第9話
「あの町で・・・
可愛いおまえを見つけた時の、わたしのときめきが分るかぁい?
ああ・・・!
浮かれるおまえの『赤い手袋』を隠すのは簡単だったよぉ!
あの禁断の術を使うには『契約』が必要だったからねぇ・・・、
『契約』によって命を失ったおまえは、
どんなにわたしを恨んでも、わたしを殺すことができないぃぃ、
一生懸命研究したんだぞぉお?
おまえがわたしの思い通りに動くためには、
どうすればよいのかぁ・・・。
念には念を入れたさぁ、
自分の主人が誰なのかを分らせるために、
この美しい体内にわたしの精を注ぎ込み、
時間をかけて、
ゆっくりわたしになじませたぁ。
・・・おやぁ?
怯えているのかぃぃ、エミリーィィ?
恐い思いをいっぱいしたものなぁ?
でも、許しておくれぇ、
愛するおまえの為なんだぁ・・・。
そぉとも、そぉともぉ?
それが最後の仕上げだった・・・、
それは純粋な恐怖ぅ・・・、
それも他人のものではなく、
自分の恐怖をなぁぁ。
心を閉ざしたままでは人形は人形のまま・・・、
あふれる感情がなくては意味がないからなぁ?
恐怖を感じない?
そぉかなぁ?
・・・恐怖の記憶は残っているんだよねぇ!?
思い出したかぁい エミリー?
マグロ同然だったマリーの魂に、恐怖に彩られたおまえの魂を混ぜ合わせて、
やっとわたしだけの人形が完成したんだぁ!!」
・・・この男は完全な性的倒錯者だった・・・、
今も彼の屹立した男根は、
嫌がるメリーの下腹部に突きつけられている。
この再会を夢にまで描いていたのだろう。
余りに強くメリーを抱こうとして、彼女ごとよろめいてしまう・・・。
それがきっかけなのか、
不安定なその男の精神は段々と怒りの感情を露わにさせていった。
「・・・ああ、なのに、
それなのにぃぃ!!
あの白ヒゲジジィィめぇぇ!!
虎の威を借りなければ何もできない糞ジジィィィ!!
よくもぉ!
よくもわたしの元からエミリーを奪ったなァァ!!
復讐してやるぅ!
あの糞ジジィも何処かで生きてるに違いないぃ!
必ず!
必ず殺してやるぅ!
何度生き返ろうとも、
ヤツの主人のいる冥府に送り返してやるともぉ!
その為にはぁこのわたしも生き続けるぅ!
その先でくたばった小娘共のように、
生命力を吸い取ってぇ、
まだまだ生き続けてやるぞぅ!!」
この男の話が正しければ、
彼は百数十年も生きている事になる。
そんな事が人間に可能なのだろうか?
かつて、
「暗い夜の森の魔女」がそうであったように、
彼も人間の生気を吸い取って若返っているのだろうか?
・・・実際、
ホーリークルセイダー達の年齢を、
日浦義純の目は20代中ごろと見ていたが、
本当の彼女達の年齢は、
・・・まだ17、8の少女であったのだ。
そしてその代価として、
この男の強大なパワーとエクスタシーを与えられていたとしたら・・・。
「・・・エミリ~ぃ!
わたしの作り上げた教会をぶち壊してくれたねぇ~?
でも・・・でぇもぉ許してあげるよぉ~!
君がいれば何も要らないんだぁ、
さぁぁ、
こぉれからはいつまでも一緒だよぉぉ!
わたしと共にぃ
無限の時を過ごそうじゃぁないかぁぁ!?」
・・・このおぞましい男が喋り続ける間、
メリーは必死に、ここから逃れるすべを考えていた。
既に彼女の殺戮衝動は消されてしまっていた・・・。
恨みのエネルギーより、
彼女の悲惨な恐怖の記憶の方が余りにも巨大すぎたのである。
学術的に見て、
「生き物」かどうかはともかく、
思考し行動する生物としてのメリーの生存本能は、
この状況から脱出できる手段を死に物狂いで模索していた。
(わたしは・・・エミリー?
マリー・・・?
わたしは・・・? わたしは・・・ )
歓喜に震える赤い男は、
メリーの白い頬を押さえ、
色素の薄い目を気味の悪いほど大きく広げていた。
人形のメリーの薄く開いた唇に、
自らのそれを重ねようとする。
メリーのグレーの瞳は、
恐怖と拒絶の色を浮かべて小刻みに動く・・・。
どうにもならない・・・!
( ・・・違う・・・
わたしは・・・マリーでもエミリー でもない・・・
わたしは わたしは・・・)
もはや正常に思考することができなくなったメリーは、
必死に自らの存在概念を求めて視線をあちこちに飛ばす。
その時・・・メリーの目は、
ギリギリで自ら握り続けていた、アラベスク文様の死神の鎌を捉えることに成功したのだ。
(そうだ、
わたしは与えられた・・・、
天地の法が 破れた時、
それを犯した者を 断罪する この鎌を・・・。
わたしは与えられた・・・
虐げられた者達の、
・・・彼らの安らぎを願う為の この鎌を・・・。
わたしは与えられた・・・
汚れた命を狩り取る神秘の鎌を・・・。
そうだ、
わたしは与えられた・・・
この死神の鎌を、
・・・わたしの「メリー」の名と共に!!)
メリーは魂の奥底からの叫び声をあげる!
「違う・・・!
わたしの名は・・・
メ リ ー ッ ! ! 」
その瞬間、
呪縛が解けたかのように人形の四肢に力が戻った!
ほんのわずかな力であったが・・・。
それでも、
反抗できるはずがないと、
タカをくくっていた赤い男を驚愕させるには十分だった。
メリーは赤いローブの男を突き飛ばし、
カーテンで閉じられた窓に向かってダッシュした。
・・・最後の力を振り絞る・・・!
アラベスク文様の装飾をされた死神の鎌を、
力いっぱい振り回して・・・
ガシャアーンッ!
耳をつんざくようなガラスの破壊音の後、
メリーは、
自分が作り上げた空虚な穴へカーテンごと飛び込んだ。
・・・三階からの落下・・・。
殺戮モードではない普段のメリーでも、
いつもなら難なく着地できただろう・・・。
だが、
今のメリーにはその力さえも既に残っていなかった・・・。
・・・鈍い衝撃音が響いた・・・
・・・白く
・・・美しい人形のボディが砕けた・・・
・・・メリーの意識が薄くなってゆく・・・
・・・ここで倒れては・・・いけ な い・・・
カラダのパーツは四散していないものの、
駐車場の暗い地面に、
いくつかの関節が砕けてしまっている。
赤い男は、
ゆっくりと窓からその光景を見下ろしていた・・・。
「・・・あ~あ~、しょうがないねぇ~、
久しぶりだからご主人様を忘れてしまっているのかぁい?
だけど・・・
これからゆうっくり 調教してあげるからねぇ?
エミリ~ィ・・・
・・・うん?」
その時、男は予想外の展開に目を奪われる。
既に辺りは暗くなっており、
はっきりと彼の目には映らなかったのだが、
近くに停めてあった赤い軽自動車から、
まるで予定通りとでも言わんばかりの自然な動きで、
一人の女性らしき影が姿を現したのである。
その女性は、
メリーとその体のパーツを拾い上げ、
頼りなげな動作で抱きかかえると、
グラグラよろめきながらも自分の車に戻っていった。
・・・そして、
何事も無かったかのようにエンジンを動かし、
教会の外へと走り去ってしまったのである。
町の方からは、
サイレンの音と共に何台かのパトカーがやってき始めていた。
「・・・わたしは
あきらめないよぉ、エミリ~ィ、
必ずぅ・・・おまえを迎えに行くからねぇ~・・・。」
数分後、
警察がこの建物に乗り込んできた時、
赤いローブの教祖、
小伏晴臣の姿はどこにも見当たらなかった・・・。
マリー「・・・ちょ! マグロて!?」