フラア・ネフティス編3 串刺し刑
「・・・えっ!?
お、お父さん・・・お母さ・・・ん!?
なに・・・? 何なの!?
どういうこと!!
処刑されるのは私だけじゃないの!?
私のお父さんやお母さんが何したって言うの!?
こんなの・・・
こんなの約束が違うわっ!!」
元より、審問吏がそんな約束などしていない。
フラアの思い込みである。
法王庁は、ピエリの犯行があった時点で、もうこの家族の処刑を決めていたのだ。
フラアがどう抗議しようと今さら覆る事もない。
急に暴れはじめたフラアを複数の人間で抑え込む。
既に母親はヨロヨロとまっすぐに進むこともできず、
父親に至っては官吏二人がかりで肩に担がれて刑場に進んでいる。
確かに治療された形跡はあるが、
どうみても、安静にしていなければ何の意味もない行為に違いない。
広場はにわかにざわめき始めた。
いよいよ審判が始まると言うことで、
期待と怖れと好奇の目で、フラア達一家の入場を注目し始めたのである。
審判と言っても即決裁判だ。
フラア達は太い丸太のような柱にくくりつけられて、
一方的に、裁判官の判決を聞かされるのみなのだ。
フラア達の真正面には裁判官が座る席が用意され、
その後ろの小高い席に、法王ランドレットが座ることとなる。
・・・そして、
法王の席と同じ高さで、刑場の下手側に今回、
神聖ウィグル国王アイザスの席も用意されたのだ。
刑場の中では、一人フラアが騒ぎ立てるが、
着々と準備は進められる。
特別なことは何もない。
法王庁にとってはいつも通りの展開だ。
日没の時間とともに、銅鑼が鳴らされ、
刑場の周囲に明るい松明が灯される。
数人の裁判官が静々とやってきた後、
進行役の役人が法王ランドレットの入場を伝える。
また、反対側に用意された別の入場口には、
高らかなファンファーレと共に、国王アイザスもやってきた。
その姿はフラアにも確認できたので、
万一の望みをかけて、王様に助けを乞うが、
アイザスの表情は硬く、戴冠式のパレードの時の華やかさは微塵も感じられない。
これが現実だ・・・
少女の甘い幻想など、虚構以外の何物でもない。
腐ってるっ、
こんな国・・・腐りきってるッ!!
「これより魔女裁判を開始する!」
開廷が告げられた。
形式的な日付の読誦・・・裁判に立ちあう参加者の紹介、
そして被疑者、フラア達の身元、事件の概要が読み上げられる。
あの晩の兄の過ちが、
激しく誇張され、下品に歪曲され、
聞く者の耳を塞ぎたくなるような程、猥雑な表現で淡々と読み上げられた。
その度にフラアは、
「そんなモノは嘘よ! でたらめよ!」
と辺りに響く声を張り上げるが、
その抗議の度に、金網の周りからはフラアを罵倒する叫び声で圧倒される。
裁判官はそんな雑音お構いなしに、
最後にフラアの供述宣誓書のサインした日時を読み上げ、
威厳のある声でフラア達の処分内容を下した。
「・・・我ら天使シリスに仕える神の従者は、
罪深き彼らを串刺し刑に処す事を決定する!!」
金網の外側からは激しい罵声の渦が・・・!
フラア達一家をののしる者、
嘲り、怒号を発する大勢の人々・・・。
一部、心ある者もいないではないが、
法王庁の決定や周囲の空気に逆らえる者などいない・・・。
フラアの幼馴染や・・・コーデリアだって同様だ。
(あのバカ!
・・・ホントにどん臭いヤツだよっ!
誰か・・・助けてやれないのかよぉ!?)
刑を執行する者たちが、物々しく長槍を携えて集まってくる。
もう、誰もあてになどできない。
見栄も外聞も知ったことか。
醜くかろうが何と思われようが、
フラアがやれる事は、裁判官どもに口汚く罵声を浴びせるのみだ。
「何が神の従者よっ!?
あなた達こそ悪魔の手先じゃないっ!
・・・呪ってやるっ! 絶対に思い知らせてやるっ!
ひ、人の命を弄ぶ獣の皮をかぶった悪魔ぁっ!!
許さないッ!
例え殺されたってあなた達は・・・
この国も!
天使シリスもっ!
この世界全て呪ってやるわっ!!
みんな・・・
みんな滅びてしまえばいいのよッ!!」
どんな言葉を並べてみたところで、
その声が他人に届く訳もない・・・。
いや、むしろ今のフラアの発言は、
「彼女が魔女であること」をまさに自ら証明したかのように解釈される。
法王ランドレットは天を仰ぎ十字を切り、
国王アイザスは憂いの表情を浮かべて首を振るばかり・・・。
こんな・・・
あたしは何に憧れていたの・・・!?
美形な顔の新国王なんて・・・何の意味もない・・・
天使シリスだって同様だ、
ツォンに助けられた時は、
一瞬、彼の加護を信じかけたものだが、
ここまでツォンの行動がないと言うことは、
もう・・・何も信じるに値しない・・・!
お父さん、・・・お母さん!
既に父親は意識など残ってないかもしれない・・・。
カラダは、時折ビクビク動くところを見ると、
まだ生きてはいるようだが、
もう、串刺しになろうがなるまいが、
時間の問題では・・・
母親はまだフラアの方へと顔を向けている。
時折、娘に言葉を投げかけているが、
周りの騒音にかき消されて、もはや何の意味もない。
でも・・・!
処刑される前に、お父さんやお母さんにだけは謝らないと・・・。
自分の目の前に槍を構えた兵たちが並ぶと、
もう、フラアは観念したかのように母親へ顔を向けた・・・。
お母さん、ごめんな さ い・・・
全部、あたしのせいなの・・・
お兄ちゃんも殺されて、お父さんもこんな目に・・・
ごめんなさい ごめんなさい・・・
ごめんなさいごめんなさい
フラアの顔は涙と鼻水でぐしゃぐしゃだ、
もう涙で視界には何も映らない・・・。
どうせすぐに何も見えなくなるのだろう、
せめて・・・
死んだら天国に行くことさえできれば・・・
ツォンはいまだ金網の遥か外側だ。
本人には何がどうなったか、まだ現状を把握できてもいない。
このままではフラアの処刑に間に合わない事は必定だ。
もう・・・これで終わりなのか・・・?
そして今、まさに処刑がなされようとした時、
裁判官たちの、上手側の入口のドアがおもむろに開いた・・・。
死刑執行の瞬間に目を奪われていた殆どの人間は気づかないままであるが、
その、新たに現れた数人の塊の内の一人が、
ギリギリの間際に精一杯の大声を放った・・・!
「お待ちいただきたいっ・・・!!」
ようやくです。