フラア・ネフティス編3 逆転劇
そこでディジタリアスは母親に質問をした。
「その女性はアスタナシア様であったのか・・・?」
「は、・・・はい、いえ、
・・・高貴な身分の方かもとは思いましたが、
まさか王族の方までとは考えもしませんでした・・・。
お洋服もボロボロになっていましたし・・・。
ただ、いろいろな装身具をお持ちでしたので、
お金持ちの方なのだろうとしか・・・。」
「父親の筈の親衛隊長はいなかったのか?」
「い、いえ、後にも先にもそれらしき姿の方はおりませんでした・・・。」
ディジタリアスは一度、表情が固まったままのフラアを見上げる。
「それで・・・この娘は・・・。」
フラアはまだ口を開けない。
ディジタリアスと母親を交互に見据えるだけだ。
母親の方は、ディタリアスの言葉の先を読んで、話を続ける。
「は・・・い、
亡くなった女性は、その胸に、
一人の赤ん坊を、包み込むような形で事切れておりました・・・。
夫がその方を雪の中から引っ張り出すと、
何と赤ん坊が泣き声をあげて・・・
うう、う・・・。」
泣いているのだろうか・・・。
もう母親の目から、こぼれ落ちるような水分はカラダに残っていない。
ただ嗚咽のみが漏れてくる。
恐らくフラアにその事実を伝えるつもりは全くなかったのだろう、
無理ないことなのだろうが・・・。
「その赤ん坊が・・・?」
「は・・・い、ここにいるフラアです・・・。
名前は、すでにそのご婦人がつけていたようです。
懐に、震える字で書き置きがありました・・・。
『窓から幸せそうなご家庭が見えました。
万一、私がここで命の火が尽きてしまうようなら・・・
大変勝手ではありますが、この赤ちゃんをその温かい家の中に入れていただけないでしょうか、
私の持っている宝石などは、全てご自由にしていただいて構いません。
ただ、できますならば私の髪にあるルビーだけは、
この子、フラアが大きくなった時に渡してやってください・・・』
そんな文面だったかと・・・
それで・・・
私たちはその遺言通りに・・・。」
オ カ ア サ ン
ナ ニ イ ッ テ ル ノ ?
最早フラアは、身動きどころか思考もままならない。
自分の耳から入ってくる事実を、
理解しようとすることもできないのだ。
ディジタリアスは質問を続ける。
「当時、役所などに届けようとは思わなかったのか?」
「・・・は、はい、
申し訳ありません、
当時、わ、私たちも貧しく、
その方は現金はほとんどお持ちではありませんでしたが、
身につけてた装身具は、かなり値打の物ばかりで・・・、
ちょうど、夫は細工師ですから、
怪しまれる事もなく換金でき、
残りのお金で、都に引っ越しできればと・・・。
言いわけにもなりますが、
そうすればその方の遺言通りに、
フラアも私たちの娘として、
誰にも怪しまれることなく暮らしていけるかと・・・。」
その時、若き夫婦には、
純粋に赤ん坊を助けようと言う正義感と、
お金持ちになれる? という打算が両立していた。
相手が高貴な身分であるらしい事から、
「役所に届ける」事も当然、選択肢にあったのだが、
その二つの意志を覆すことなどできはしなかった。
それに・・・
母親は一度、固まっているフラアの方に顔を向ける。
「フラア、
・・・今まで隠していてごめんよ・・・、
お前のお母さんは、私なんかより本当に綺麗な方だったよ・・・、
お前と同じ美しい黒髪の・・・。
でもフラア、
お前を引っ張り出した時、
お腹を空かせているように泣くから、
私のお乳を上げると、お前は本当に美味しそうに・・・。
もう、その時から、
お前を他人の子供だなんて思った事は一度もないからね・・・。」
フラアは大粒の涙を流して泣きじゃくる。
ようやく、話の中身を理解したらしい。
だが、
・・・それを受け止められるかどうかは別なのだ。
彼女は言葉にならない声を、その小さな口から漏らすのみだ。
ディジタリアスも一度、話を区切るべきだと考えた。
何より、もう父母の容体も気にかかる。
「陛下・・・!」
アイザスも頭で理解はできていたのだが、
続いて自分がどう対応すべきかまでは、頭が回っていなかった。
「あ? な、なんだ、ディジタリアス!」
「詳細はまた後に調べるとして、今はこれだけで十分では・・・?
事は重要です。
我々の親族・・・まさしく王統の血縁者の可能性が大きい者を、
『このような』場に捨て置く訳には参りませぬ。」
「そ・・・! その通りである!
法王ランドレット! これはそなたらの責任問題に発展するぞ!?
直ちにこの裁判を中止すべきではないのか!」
だが、
法王ランドレットも、ここで裁判を中止されては・・・、
自分達法王庁が、
間違った裁判を行ったなどと、簡単に認めてはメンツが立たない。
強硬に自分達の主張を貫きとおそうとする。
「いいや! 陛下! お待ちください!
王族の血縁者であるかもという話と、裁判は別でございます!
彼女は『魔女である』証拠にインセストを行っているのですぞ!?
その自供もあります!
王族だからとてそのようなおぞましい行為を・・・」
「いい加減になされよ、法王!!」
ディジタリアスの精一杯の咆哮だ。
・・・彼も青ざめた顔で最後の力を振り絞る。
心配してお付きの者もカラダを支えに慌ててやってくるが、
本人はどうでもいいかのように、ランドレットを睨みつけた。
「法王ランドレットよ!
ご自分で言ってる意味を理解されているのか!
被疑者であるこの娘は、
ともに育った兄とは血が繋がっていないと言う話をしていたのですぞ!?
インセストそのものが成立していないではありませんか!!」
「あ!?・・・あ・・・!」
ようやくその事実に気づいたランドレットの顔から血の気が引いていく。
だが、ここで崩れる訳にはいかぬ!!
「し、しかし、彼女は供述書に署名を・・・!」
「署名!?
拷問の後に書かせた署名に何の意味があると言うのだ!
その苦痛に耐え続け、
署名を拒める者などどれだけいると言うのだ!
自分達が治外法権にいるからと、
好き勝手しすぎなのではないですか!!」
今まで日蔭者だったディジタリアスに、
ここまで言われて、ランドレットの血管はブチ切れる寸前だ。
「お、おのれぇ!
いいか! 者ども、構わん!
刑を執行せよ!
この場の実権を握っているのは我ら法王庁なのだ!!」
だが、さすがに場内の官吏たちも、この状況で直ぐには動ける訳もない。
ディジタリアスもこれ以上は体力の限界だ。
国王アイザスは思いもよらない事態におろおろするばかり・・・。
この混迷を極めた舞台に最後の終幕を与えたのは、
・・・忘れ去られたツォン・シーユゥ!
難しく考えることも熟考することも苦手な彼だか、
直感のひらめきだけは目を見張るものがある。
彼が理解したのは「フラアが天使シリスの子孫である」こと、
それだけ!
それで彼の意志は決まったのである。
ツォンの操るキントクラウドは遠隔操作も可能なのだ。
ツォンのニョイロッドから発信した電波を受信したキントクラウドは、
流星のような速さで、ラシ上空の夜空の闇を切り裂いていく!!
その到着地点はここウィグル王宮!!
ようやくフラア解放・・・
しかし・・・もうそれは手遅れ・・・。