フラア・ネフティス編3 終焉
「な・・・なんだ、あれは!?」
「おい! 空を見ろ! つ・・・月が!?」
「馬鹿を言うな!
あんな月がある訳はない!」
「きゃああああ!
助けてっ! 誰かぁっ!?」
辺りはパニックになり始めた。
誰もこの現象を理解できる筈もない。
兵士・役人・裁判官・法王・国王、
・・・まして先ほどまで気炎を吐いていたディジタリアスまでもが、
口をパクパク開けてその場にペタンと膝をついてしまう。
いや、たった一人、磔のままのフラアだけが・・・
この事態を多少なりとも理解しているか・・・。
「あ・・・あれって・・・まさか ツォン君!?」
そう、そのツォン・シーユゥだ!
光る小型飛行船キントクラウドは、
ツォン・シーユゥの頭上で静止する!
当然、その真下の民衆は逃げまどい始めるので、
ツォンの周りには最早、誰もいない。
ゆっくりとツォンの元へ降下するキントクラウドは、
着陸と同時に船体のハッチが自動で開閉する。
颯爽とツォンが乗り込むと、
再びキントクラウドは上昇を始め、
金網を越えて刑場の真上に、今度はゆっくりと移動した。
全員、空を見上げ目が釘づけである。
さぁ、おいらの大仕事だ!
ツォンは外部スピーカーをオンにする。
<ウィグルの子孫たちよ! よぉく聞きやがれぇ!!
おいらは月の天使シリス様の従者ツォン・シーユー!
シリス様のご命令により、
フラア姉ちゃんを守るため、400年の時を越えてやってきたぁ!
その姉ちゃんに手を出す奴は、シリス様に逆らう者とみなし、
このキントクラウドの灼熱の光を浴びせて、
骨も残さず焼きつくしちまうぞぉぉっ!!>
辺り一帯に響くこの大音響の声に、
ビビらず逆らえる者などいる訳もない。
兵士たちは最初は皆、恐怖で足を一歩も動けぬものばかりだったが、
一人ずつ、この状況が理解できると、
我先にと、フラアやその両親の縄を解くべく、誰の命令も待たずに行動し始めた!
これでようやく、
フラアは自由の身へと解放されるのだ。
・・・だが、やはりそれは「遅すぎた」のかもしれない・・・。
ウィグルと言う国家に強い帰属心を持つ者、
またはマグナルナ派として強烈な信仰を抱いている者には、
「キントクラウド」も「ツォン・シーユゥ」も既知の名称だ。
・・・とは言っても当たり前の反応として、
最初にその場の誰もが抱くのは、
理解できない現象への驚愕と恐怖。
そしてツォンがパフォーマンスとして、
刑場上空を自由自在に飛び回るのを見るに当たり、
一人また一人と、その眼前の現象と、
ウィグル王列伝に伝えられる記述のイメージと一致させてゆく。
間違いない!
これこそ、シリス王の下僕として大活躍した、たった一つの超高速小型飛行船!
次に彼らが想起するのは、
そのキントクラウドが放つ超高温度のレーザーのこと。
ウィグル王列伝には、
第二代国王カラドック退位直前、何が起きたか生々しく記されている。
カラドックの義弟にあたる「加藤恵介」を、
卑劣なる姦計に嵌めた日本人将校を・・・
そして最後に天使シリスのカラダを、短剣で深々と突き刺した「その男」を、
怒り狂ったツォンが、一瞬で「消滅させた」記述が残されている。
その武器の詳細は理解できなくても、
この時代の人々も、伝説になった旧世界の武器の恐ろしさに逆らう事など出来はしない。
一度態勢が一変すると、
もうこの場の流れは完全に決まったと言えよう。
「・・・よい、私は自力で何とかなる、
アジジ先生、あなたはすぐに医療関係者を、あ、あの家族の元へ・・・。」
ディジタリアスも、我に返るとすぐさま次の指示を出す。
折角脚光を浴びたわけだが、
もはや群衆の心理に刻みつけられたのは、
ツォンの飛行船と、
王族である事が判明したフラアの事だけ。
・・・この状況では、自らの事など確かにどうでもいいことだ、
早く、事態を収拾させないと・・・。
さすがにここから先は、国王アイザスでも何とかできるだろう。
アイザスは王統府の人間に指示を出す。
この不祥事なる裁判を中止させるべく、
兵隊たちに刑場を片づけさせたり、外の群衆を解散させなければならないからだ。
そして自らは、刑場中央のディジタリアスの元に駆け寄り、
この国の正統なる後継者である事を示すべく、
上空のキントクラウドに向けて手を広げるのである。
「・・・我らが祖、天使シリスの従者、ツォン・シーユゥ殿!
神聖ウィグル王国現国王アイザスと申します!
どうぞ、この場に下りてきてくださいませ!
謹んであなたを迎えましょう!!」
アイザスに分かる訳もないが、
いくら何でも下から肉声で叫んだって、ツォンに聞こえる筈もない。
だが、ツォンもこの場の一番偉そうな人間が、
自分に向けて何かをアピールしてるのはわかったし、
どうやらフラア一家も解放されたようだ。
それが理解できると、すぐに飛行船を降下させ、再び地上に姿を見せる。
・・・子供の姿の本人を直接見れば、
ディジタリアスもアイザスも、さぞ驚くことだろう。
まぁ、今はそれもどうでもいいことだ。
・・・群衆は兵隊たちに強硬に威圧され、
どんどん家路にと消えてゆく・・・。
ギリギリ最後までその場に残っていたコーデリアも、
目に涙を潤ませながら、
その眼に小さくなって映るフラアを見守り続けていた。
(アイツがお姫様!?
・・・ありえねぇ~・・・
でも何とか命が無事なのは良かったけど・・・
フラア・・・お前の親は・・・ )
コーデリアの目に映る、解放されたフラアは、
刑場の真中で丸まって両親の元から離れようとはしなかった。
医療関係者が担架を持ってくるまでの間、
フラアはまたも泣きじゃくりながら両親に・・・
特に、もう腕一本起こす力もない父親にしがみついていたのである。
「・・・お父さん! しっかり・・・! お父さんっ!!」
父親の視線はまだ、愛する娘に注がれたままだ・・・。
フラアは興奮して、父親の手を握りしめるも、
もうその手に力は一切、感じられない。
彼も、父親として沢山の事を娘に伝えたかったのかもしれないが、
・・・彼が口を動かせたのは、ほんの一瞬であった・・・。
「フラア、 済まない、ピエリを・・・
許して やって くれ・・・。」
「何言ってるのっ!?
あたしは誰も恨んでなんかいないっ!
元の暮らしに戻れればそれでいいのっ!
・・・ねぇっ! お父さん! しっかり! ねぇってばぁっ!
お願い! 返事してっ!
これで家に帰れるんだよっ!?
ねぇっ!
お父さんっ、お父さんっ、
・・・あ、ぅああぁぁああっ~っ!! 」
そして父親の瞳の焦点は娘から離れ、
どこか・・・宙の一点で固まってしまう・・・。
もう瞳孔も変化することはない・・・。
その口元は、
娘の言葉を聞いて、幾分和らいでいるように見える。
王宮内の医師アジジも、険しい顔をして父親の手首を取るが、
やがて残念そうな顔をして首を振った・・・。
刑場内はフラアの泣き声だけが響いていた。
その他の兵士や役人の出す役目上の声は、
ここではもう、雑音のようなものだ。
ツォンは、キントクラウドから降りても、
フラアの後ろに佇むことしかできなかった。
アイザスとディジタリアスが、
恐る恐るツォンに、驚愕の表情で挨拶に近寄るも、
まっとうな反応だってできやしない。
フラアの揺れる背中を淋しそうに見つめるだけだ。
やがて、
フラアの母親と、動かなくなった父親は担架に運ばれて、
王宮内の最短の医療施設に運ばれる。
もう、父親に治療の必要はないが、
母親だけでも・・・。
彼等は一団となって、この悲劇の舞台・・・
法王庁の刑場から消えてゆく・・・。
いずれ、フラアも王族として、
この王宮内で然るべく地位に就くのであろうが、
この忌まわしき場所に、
彼女が近寄る事は、もう二度と決してないに違いない・・・。
それでも悲劇はまだ終わりません。