フラア・ネフティス編3 見せしめ
もちろん、フラアが逃げ出さずにあの場に残ったところで、
兄が助かると言う保証は何もない。
誰が見たって、あの場のフラアの選択に間違いはないと言えるだろう。
だが、フラアにしてみれば、
この非情な現実の原因を、何かに押し付けねば自分を保つ事も出来ないのだ。
・・・それが自分自身のせいだと言うのなら、誰にも反論を許す必要すらない。
全部自分が悪いんだ、
自分がいなければ兄は死ぬ事もなかったし、
何より、法王庁に捕まる事もなかっただろう。
やっぱり・・・自分は魔女だ・・・
なら・・・この世にいない方がいい・・・
そしてあの世でピエリに詫びよう・・・
既にフラアの足元を、彼女の流す大粒の涙が温かく濡らしている。
まるでそこだけ異空間のように・・・。
そこを中心にして慟哭するフラアのカラダ、
そしてもはや、
身動き一つできないピエリの遺体・・・
それが世界のすべてであった・・・。
だが・・・
その世界の外にいる審問官の目的は全く異なる。
フラアが泣いてようが動けなかろうが、彼の仕事には全く無関係なことだ。
審問吏は、
泣きじゃくるフラアのカラダを無理やり立たせると、
その場に張りつこうとするフラアを、今度は入口の方に投げ飛ばした!
・・・もう悲鳴すらあげられない。
嗚咽と不規則な呼吸を繰り返すだけだ。
これ以上、どうしろって言うの・・・
殺したければあたしを・・・
そのフラアに、今一度審問吏は近づいて彼女を見下ろす。
「立て・・・!
次はお前の両親に会わせてやる。
安心しろ、
そっちは生きているぞ・・・!」
フラアの心に光が射す。
・・・そうだ!
お母さん・・・お父さん!
「ぅ・・・!
ぶ、無事なの!?
おと・・・お父さん、お母さんは!?」
審問吏はニヤリと笑う。
「ああ、勿論だ、
お前に会いたがっているぞ?」
ギリギリだが、その言葉がフラアに立ち上がる力を与える。
何とか自力でフラアは立ち上がると、
もうう一度だけ、薄暗い部屋の中のピエリのカラダを瞳に刻みつけた。
お兄ちゃん、ごめんなさい・・・、
前、お兄ちゃんのおやつ、勝手に食べちゃったこと・・・、
その日一日中、お兄ちゃん怒ってたけど、
次の日はケロッとしてくれて・・・。
子供のころ、お兄ちゃんが大事にしてたペンダント失くしちゃったこと・・・、
お父さんに作ってもらったペンダントだったのに、わんわん泣いちゃって・・・。
それから、街の悪ガキにいたずらされそうになって、
おにいちゃん、助けにきて・・・
反対にぼこぼこに殴られちゃったよね・・・?
あたしの為にいっつも酷い目に遭って。
もう少し優しくしてあげればよかった・・・。
自分がちやほやされてる事が、
あたし・・・当り前みたいに・・・。
お父さんやお母さんになんて言い訳しよう・・・、
会いたいけど・・・
お母さんたちの無事な姿を見たいけど・・・
あたし、どうしたら・・・。
そのまま、引きずられるような形は相変わらずだが、
再びフラアは地上階に出る。
そのまま階段で上へと向かうが、
着いた先は、以前自分が捕らわれたフロアより一つ上だ。
ここに両親がいるのだろう・・・。
果たして二人の安否は・・・。
「お父さん! お母さん!!」
そのフロアにたどり着くなり、フラアは大声を上げた。
審問吏も別に、その行動に対してとやかく文句は言ってこない。
「どこ!? あたしよ、フラアよ!
お母さん、どこにいるの!?」
鼻にかかったフラアの声に、彼女が向かう方向から、
小さく・・・
か細い声が聞こえてきた気がした。
・・・ら あ ?
「お母さん!」
母親の声を間違うものか!
審問吏の手を振りほどき、
足早に声の聞こえてきた方向へと走り寄る。
周りは鉄格子の部屋ばかりで、部屋の中は丸見えだが、
今のところ誰もそこに収監されてはいない。
じゃあ、こっち!?
この部屋にはいる・・・この人は・・・!
・・・そこに母親はいた・・・。
粗末な毛布にくるまれて、震える首をこちらに向けて・・・、
力なく、
その女性は鉄格子にカラダを這って近づこうとしていた・・・。
「お・・・母 さん・・・?」
これが・・・これがあの明るかった母親だろうか?
たった一日しか経ってないのに、
髪の白髪があっという間に増え、その顔はやつれ、
実年齢より10歳は老けこんだように見える。
顔色も青ざめて唇は紫色に変色している・・・。
顔そのものに殴られたりしたような形跡はないが・・・いったい!?
「ふ・・・ラア・・・、
お前・・・無事・・・ね?
良かっ た・・・。」
「お母さん!! どうして・・・
どうしてこんな事に・・・お兄ちゃんが・・・お兄ちゃんがぁ!!」
フラアは鉄格子越しに母親の手を握りしめようとするも、
流石にそこまでは審問吏は許さない。
そしてフラアの耳元で、
彼はなんと残酷なことを話すのか・・・。
「・・・もう、お前が逃亡したせいで、
兄が死んだことは伝えてある。
それと、
この婆ぁの責めも見物だったぞ?
手足の爪をはがされて、
カラダから体液を抜かれている、気絶するまでな!」