ほとんど初対面の人間だ。
心を許せるはずもない。
背中を見せるフラアの無言の主張に、
ツォンは彼女から離れ、壁際で自分の毛布にくるまった。
ディジタリアスにしても、これ以上自分が何かするつもりもなかった。
自分に出来ることは全てやりつくしたし、
頭の良すぎる彼は、自分の欠点も熟知している。
ここは自分では役に立たない・・・。
神聖ウィグル国王アイザスならば、
その地位なりの言葉や行動が有効だと思うのだが・・・。
「兄上・・・。」
「う、うむ・・・そ、それでは我らが同朋・・・フラアよ。
今は何も考えられまいが・・・これだけは覚えていてほしい。
我ら兄弟は・・・そなたを親族・・・
いや、家族として迎えることに何の抵抗もない。
我らを兄のように頼ってくれて良いのだからな?
・・・そなたは、決して一人ぼっちではない・・・。
母君の今際の言葉を・・・忘れないでいるのだぞ?」
アイザスのその言葉に弟ディジタリアスは不満はなかった。
問題は、それがフラアに届いているかどうかなのだが、
肝心の彼女は小さく「ハイ・・・。」と頷くと、
退出しようとするアイザス達を振り向きもせずに毛布を肩から掛けた・・・。
王達がゆっくり・・・静かに部屋から出ると、
フラアはまるで、母親が子供に接するかのように、
自らの父母のシーツをかけなおした・・・。
「お母さん、お父さん・・・ あたし・・・。」
何かをフラアは決意したかのようだったのだが・・・、
結局その先の言葉は彼女の口から出なかった。
再び静かな空間となる・・・。
「フラアねーちゃん、・・・おいら寝るけど・・・。」
遠くからツォンが声をかけてきた。
寝ずの番をしようなんてとこまでツォンは気が回らない。
「寝るけど大丈夫?」
という単純な問いかけとしてしか、意味をなしてないのだ。
ただフラアにしても、
余計な気遣いなどうっとおしいだけだと思っているのは違いないのだが・・・。
「・・・ツォン君、私はこのままでいるわ・・・。
あなたはゆっくり休んで・・・。
いろいろ・・・ありがと・・・。」
しばらくツォンはフラアを眺めていたが、
やがて大きな毛布を頭からスッポリかぶって眠りにつく。
部屋の外には衛兵がいるから、フラアは無茶はできないだろう。
そんな体力もないだろうし・・・。
そしてすぐにツォンは深い眠りに落ちた・・・。
復活したてで長い一日を過ごしたのだ。
彼も無理を続けていたのだ。
・・・静かな時を過ごし続けると・・・、
フラアも、そういう小さなことに気づくことは出来る。
ただ、考えがまとまらないだけで・・・。
家族を失ったショックで意識はしっかりしているものの、
心が難しく物事を考えることを拒否してしまっている。
これから自分はどうすればいいのか・・・。
今夜一晩で・・・答えは出るのだろうか・・・。
フラアは一人膝をかかえ、いつの間にか、
その眼をつぶり、全ての思考を放棄した・・・。
この後はフラアの地位の認定のお話です。
大きな事件はもう起きません。
ちょっとバタバタするだけです。