フラア・ネフティス編3 おやすみなさい
船の中では、
相変わらずフラアの頭の先にスクリーン画像が映し出されている。
その映像は、流れるように変化していく外界の様子だ。
飛行船キントクラウドは、
マッハを超える速さで飛行が可能なのだが、
遠くに行く必要もないので、時々空中で静止したり低速で飛行している。
ツォンはこれで船の航行に問題ないか、
及び自分の肉体的欲求を満たす場所を同時に捜索していた。
そして、付け加えるならば、結局英雄廟を埋めてしまった事への後悔が・・・。
「ううううううう、やっちまったよぉぉぉぉっ!」
それぞれの感情や仕事を同時に処理できるのが彼の凄いところだ。
フラアに理解できたのは、この船が空を飛んでいると言う事だけ・・・。
もうここまで来れば、
ツォンが400年を超えてやってきた、シリスの従者だと言うことを信用するしかないだろう。
ちなみにこの船の航行に、
重力は一切干渉されていないため、
基本的に、離着陸時に余計な重力は完全にかからない。
もし、我々の知っている航空機の常識からすれば、
発進の時の重圧でフラアは気絶していただろう。
いや、その前に衝撃で壁か天井にカラダを叩きつけられていたかもしれない。
「フラアねーちゃん!
あそこら辺なら人いないよねっ!?」
ツォンは既にトイレのことしか考えていない。
・・・もうどうにでもなぁ~れ!
「じょ・・・城壁の外なら大丈夫だと思うけど、
たまに物盗りとか出没するから・・・。」
「そんなもん怖くなんかないもんねー!
おっし! あそこだぁぁあ!!」
ツォンは「その場所」を見つけるとゆっくり慎重に・・・?
いや、結構焦りながら着陸し、
素早い動作でスィッチをいじくる!
フィィィン・・・!
もどかしくカラダを揺するツォンとは対照的に、機体の扉はゆっくりと開いていく・・・。
開ききるまで待てるかぁーっ!!
ツォンは一目散に飛び出したかと思うと、
そのままフラアの視界の外へ・・・。
取り残されたフラアは身の置き所がない。
この辺りに追っ手や盗賊はいないのだろうか?
もし、そんな奴らがいたら、
今や抵抗する手段も逃亡する力も残ってない自分は・・・?
どう見たって、
薄く光に包まれたこの小型飛行船は、
夜の暗闇の中で目立つことこの上ない。
そんな所に、年頃の女の子一人投げ出されたら・・・。
フラアは機体の中にしゃがんで出来るだけ身を低くした・・・。
気分は瓜子姫?
(中略)
何を中略したのかは皆様の想像にお任せする。
溜めに溜めていたツォンは、
すっきりした顔で機体に戻ってきた。
ランプも懐中電灯も持たずに飛び出したツォンは、
小型飛行船の柔らかい明りを頼りに行為をなしたので、
そんな遠くで「した」わけではない。
フラアは身を隠しながら、ついでに耳を塞いでいた。
戻ってきたツォンの姿を確認すると、
一気にフラアは不満を表明する。
「あ、あなたねぇ!?
あたしが追われてるの忘れてるのっ!?
あたしを置いて、行動しないでよ!
守ってくれるんじゃなかったの!?」
その激しい抗議に度肝を抜かれて、
ひたすら怯えるツォン・シーユゥ。
「だ、だっておいらだって我慢の限界・・・、
それにサーモグラフで辺りに人はいないのわかってたよぉ・・・!」
そんな単語出されたってフラアの理解の外だ。
一方的にまくしたてたフラアは、
気が抜けたのか一気に脱力してゆく・・・。
「・・・はぁ、疲れた・・・、
ねぇ、ツォン君・・・、
作戦考えるの明日にしない・・・?
もうカラダもまぶたも言うことを聞かない・・・。
だから、もう・・・
あたしを安心させて・・・?」
ツォンも、フラアのやつれた顔ぐらいは判断できた。
確かにこのねーちゃんにこれ以上は無理をさせられない。
とりあえず、今は夜だし、
少なくとも明日の朝まで、
このフラアという少女を休ませるべきだとは彼も理解できていた。
「わかったよ、じゃあ・・・
この中で寝苦しくなければここで寝なよ、
おいら調べ物があるけど、そんなにおっきな音出さないからさ?」
その言葉を待っていた・・・。
少なくとも機体の中ならば安全だろう、
狭い密室というスペースの中で、
一応男性であるツォンと二人っきりになるのは 一抹の不安もあるが、
これ以上カラダがどうにもならない。
・・・じゃあ・・・ツォン君・・・、
お休みな さぃ・・・
グゥ・・・ zzz
さて、ここでツォンの生い立ちに光を当ててみよう。
ツォンは生まれてこの方、
まっとうな社会適応能力と言うものを学んできたとは言い難い。
7人兄弟の末っ子として生まれ、生まれつきの適応障害から、
家族に疎んじられ、親兄弟に殺されかけた・・・不幸の身の上である。
その時、通りがかったシリスに命を助けられ、
そのまま彼につき従うこととなった。
そして「人間」を観察する能力に長けたシリスは、
ツォンの風変わりな能力に気づき、彼を新型飛行船の操縦士に任命したのである。
ツォンの能力とは?
別にもったいつける必要もないので、あっさり公表するが、
「瞬間計算能力」である。
数式さえ見せれば、
その手順をノートに書くまでもなくあっという間に答えをひねりだす。
記憶力も半端じゃない。
一度見た物は決して忘れない。
・・・そしてその能力と引き換えなのか、
創造力と決断力の欠如、
・・・及びじっくり物を考えることができない、
自分で何かする事が出来ないのだ。
もちろん、自分が生きていけるだけの日常生活に不便はないが、
集団行動などまともにとれやしない。
結局、複雑な操作を要するキントクラウドの操縦、
同時にそれは一人で行うシステムであり、
その任務は、まさにツォン・シーユゥの適任だったと言える。
また、シリスやカラドックの指示さえはっきりしていれば、
彼は多大な功績を挙げて見せた。
全ては、ツォンを扱える者が傍にいるかどうかが問題なのだ。
そうして、彼は狭い人付き合いの中で暮らしていたのである。
その中で、
シリスは別格としても、
カラドック、加藤恵介、ラヴィニヤや一部の将軍たちは、
ツォンにとって憧れの人物であり尊敬の対象である。
ウィグルとスーサの激しい戦いの中で、彼らがツォンに見せた行動・・・、
か弱き女性たちを守り抜いた加藤恵介達の騎士道精神は、
ツォンの精神に深く刻みつけられたのだ。
そして400年後の世界。
・・・今や、ツォンの目の前には、一人の力なき少女が眠っている・・・。
ならば、この新しい世界で、ツォンが果たすべき使命・・・、
それはカラドック達がそうしてきたように、
今度は自分がそれを為すべきことなのか・・・。
もはや年齢は40近いツォンだが、
彼の肉体と精神はいまだ10代前半のままである。
それなりに筋力もついて、学習もしていろんな知識が身についてはいるが、
その行動の基となる衝動に関しては未成熟なままなのである。
目の前に年頃の女の子が無防備に眠っていても、
いわゆる「下卑た」発想までも至ることはない。
フラアが寝息をたてて、完全に眠りの世界に入ったことを確認すると、
ツォンは船内の様々な計器や、道具類のチェックを始めた。
・・・もっとも、彼には集中力も足りない。
一時間もすると、もう考えることすら面倒になってきた。
今やお目付け役もいないのだし・・・。
それに実を言うと、体調だって万全ではない。
フラアがあの建物の中に落ちてくる前に、
ツォンの覚醒は始まっていたのだが、
意識をはっきりさせ、カラダを自由に動かせるようになるまでに、
数十分かかっていたのだ。
ホンネを言えば、今でも体がだるいし頭痛だってする。
胃の中に物を入れ、出す物を出して、
ようやく体が楽になってきたと言えるレベルなのだ。
・・・いまだ完全に復活したとは言わない方が良いのかもしれない。
ツォンは、くーくー寝息を立てるフラアを見下ろした。
彼女の寝顔が「可愛い」という認識は、彼にも分かる。
おいらも寝ちゃおうか・・・
フラアのカラダは、もはやツォンにとって暖かく柔らかい湯たんぽのようだ。
そのままツォンは、
子犬のように、フラアのカラダの胸元に身を潜りこませた。
別におかしなマネなど考えもしない、
それこそ母親のカラダにすり寄る子供の行動である。
元々、彼には暖かい母親の記憶などほとんどないのだし・・・。
フラアも眠りが深くなっているので、寝息が乱れることがあっても、
目を覚ますことなどない。
この夜、二人は並んで、朝まで眠り続けた・・・。
うりぃ「・・・ウチの事、呼ばれた気がしたんやけど・・・。」
いぬ「もう、忘れ去られてますよ、姐さん・・・。」
そのうち、またどこかで会えますよ、うりぃちゃん・・・。