フラア・ネフティス編3 旧ウィグル王国の遺跡へ
王都ラシは城塞都市であり、
街の中をいくつかの堀で仕切られている。
実際、これまで他国から王都を攻められるケースなど皆無なので、
その機能は敵国からの防衛よりも、
治水や生活排水に重きを置いた堀である。
すぐにフラアとコーデリアの二人は目的の場所にたどり着き、
しばらく排水門の造りを確認してから行動に移る。
背が高くて届かない場所への移動は、
何とか肩車で先に上った者が下の者を引っ張り上げることでなんとかなった。
非力な女性の体でこれをやるには一苦労だ。
互いの「グチ」や、
相手への絶え間ない「罵詈雑言」は予想できるだろう。
2人の関係は以前とまったく変わらないようだ。
なんとか・・・
フラアは排水門の天辺から外へと降りれる位置まで辿り着くことができた。
ここから下は城壁の外だ・・・。
舗装されてない道が増え、民家すらまばらになっていく。
勿論、コーデリアとはここでお別れだ・・・。
「フラア・・・あんた家族は・・・?」
「・・・お兄ちゃんがお父さんお母さんを助けるって・・・」
口に出した瞬間、
それがどんなに困難なことか、改めてフラアは思い知る。
でも今さら後戻りできる筈もない。
コーデリアもそれ以上、突っ込む気になれなかった・・・。
「あんた、ここから先は真っ暗だからね・・・、
このランプ持っていきな・・・。
靴もあたしの履いてるヤツの方がマシだろう、
ホラ、上着もやる・・・
餞別代わりだ・・・。」
なんで・・・どうしていきなり・・・?
ここでついにフラアの目が潤む・・・。
「コーデリア・・・どうして?
あなた、私の事・・・?」
「やめろよ!
そんな上ずった声だすの!
お前なんか嫌いに決まってるだろ!
だけど・・・拷問されたり酷い目に遭う必要はないじゃないか!?
そうだろ・・・?」
コーデリア・・・
フラアもコーデリアに対し、
今さら自分の弱い部分や甘えを見せようなんて考えもしない。
必死に涙が出そうになるのを堪えて話題を変える。
「もし、
・・・ほ、法王庁の人間に見つかったら、
あなたもただじゃ済まないわよ?」
「へっ!
言っとくがアタシはそんなにお人好しじゃない、
見つかったら、フラア!
お前に無理やり奪い取られたことにするからな!
捕まりたくなかったら、さっさとお行きよ!」
「グスッ・・・フフ、はいはい、
あ、あなたはそういう人だったわよね、コーデリア・・・。
でも・・・ううん、何でもない!」
フラアにしても意地っ張りだ。
これまでのことを水に流して、
お礼を言うとか、態度を急変させるとかは考えられなかった。
でも・・・力が涌いた・・・。
最悪の状況の中で、最も期待していなかった相手が差し伸べてくれた手・・・。
それがどんなにフラアの励みになったことか・・・。
一方コーデリアは、自分の顔を覗き込むフラアの瞳に、
今まで何でこんな小娘にイラついてきたのか、
今になってわかったような気がした。
他の連中は自分に対し、ビクビクオドオド、視線を下げているのに、
このフラアだけは、どんな時でも真っすぐ自分を見返してくる。
決してへりくだらず、人の顔色を窺いもせずに・・・。
そんな風に他人に直視されることに、
コーデリアは慣れてなかったのかもしれない。
一々、人の顔、覗きこむなよ!
そんな風な目でアタシを見るな!
そんな表情で、お前はあたしに対し何を言いたいんだよ!?
だからこそ、いつもお互い感情をぶつけあってしまったのだろう・・・。
だから今回も自己満足・・・結局はそれでいい・・・。
自分の行動がフラアを救う、
自分の良心に従った結果だ・・・。
そして長年、胸につかえていた疑問も、少しは晴れた気がする・・・。
既に距離が離れると、互いの顔や表情は見えなくなっていたが、
最後にフラアはコーデリアに笑顔を向けると、
迷いを捨てて、排水門の斜めった城壁を滑り落ちるように降りて、
またもや擦り傷を作りながらも、何とか土の大地に着地することができた。
ま、着地と言うか、
這いつくばるような態勢でどうにかってところだけど・・・。
今日は何回、落下したのだろうか?
数えるのも面倒臭い。
ランプは何とか無事だ・・・。
火の揺らめきはかなり危なっかしかったが、地面に激突させることだけは免れた。
後は兄の言っていた、幽霊の出ると言う遺跡に向かって・・・。
さよなら・・・王都ラシ、
さよならコーデリア・・・、
さようなら、私が育った街・・・。
どれぐらい歩いたのか・・・、
もう、体も冷えてはいない。
ずっと歩き通しなために、汗まみれな気がするが、
体温が上昇していて寒さを感じないのだろう。
もちろん、コーデリアがくれた上着のせいもある。
ラシの城壁を越えると、
北方の方角は丘陵地帯となり、
傾斜の角度がつらい道もところどころにある。
目的の方角には道らしきものもあるが、
肝試しを行う悪ガキぐらいしか、この辺りに足を延ばす者はいないので、
けもの道に近い状態だ。
幽霊の出る遺跡?
もっともらしく言えば、
ラシの都にはびこる都市伝説のようなものだ。
まず、正確な情報としては、
これからフラアが向かおうとしているのは、旧ウィグル王国の建造物・・・。
月の天使シリスが興し、
二代目国王カラドックが、
その領地を最大の物にさせた過去の王国の都市の一部とされている。
・・・ここまで物語を読まれている方は、
「旧」ウィグル王国と、
現在の神聖ウィグル王国の違いを区別出来ているだろうか?
「旧」ウィグル王国とは、
月の天使シリスが、
天然の要害に囲まれた小さな村から、
21世紀に起きた天変地異を乗り越え、
ラシから遠くないどこかに居を構え、国家として隆盛させた国である。
国王の地位は、
ウェールズの魔女フェイ・マーガレット・ペンドラゴンとの間に生まれたカラドックが跡を継いだ。
ちなみにシリスには、もう一人、別の女性との息子がいるが、
彼は若くして亡くなっている。
その後、さらに天使シリスが完全に消息を絶つ時期と前後して、
カラドックは退位し、
さらにその息子ウェールズ(マーゴの故郷の名前をつけた)が三代目国王となる。
・・・その後、空白の歴史があり、一度ウィグル王国は滅ぶのであるが、
現在の神聖ウィグル王国は、
そのウェールズの血を受け継ぐ者が国を再び立ち上げたとされている。
話は、幾分それたが、
これから向かう遺跡は、その旧ウィグル王国時代のものなのだ。
なお、ここに述べた歴史は、
後世の者にそう伝えられていると言うだけで、
全てが事実とは限りません。