フラア・ネフティス編3 ツォン・シーユゥ
そこでフラアは話を理解するよりも、
ウィグル王列伝に記されている、シリスの従者についての記述を思い出した。
ちなみにウィグルで教育を受けた子供は、
ウィグル王列伝を読むことを必修とされている。
「そ、そういえば、シリスの片腕ウランドン・ジェフティネスが開発した空を飛ぶ船・・・、
それを乗りこなしていた子供の名前がツォン・シーユゥ・・・、
ウィグル王列伝では彼の消息は載ってなかったと思ったけど・・・。」
そこでツォンと言う名の子供は、さらに誇らしげな顔をした。
「へへーん、ようやくオイラのことがわかったかい?
カラドック兄ちゃん、
ウィグルの歴史書作るって言ってたけど完成したんだな?
おねーちゃん、フラアって言ったっけ?
後でおいらにも読ませてくれよ。」
へ?
マジでこの子供シリスの従者ツォン・シーユゥ?
そして同時にフラアは大変な事実に気づく。
実は目の前にいる子供は「子供」ではない。
ある種の先天的な病気でカラダの成長がストップしているだけの者・・・。
あのウィグル王列伝には、そう彼の略歴が書いてあったはず。
少なくとも彼は、
10歳のころにシリスに「拾われ」、
シリスが失踪し、カラドックが退位するまでは普通に、暮らしていたはずだ。
ならば・・・ざっと計算するだけでこいつ、40歳近い筈・・・。
フラアは「女」として少しだけ警戒したが、
見ればツォンとやらは、天真爛漫に自分の事を語りだしているだけだ。
そこはあまり気にしなくてもいいのかもしれない。
そんなことより・・・。
ツォンは話をしながら、せわしなく辺りを引っ掻きまわし、
どうも食料を手にしたようだ。
宇宙食のような冷凍保存レトルトのような・・・。
とりあえずそれが食べ物である事はフラアにも分かった。
フラアには理解できる現象ではないが、ツォンはそれらを電子レンジのようなもので解凍する。
ぐぅぅぅぅ!
あ、やっぱり・・・。
さっきからやたらと、お腹の中から「めし食わせろ」の大合唱だ。
「あ、あの・・・ツォン君・・・ツォンさん?」
「君でいいよ、呼び捨てでもいいし・・・、
さんづけされるの慣れてないんだ、
むぐむぐ・・・れ?」(で?、と言っている)
「じ、実は、私、
朝からほとんど食べてなくて・・・
食べ物・・・少し分けてくれると・・・」
そこでツォンはすんごい嫌そうな顔をした。
「え~、おいら、400年も食べてなかったんだぜぇ~?
お姉ちゃん、今まで何やって生きてきたんだよぉ~?」
そこでようやくフラアは自分の状況を思い出す。
「実は悪い人たちに追われているの・・・。
それで今まで捕まってたんだけど逃げ出してきたのよ・・・!」
ツォンは目をパチクリさせる。
彼も今になって、
フラアのボサボサの髪や、ボロボロのスカートに気づいたようである。
しばらく彼は考え込んでいたようだが、
何やら壁際のつまみや何らかの突起物をいじくり始めると、
どこからともなくいろんな音が聞こえ始めた。
単にスイッチをいじっているだけである。
すると、フラアの頭の先にある壁に変化が生じた。
ただの金属板に、いきなりいろんな色が付き始めたかと思うと、
ついには外の世界の映像へと変化し始めたのだ。
「あっ! 壁が透けた!?
ちょっと・・・気付かれちゃうっ!!」
その映像には、
先ほどの部屋に何人かの兵隊らしき者が辺りを探索している様子が映っていた。
ただの映像なのだが、当時の科学技術を知らないフラアには、
壁が透けてるように見えるのだ。
「だいじょーぶ、だいじょーぶ、向こうからは見えないから。
なぁ・・・これ兵隊さんか警官じゃねーの?
ホントにアンタ、何も悪いことしてないの?」
そこを疑われてはたまったものじゃない、
フラアはむきなって否定する。
「してないわよ!
話すと長くなるんだけど、
あたし・・・魔女の疑いをかけられたの・・・!
もちろんあたしは普通の女の子よ!
だけど、あいつら迷信深いって言うか、
一度疑われたら、絶対に罪にされてしまうの!
あたしや・・・あたしを育ててくれたお母さんやお父さんも一緒に!
今度こそ捕まったら・・・それこそ何をされるか・・・!」
ツォンはきょとんとしつつ、むしゃむしゃ口を動かすのをやめない。
「ムシャ・・・魔女? 魔女って実際に何やったの?
誰か子供でもさらって、モゴモゴ、鍋に入れたとか?」
口にものを入れながら喋るな!
・・・こんな人が天使シリスの従者だったと言うのだろうか?
「ち・・・違うわよ、
もちろんそんなことしたらすぐ捕まっちゃうけど、
魔女が街に存在するっていうだけで、法王庁は捕まえに来るのよ・・・!」
どうもそこがツォンには理解できないらしい。
「なんで? そんな事言ったら、
カラドック兄ちゃんのママのマーゴおばさんはどうなるんだ?」
言わずと知れたウェールズの魔女である。
なお、ウィグル社会では、その件を突っ込むことはタブーとされている。
「あ・・・あたしに言われたって・・・、
そのカラドック王のお母さんってホントに魔女なの?」
「うーん、自分で楽しそうに言ってるってだけなのかなぁ・・・、
でも、おいらが暮らしてた周りには、
奇跡を起こすシリス様がいるし、
おっそろしい『力』を振るったアスラ王がいたし、
第一、『術』ってんなら、カラドック兄ちゃんだって使ってたぜ?
別にその力を悪い事に使わなければ・・・あ、
そうか・・・、もう400年経ってるんだっけ・・・。
ウィグルも変わったの?」
聞きたい事はたっぷりあるが、彼もしばらくぶりで混乱してるのだろう、
それに・・・。
マグナルナ派では公的には「ウェールズの魔女」についての評価を下してません。
物語で述べた通り「タブー」として扱われています。
ただ、個別の宗教関係者、神学者の間には、
マーゴの「魔」性を天使シリス(或いは斐山優一)が浄化したのだという説もあります。